7-03 聖剣の力と探究
三人は、守人の屋敷に戻った。
通された食堂には、二人分の食事が用意されていた。
「では、ごゆるりと」
守人が屋敷の奥へと去って行き、給仕の者に促されるままユートは席に着いた。
ユートの正面の席に座るプロソデアの表情は、氷のように硬い。
感情を押し殺しているようである。
「彼女は食べないのか?」
「守人は、別室で食事をする決まりなのです」
「そいつは残念だ。なあ?」
「――ええ」
プロソデアが同意する声は、どことなくぎこちない。
その顔をちらと見たユートは、何も言わずに料理に手を伸ばした。
品数は多いが、精進料理のように、肉はなかった。それでも、食べるに従ってユートの顔色が良くなっていき、終えた時には活力を取り戻したように目に力を取り戻していた。
食事を終えると、給仕の者が食器を片付け、最後にお茶のような薬湯を出してくれた。
ユートはほのかに甘い香りのする薬湯を一口飲みながら、プロソデアの様子を見ながら頃合を測っていた。
しばらくして、思索の旅路から現実に戻ってきたように表情が動くと、ユートはプロソデアに尋ねた。
「なあ、プロソデア、聖剣は誰が作ったんだ?」
「ノイ・クレユからやってきた人物と伝えられています」
「いつの話だ?」
「一〇万年ほど前と言われています」
「一〇万年――」
元の世界とこちらでは時間の流れに違いがある。
一〇万年は元の世界では何年になるのかと、頭の片隅でユートは考えていた。
「どうかしましたか?」
「あんな力を持つ聖剣を、俺たちの世界の技術で造れるのかと思ってね」
「吸精石を元に、複合的な性質を組み合わせて作り出したと伝えられています」
「吸精石? 宝珠のようなあれか」
「宝珠は吸精石よりももう少し複雑でしたが、あのような物です」
「それに触れるとどうなる?」
「精霊は精が吸われますが、人は少しの間でしたら平気です」
「なら、例えばさっきの聖剣をプロソデアが持てばどうなる?」
「予想でしかありませんが、先に契約精霊が吸われ、次に肉体の精が吸われて土に帰るでしょう。伝承にもそうあります。トルプ殿の部下が宝珠に触れて亡くなったのでしたら、間違いないでしょう」
「まるで魂を吸い取る剣のようだな。だがなぜ俺はすぐに死ななかったんだ?」
「ノイ・クレユ人は、精の巡りが悪いようです。そのため、吸い尽くされるまでの時間が多くかかるのでしょう」
「感受性が悪いってだけか。やれやれ厄介だな」
「やはり、聖剣を持ち出すのは不可能なのです」
「結論づけるのは早い。それよりなぜ、聖剣は精を吸う?」
「ですから、吸精石で作られたからと伝えられています」
「吸精石というのは、なぜ、精を吸う?」
「精を吸う性質の石だからです」
「どういう原理で、精を吸うんだ?」
「原理、ですか?」
「仕組みといってもいい」
「そういわれましても。そういう物なのですから」
「科学的じゃないな」
「先程も言っていましたが、カガクとは何です?」
「世界を体系づけて理解するための学問だ。世界の法則を見付ける発掘作業ともいえる」
「発掘ですか?」
うなずくとユートは薬湯を一口飲み、改めてプロソデアを見た。
「そこでだ。聖剣の力があれば、ルリちゃんを助け出せると思うか?」
「聖剣で精霊王の精を吸えば、宿玉となった少女を助け出せる可能性はあります」
「それなら、決まりだ。聖剣の仕組みを解き明かし、トーマが持っても死なないようにする」
「無理です。聖剣のような強大な力を持つ道具は、祭殿紋のように大規模な精紋でなければ、封じ込めません」
「どうにかなる」
「どうやって?」
「それをこれから考える。聖剣を使えばルリちゃんを助けられる。ルリちゃんが助かれば、リシアも喜ぶ。そして全員で無事に元の世界に却って、大団円だ」
「そんなこと、できますか?」
「やるんだ」
「意気込んだところで、不可能なことはあります」
「俺は、自分が無知で無力だと知っている。だから、不可能かどうかはやって見なければ分からないと、そう考えている」
「無理な物は、どうやっても無理です」
「方法論の問題だ。別のアプローチで挑めばできるかも知れない」
「不確かな事に、無駄に時間を費やすのは賢い選択とは言えません」
「それでも俺は、トーマを守らなければならない。それが、マユとの約束だ」
「でしたら、トーマ君が死なないための次善の策を考えるべきです」
「ルリちゃんが死んだら、トーマの人間性が変わる。俺がマユを失ったような痛みを、トーマには味合わせたくないんだ」
「そうやってすべてが手遅れになったらどうするのです? タタ・クレユが滅んでも構わないと?」
「その選択肢は、プロソデアにある」
「どういう意味です?」
「ルリちゃんを助けるために聖剣の力を使うのが最も確実と思えるなら、俺はトーマが安全に聖剣を使える道を探る。それでは世界を守るために手遅れになると君が判断するなら、俺たちを見捨てて、ルリちゃん共々精霊王を消滅させればいい」
「そんなこと、できません!」
驚いたように目を見開いて、ユートはプロソデアを見つめた。
怒りのような感情を目に湛えているが、それは真剣さの表れであるようだった。
「ありがとよ。その気持ちだけで十分嬉しい。それにトーマは、俺とマユの愛の証なんだ。トーマを失えば、俺も、これまでの俺ではいられなくなる」
「それは困ります。ユート殿は私の、初めての親友なのですから」
ユートはふと、笑みを漏らした。
「悪いな。悪友になっちまうようだ。だが、まずは進もう。やりようはあるはずなんだ」
「結果、すべてを失うかも知れませんよ」
「俺は、欲張りなんだ」
最後の瞬間まで、すべてを手に入れようと足掻こうという決意をユートは胸に秘めていた。
「分かりました。私もギリギリまで協力しましょう」
「感謝する」
「ですがまず、ユート殿は休んでください。食事で少しは失った精も回復しましたが、寝ることも必要です」
「そうだな。一晩寝れば、明日にはいいアイデアが浮かぶこともあるからな」
食事を終え湯浴みをすると、二人は別個に与えられた客室に分かれて入った。
ユートは一人、ベッドの上に寝転がっていた。
だが、眠れずにいた。
耳鳴りのように、何かがざわついている。
静寂を妨げる無音が招き寄せる高音のノイズ。
あるいは音叉の余韻が消えゆく後の残響か。
ユートは耳に聞こえない騒音で目が冴え、暗い寝室で目を開けた。
二重窓の内側を上に押し上げ、外側の木窓を開く。
敷地を囲う壁や塀はなく、屋敷の庭から地続きに境界の園へと視界は広がる。
光精石の明かりで周囲を照らす灯籠は、闇の侵入を警戒する防人のようであり、屋敷の前にある丸池の水面は灯籠の明かりを鏡のように反射し、別の世界への入口のようであった。
風が凪いでいるのだ。
気分転換のため、上着を羽織りバックパックを手に、ユートは外へ出た。
闇の中を丸池の外周路を登頂の洞穴まで歩いたが、解決策は見いだせずにいた。
「そもそも俺には、精の流れが見えないし、あまり感じもしないからなあ」
リシアに渡したお守りは、キディナスに精の流れ方やより精霊が宿りたいと感じる状態を教えてもらいながら、理解せずにただ試行錯誤で作っただけだった。
しかもそれは、マユが遺してくれたガンピシがあったから作れたのである。
「あの聖剣を持ち運べて使えるようにするには、どう考えても鞘と柄が必要だ。どの道、マユのガンピシだけじゃ足りないし――」
マユが遺してくれたガンピシのほとんどは、バックパックに入れて、リシアに渡してしまった。一瞬、その決断を後悔しかけたが、すぐにユートは考え直した。
どのみちガンピシは足りないのだから、必要になったとしてもどうにかして似たものを新たに作るしかないのは同じだった。
不意に空が明るくなった。
空という天蓋の明かりを点けたように、昼となる。
ただ、これまでと様相が違った。
境界の淵と呼ばれるこの山脈地帯の周辺では、光と闇がせめぎ合っているのだ。
境界の淵と呼ばれる稜線を境にして、光が闇の先へと向かおうとするのを抵抗するように、闇がうごめいている。
まるでコーヒーにミルクを注ぐように混じり合い、闇が抵抗するように交ざり合い、光と闇による無数の渦がざわめくように闇が薄まる。
「もしかしてあれが、光の精と闇の精なのか?」
ユートは城壁のように聳える尾根へと走った。
もっと近くで見たいと思ったのだ。
切り立つ急峻な尾根には、石段が造られている。
その石段を、ユートは駆け登る。
標高差二〇〇メートルくらいの急坂を一気に登ると、世界の果てが目の前に広がっていた。
まるで箱庭の外周を囲むように、山脈の尾根筋が左右へと、無限に続くように果てしなく広がっている。
そして外側。
闇の領域を見れば、白い砂と黒い砂が両側から流れ来てぶつかり合い、入り混じるように渦巻く模様ができては消える現象が繰り返されている。
それでも昼間の光には抗しきれず、緩やかに闇の領域は稜線の外側へと押しやられて行く。
ユートは時を忘れて、見入った。
観察し続けると、光と闇が混じり合うと言うよりは、光の粒が闇に転じ、闇から光の粒が生まれるような現象が見えてくる。
ユートは、そこに手掛かりがあると直感し、じっと光と闇のせめぎ合いを見つめ続ける。
胸が熱くなるのをユートは感じた。
服の上から胸を押さえる。
熱しているのは、お守りだった。
吊り紐を引いてお守りを服の外に出すと、次第にお守りの発熱は失われていく。
代わりに、闇の奥から小さな虫のような光がふわふわと飛んで来るのにユーと気付いた。
無数の小さな光の粒が、風に流される霧のようにユートの手元に向かい、お守りに吸い込まれるように消えていく。
光はお守りの中を複雑に動き回るのが見える。
その動く軌跡は、精紋のように複雑だった。
だが、光と闇のせめぎ合いが終わり、空の支配が光の勝利に終わると、ユートに見えていた光は見えなくなった。
「奥宮の時よりはっきりと見えたが、まさか――」
境界の淵とされる稜線の縁に立ち、お守りを持った手を病みに向かって突き出す。
しばらくじっとまっていると、微かな光の粒がふわふわと縒ってきて、お守りに吸い込まれるように消えた。
間違いないと、ユートは確信した。
光が満ちて、精が消えるというのは理屈に合わない。
微弱な精の光は見えなくなると考えるべきだった。
つまり、闇に支配された状態となる夜なら、はっきりと精が見えるかもしれないと、ユートは想ったのだ。
お守りにどのように精が流れていくのかを確かめ解析すれば、精と精紋の関係の本質が掴めるようになる。
「精が見えるここなら、俺にもできる―――」
表情に明るさを取り戻したユートは、可能性という希望の光を見出していた――。




