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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第7章 凪闇からの誘い
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7-07 扇動と暗躍の礎

 風の領域。

 首都ユーシエス。

 その中心部にある丘陵の頂に、風の王宮がある。


 風の王宮は同心円状になっていて、一番外側に塀があり、内側に環状宮殿があり、中心部は庭園となっている。

 環状宮殿から四方に軒廊が伸びており、また中央庭園には回遊路が同心円状に三本ある。


 風の精霊王が暴風を伴ってこの地に現れた際に、町と共に宮殿も破壊され、今は無人の廃墟となっている。

 環状宮殿は一部が倒壊しているが、特に正門の反対側となる裏手部分の損傷は少ない。

 環状宮殿の裏手側は三階建てとなっており、その屋根の上に立つ者があった。


 黒のスーツ、正確にはモーニングと呼ばれる昼の礼装に身を包み、頭にはシルクハットを乗せ、丸いサングラスをかけている。

 左手に持つ杖を屋根瓦に突いて立つ者。

 ガガン・モッサである。


「なるほど、実に興味深いですね」


 モッサはサングラスを掛けた目で、王宮の敷地を一望する。

 同心円状に区切られた中央庭園に、草花が剥ぎ取られて荒れた場所が、正面側に無数にある。

 それは侵入者がガーディアン精霊と戦った痕跡であった。


「――これでは、足りないのですか」


 呟く声を残すと、モッサの体が浮き上がる。

 そのまま風に運ばれ、風の王宮の裏手の森の一画に立てられた、別邸へと戻った。

 別邸は風の王の私的な空間として造成された邸宅で、風の王が民衆を見捨てて逃げ去った後は、モッサが拠点として使っている。


 庭の一区には倉庫があったが、今は改装され工房となっている。

 その主となっているのが、スエナガという変人である。

 性格に難があるが、技能に優れる男である。

 モッサは屋敷には入らず、直接その工房の玄関に降り立つと、使役する精霊にドアを開けさせた。


 薄暗い工房の中に入り、床石を杖で突いた。

 モッサを乗せたまま床石が一メートルほど浮き上がり、工房の隅で何かに熱中しているスエナガの近くまで運んだ。


「スエナガ、モドキがもっと必要です」

「足りませんか、あれでは」


 スエナガは持っていた粘土を投げ捨て、顔を上げた。

 彼の足元には、作りかけの王宮周辺の立体模型、ジオラマがある。


「第三防衛陣まで侵入されていましたよ」

「興味深いですねえ、メイド服の女だとか」

「地と風の二精霊を使役する女と、天の騎士らしき三人の男です」

「野郎には興味は無いです」

 スエナガは立体模型の中央庭園部分を踏み潰した。


「風の騎士どもが使っていた精霊とは格が違うからでしょうが、留守中の備えとしては、心許ないと判りました」

「備え、ソナーへ。探信ではだめなのね」


「もっと攻勢な備えが必要です。ユビキシュの連中が精霊送りをしに来ても、強制排除できるようにするのです」

「では、破壊破壊破壊で終わらせましょう、モッサ様」

「それをするのは精霊王を解放した後です」


「世界を作り、破壊する。まるで自分が怪獣か破壊神になった気分になって、すっきりしますよ」

「趣味に興じるのも時と場合ですよ、スエナガ」

「趣味と実益はかねるモノですよ、モッサ様」


「それで、暇つぶしですか?」

「この王宮は、地下に色々と入れない空間がありましてね」

「それは王宮精紋の仕掛けですよ、スエナガ」


「今起動しているのは表層のみですから、まだ知らない機能があると私は踏んでいるのですがね」

「ですから、民衆をそそのかして第一精紋を破壊すればいいのです」

「あれは、貴重な歴史遺産なんですがね。古代の英知が失われるのはもったいない」


「趣味に没頭するには、仕事をまず片付けることです。防御陣を作り替えるだけの、モドキが必要です」


 スエナガは溜め息を吐き、モッサを見上げた。

「いかほど?」

「四〇〇〇枚」

「そいつは厳しいですね、モッサ様。今の在庫は一〇〇〇枚ほどしかありませんぜ。粗製濫造しても十日は必要でしょう」

「あなたのガンピシモドキでは、耐久性がないのです。常に膨大な精を出し入れするにはそれくらい必要だということです」


「質より量、最上級品より多くの中の上がいいと言ったのは、モッサ様ですがね」

「風の王の懐柔に失敗したからです。ウザラ・ノルティン、あの男、あなたが集めた情報と違い、切れ者でした」


「では仕方在りませんか。怪獣のように踏みにじり、ドーンバーンと爆破芸術を最後に披露したかったのですが」


「無駄な趣味を止めれば、用意出来るのですか?」

「モッサ様のように、紙にこだわらないのでしたら、やりようは有るのですがね」

「では、石ですか?」

「カチェリがなぜ優れているか、CTとMRIで分析しましたから」


「聞いていますよ。中央大樹の若葉の葉脈の重なりですね」

「それだけではありません」

「ほう」


 モッサは興味を抱いたように、少し身を乗り出した。


「葉脈を包み込んだ琥珀に、微少な亀裂が立体的に入るのです。それが精紋の役割をしている、と思うんですよ。それで、真似てみました。精霊の指先は簡単に分子レベルの加工ができますからね」

「うまく行きましたか?」

「宝石としては売れませんがね」


 スエナガは、立体模型の中心に埋めていた石を取り出して、モッサに差し出した。

 手に取ったモッサは、眺めるやすぐにニヤリと笑みを浮かべる。


「これは何個ありますか?」

「一〇〇個ほど」

「それでしたら、精霊王の護り、ガーディアン精霊は完成します」

「ですが問題が生じるのです」

「どのような?」

「私の芸術は未完に終わってしまいます。スクラップ&ビルドこそ、文化の発展に寄与するというのが世の中の真理」


「諦めなさい。より大きな目的を忘れましたか?」

「では代わりに、メイド女を私にください」

「悪趣味ですよ」

「モッサ様は疎いのです。縛って吊してひん剥くのも芸術」


「スエナガ、あなたがすべき事をするなら、趣味は自由にして構いませんよ」


「ひっひっひ。流石はモッサ様。前の上司は融通が利かなくて、殺したくなりましたが、モッサ様はすばらしい」

「我は嘘が嫌いと言ったはずですよ」

「失礼。殺したの間違いでした」


「それで、石はどこに?」

「その木箱の中に入ってます。折角ジオラマを作って配置を考えていたのですが、無駄になったのが残念」


 ぐしゃりと、スエナガは環状宮殿の踏み潰しながら一周する。


「我には次の予定がありますから」

「それはそうとモッサ様、例の件ですが、面白い男がいるのですがね。行方不明でしたがようやく見付けました」

「どのような?」

「劣等感を抱き、人の好意を邪推し、世界を妬み蔑む、頭の回転の速い人物です。エニアス・エクストーモという奴です」


「アジテーターですか」


「これまでの人生を恨むからこそ、その原因を体制にあると信じる奴です。すべては、風の王の謀略だと言う奴の心に、一方からの事実を見せれば、それが証拠だと確信して自己陶酔の正義を振りかざせる愚者です」

「逸材ですね」

「世の中をぐしゃぐしゃにしてくれますよ、愚者だけに」


 スエナガはゲラゲラと一人大声で笑う。


「それはスエナガに任せします。そうした才能は、我よりも優れていますからね、あなたは」


 モッサはニヤリと笑みを残し、使役精霊に木箱を持たせると、外へと出て王宮の防衛陣の再構築へと向かった。


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