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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第6章 無銘なる共闘
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6-11 撤退と次の手

 リシアが地面に触れたと感じたのは、ディアンだった。

 守護精霊が生み出した風の戒めを断ち切り、風によって落下するリシアを受け止めたのだ。

 優しく頭を抱えられ持ち上げたリシアは、ディアンの姿に微笑みを浮かべたが、無情な突風が横合いから吹き抜けた。

 ディアンは糸の切れた凧のように吹き飛ばされ、リシアは再び落下する。


 すると、その真下の地面が盛り上がった。

 瞬く間に滑り台のようなスロープが作り出され、リシアはそのなだらかに弧を描く斜面に受け止められ、滑り落ちる。

 落下の方向が変えられ、速度が緩やかになったその終端で、リシアはラスピに優しく受け止められた。


 上空を見上げれば、吹き飛ばされたディアンが戻ってきて、守護精霊の注意を引いている。

 まだ行ける、と思ってリシアは丘の頂を指さした。

 ラスピは躊躇せず、丘の頂へと向かって走り出す。

 だが、梨詩愛の判断は甘かった。


 直後に守護精霊が放った逆巻く烈風が襲い来て、避けきれずにラスピが石で鎧った左腕を盾にする。

 頑丈なはずのその腕はしかし、簡単に引き裂かれてしまう。


 ラスピが痛みに叫んだ。

 守るために片腕を犠牲にしてくれたと知ったリシアは心を痛めながらも、この機を逃せば二度とルリに会えない不安に駆られていた。

 尚も進むか撤退するか決めかねているリシアの視界の片隅に、何者かが飛び出す姿を捉えた。


「地の精霊よ、リシア殿を連れて逃げよ!」


 その声に、リシアは覚えがあった。

 だが信じられずに、振り向いて天の騎士、トルプ・ランプシと確かめて、リシアは驚いた。



「どうしてあなたが?」

「嬉しいかな、言葉が通じるとは」

「私にもあなたの言葉が分かります。ですが、私はお嬢様を助けに来たのです」

「あの守護精霊に無策に突進しても殺されるだけだ。一旦退け」

「ここまで来て、お嬢様の無事な姿を確かめずに、退けません!」



 リシアがトルプを睨む。

 彼は、敵だった。

 ルリの命を犠牲にしてでも精霊王を消滅させる選択をしたからである。逃げろと気楽に言うのは、ルリを本気で助けようと思っていないからとしか思えなかったのだ。



「地の精霊よ、貴殿はあの精霊に勝てるか?」

「無理だ」


 ラスピの言葉と共に、その心をリシアは感じていた。

 たとえ消滅しても命じられるなら全力を尽くすという決意が、明確にあった。


「邪魔をしないで、トルプ・ランプシ!」

「見よ、あちらの風の精霊も分が悪いぞ」


 トルプが視線を転じた先へ、リシアが顔を向けた。

 周囲を飛びまわりながら、第三の守護精霊の攻撃をディアンが牽制しているのだが、初めのような俊敏さが失われていた。しかも、ディアンの体から、湯気のように精が丘の中心へと向かって流れ込んでいく様子がはっきりと見えていた。

 どんどん増えていくそれは、精霊であるディアンを構成する精そのものであった。



「ですが、お嬢様はこのすぐ近くにいるのです」

「リシア殿は、その地の精霊にとっての足手まといになったと、自覚されよ」

「私は平気です」


 リシアはラスピの肩に手を回して支えとして、腕の中から飛び降りて着地する。斜面に足が捻られ、疼いた痛みにリシアは反射的に足を上げていた。


「その足で戦えるかな?」

「こんな痛みなど、無視できます」

「だが、わずかながら庇う動きが隙となる。精霊達も守るために全力は出せまい」

「私は平気です」

「ならば全滅するのみ。私の屍を越えて進まれよ」


 静かに告げたトルプは、ディアンが牽制している第三の守護精霊に体を向けて剣を構えた。


 トルプ・ランプシという男は、状況を冷静に判断する目を持っていた。

 天の騎士団の団長というのは、伊達ではない。

 器も技量も、抜きん出ていた。

 今まさにトルプはリシアの盾となり、飛来した石を剣で弾き返しているのだ。


 トルプが守護精霊へと向かって一歩踏み込む。

 風と共に放たれる飛礫の数が増える。

 そのすべてを、剣で叩き落としていく。

 ただ飛礫の数が多く、いくつかは払いきれずに、彼の体に当たっている。


 そのためリシアに飛来する飛礫は、一粒もなかった。


 本気なのだと、リシアは悟った。

 その覚悟も技量も、トルプ・ランプシは備えていた。

 危機的状況に際しての冷静さと判断力も、ある。


 その姿を見せられたリシアは、焦りによって状況を見誤っていたと悟らされたのだった。



「――分かりました。ラスピ、私を連れて逃げられますか?」

「お任せください」

「ディアン、逃げます!」


 叫ぶと遠くの風の精霊はうなずいた。

 リシアは中央庭園の中心、丘の頂に顔を向けた。


「お嬢様、リシアです。必ず助けに来ますから、お気を確かにお持ちください!」


 叫んだが返事はない。

 何の反応もない。

 それでもリシアは、吸われて行く精に乗って言葉が届くようにと、強く想い、祈るように願うのだった。



「先に行け。しばし時を稼ぐ」

「ご無事で」



 瞬時にラスピは反転し、丘を下っていく。

 丘の下方を見たリシアは、トルプの他に騎士が二人いるのに気付いた。彼らが二体の守護精霊の動きを牽制するように戦ってくれたから、ディアンとラスピが助けに来てくれたのだと、ようやくリシアは知ったのだ。


「私は、無謀でした――」


 追い掛けてくるディアンと共に、ラスピに抱えられたままリシアはルリから遠ざかっていく。

 悔しさに歯を食いしばりながら、突然現れた三騎士の戦い方を、ラスピの肩越しにリシアは見ていた。


 三騎士の動きは、実戦慣れしていた。

 単なる戦闘ではなく、超常の力を使う精霊との戦い方に慣れているのだ。

 戦線を離れて戦況を見て、リシアは知った。

 守護精霊の動きに、癖があった。丘の頂に向かう者に対しては激しく、遠ざかる者にはより遠ざけるような牽制をするのだ。


 三騎士はその性質を巧みに利用しながら、自分達に注意を引きつけつつ、攻撃の方向を逸らしていく。

 騎士の位を持つ者の実力は、強力な力を持つ守護精霊を相手にしても、互角とは言えないまでも、ある程度攻撃を凌ぎ、注意を引きつけ続けていられるのだ。


 風に翻弄されたリシアとは明らかに違った。


 無謀という愚挙を思い知って忸怩たる想いに打ちのめされたリシアの視界に影が差した。

 その戦場の様子が見えなくなったのは、ラスピが環状宮殿に駆け込んだためである。


 リシアは前方に視線を向けた。

 王宮を抜けて前庭に出るが、人影は見当たらなかった。


「他の騎士は?」

「援軍はあれだけのようだな」


 ラスピは王宮の正門の方へと向きを変えて走って行く。

 そこでは、三頭のメノス所在なげにうろついている。

 トルプ達が乗ってきたメノスだった。

 現実的な思考に切り換えたリシアは、上空で周囲を見ていたディアンを見上げた。


「ディアン、どこに退避するのがいいでしょう」

「少し遠いですが、向こうに森があります。そこならば、ボク達が失った精を補えると思います」

 高度を下げたディアンが、リシアの側に並んだ。

「ディアン、トルプ・ランプシに森へ行くと伝えて」

「分かりました、リシア様」


 ディアンが風となって環状宮殿へと戻っていく。

 リシアはラスピに抱えられたまま正門を抜け、真っ直ぐに丘を下った。白化した森を抜けると進行方向の左前方に、枯れずに残る森が見えてきた。


 その森は、リシアが想像したよりは遠いが、この世界でのこれまでの体験に基づけば近いと言える。それに、一時退避する場所として、適度な距離にも思えた。


 丘を駆け下りたラスピが、倒壊した建物の残骸を避けながら森へと向かって道を選びながら走っているところへ、ディアンが戻ってきた。


「リシア様、あの森は危険なので、荒野に泉が湧く場所がいいとトルプ殿が――」

「分かりました。ディアン、案内できますか?」

「すみませんリシア様、ボクは精を使い過ぎました。少し休みます」


 ディアンがリシアのポケットの宿玉に入った。


「ならばオレが探し出そう。なに、泉ながら精流脈を探れば見つかるだろう」

「ラスピは平気なの?」

「もちろん。そこがか弱き風の精霊とは違うところ」


 瓦礫の散らばるかつての市街地を抜けると、ラスピの走法が変わった。一歩が大きくなり、ほとんど上下動しなくなったのだ。

 まさに飛ぶように走る状態である。

 それでいて、速度はどんどん上がり、まさに風を切るような走りだった。

 ラスピの腕に抱かれていたリシアが、顔の前に腕を立てた。体に当たる風が痛く感じるようになったのだ。するとラスピは腕の形を変え、風防のように前方を覆った。

 体は楽になったが、その代わりリシアの視界は空だけになった。


 一時間ほど経って、ようやくラスピは速度を落とし始める。

 そして止まったのは、泉が湧く窪地だった。

 周囲は荒野に囲まれているが、窪地であるために、周囲からは目に付かない、隠れるには格好の場所である。周囲に転がる石を土で固めた椅子が作られると、リシアはそっと地面に降ろされた。


「リシア様、悪いがオレも精が尽きかけたので、休ませてもらう」

「ありがとう、ラスピ。ご苦労様」


 返事さえする力も消耗したらしく、ラスピは無言のまま地面に潜るように姿を消した。リシアは足の具合を確かめるように歩き、窪地の範囲を確かめると、斜面を登って周囲を見渡した。

 遠くに少しだけ小高い丘らしき場所が見える。

 それが、さっきまでいた丘だった。


「ざっと一〇〇キロくらいでしょうか」


 リシアは窪地の底に降りると、泉の畔に屈み、水を手で掬って水を飲んだ。

 一息吐き、ラスピが作ってくれた椅子に腰を下ろし、ぼんやりと虚空を眺める。


 そのリシアは頭の中で、守護精霊との戦いを振り返っていた。

 戦術を変えてルリを助けられる見込みがあるかを探ったのだ。しかし、その道筋が見いだせなかったのである。

 リシアの心は暗澹に包まれ、項垂れる。

 解けた髪が顔を覆った。


「これは、いけないですね」


 リシアはバックパックを下ろして中から紙を取りだすと、キーホルダーとして付けてあったマルチツール、通称十徳ナイフで細長く切った。

 長方形にして端から縒りっていき紙縒り(こより)を作り、髪を束ねるのだった。


 それからしばらくして、空が闇に転じる。

 未だに慣れない夜の訪れである。

 これまで感じていた、ディアンとラスピは眠ったように反応が乏しい。

 精の消耗が激しいのだ。

 そして、リシアも疲れていた。

 二精霊の力がなければルリを助けるために何もできないと身に染みて分かったからであり、その力があってもまだ足りないと思い知らされたからでもあった。


 打ちひしがれてはいないが、リシアには、待つことしかできなかった。


 湧き出した水は泉となって溜まるが、一方は溢れて窪地の先へと流れていく。その先ですぐに乾いた大地に吸い込まれるように消えていく。

 その様子をぼんやりと見ていたリシアの顔が、少し上がった。


 メノスの蹄の音が聞こえたのだ。

 泉から流れ出た水が大地に吸い込まれた方向から聞こえてくる。

 その先に広がる窪地は、メノスならば数十頭隠し置けるくらい広い。

 音は大きく遠回りし、斜面で脚を滑らせながら窪地に下る音が夜闇の中聞こえた。


 鐙が揺れる音がした。

 メノスを降りた複数の足音が近づいてくる。

 リシアは、トルプ達三騎士だと予想していたが、立ち上がって窪地の縁の陰に身を寄せ、警戒する。

 すると、ディアンが風を纏って姿を現し、ラスピが砂を体に貼り付けて人の姿を作った。

 二精霊も、姿を現せるほどには回復したようである。


 足音は三人分聞こえる。

 ゆっくりとした歩調だった。

 リシアはそっと右手をポケットに忍ばせ、鉄針に触れた。

 すると、気配を察したのか、足音が止まった。


「リシア殿ですか? トルプ・ランプシです」


 リシアが暗闇を凝視すると、上空を流れる天の川のような精の流れが発する仄かな光によって、三人の姿が朧気に見える。

 敵意はないようだった。


「そうです」

「ご無事で何より。光精枝の明かりを灯しましょう」


 トルプの手元に光が灯った。

 不思議な光で、感応するように窪地の底に溜まった精が仄かな光を纏うようになる。

 光によって居場所をモッサに知られるのではないかとリシアは危惧した。


「目立ちませんか?」

「この光は、精を光らせます。精が枯れて荒野となったこの回りまでは広がりません」

「そういうものですか――」

「そちらへ行ってもよろしいですか」

「そうですね。どうぞ」


 リシアが警戒を弛めると、二精霊から感じられる雰囲気も穏やかになった。

 精霊の臨戦態勢は、リシアの意識に反応したものだったのだ。


 三騎士の人影が泉の畔に現れると、リシアは窪地の陰から進み出た。

 三騎士は泉を挟んだ反対側に立っている。

 不用意に近づいて警戒されないように気遣っているようであり、先頭のトルプが跪くと左右に従う二人もそれに倣った。



「まずは改めて自己紹介致します。私はトルプ・ランプシ。この二人は、私の行動に賛同してくれた者で、セバステとロティタです」

「一応お礼を言っておきましょう」


 リシアは警戒心を緩めなかった。

 感謝はするが、まだ信用できないからである。



 天の騎士であるトルプ・ランプシは、世界を救うためと称して、ルリを見殺しにすることを厭わなかったのだ。しかも、特殊部隊と言える天空遊撃隊の隊長として三〇騎を率いていた長である。

 それなのに、たった二人だけを連れているのは不自然でしかない。

 加えてトルプという男は、世界を救うという大義のために、あらゆる状況を利用する人物だったはずである。


 なぜ助けられたか、なぜこの場に居るのか、その狙いは何か。

 リシアには、見当も付かなかった。



「礼には及びません。こちらの都合で助けたまで」

「今度は私をどのように利用しようと考えているのです?」

「利用しようなどとは、思っておりません」

「どうでしょう」

 リシアが露骨な警戒心を向けると、トルプは居住まいを正した。


「しかしながら、リシア殿のお役の立てたなら、それも世界を救う道となると考えただけのこと」

「そうだとしても、祭殿の地下室からどうやって脱出したのです? 世界を救うと言って、誰かを傷つけ殺したのでは?」


 リシアの皮肉にトルプは苦笑を浮かべたが、同時に微かに漏れた息づかいには自嘲が紛れていた。


「無駄飯喰らいは邪魔だとあの男に言われて追い出されたのです」

「あの男?」


 すぐにユートを思い浮かべたリシアは、脳裏に浮かんだあの男の顔に嫌悪した。

 すぐにその名を口にして、いつも想っていると受け止められては癪なので、リシアは気付かない振りをして、首を傾げて沈黙した。


「リシア殿と共に居た男です」

「ああ。あの男――。ですが、お嬢様の犠牲を厭わないあなたを解放する理由が分かりません」

「宝珠の件は失礼しました。しかし契約した精霊が失われた今、天の騎士としての資格を失い、同時に主命は消えたのです」

「それを信じろと?」


「契約精霊がいて初めて騎士となるのです。精霊を失えば、何者でもありません」

「そのような軽薄な人だと信じるには、あなたは実直すぎるように見えます」

「契約精霊がいたならば、今も尚、宝珠を用いて精霊王を天の循環に返そうとしていたでしょう」


「やはり、そうですか」

「しかし、騎士を廃業した今、リシア殿に協力し、精霊王の宿玉にされた少女を救い出そうと考えています。その先に世界が救われるのを期待しつつも、少女の救出を第一義としたのです」


 リシアはトルプを睨んだ。


「本気とは思えません」

「本気です」

「でしたら、私に従うと誓いなさい」

「誓いましょう」


「言葉だけならいくらでも言えます」

「すべてを差し出す覚悟があります」

「命を差し出す覚悟はありますか?」

「元よりそのつもり。命懸けでリシア殿のために、あなたのお嬢様を助けるために全力を尽くしましょう」

「でしたら、剣を私に預けなさい」


 トルプは右手に持ってきた剣を両手で持って掲げた。

 リシアは慎重に歩み寄って剣を手にして、抜いた。

 抜いた瞬間、リシアは剣が素直だと感じた。

 この剣ならば自在に扱えるという感触を得て、リシアは鞘をラスピに渡し、左手を柄に添え高々と八相に構える。


「ここで、死んで頂けますか」


 凜としたリシアの声が静かに響いた。

 部下が色めき立ってもトルプは冷静であり、トルプは無言のまま手を上げて制した。


「それがリシア殿の望みなら」

「では、お覚悟」


 リシアは剣を振り下ろした。

 八相からの袈裟斬りである。

 鋭く空を斬る音が鳴り、トルプの左首筋を風が吹き抜ける。

 剣は、ピタリと首筋で止まっている。

 寸止めである。

 トルプは微動だにしなかった。

 殺意がないと見抜かれていたようである。

 だが、死に繋がる状況に置ける心の在り様をリシアが見定めるには十分であった。



「本気のようですね。あなたの覚悟、受け取りました」

 リシアは剣を引き、ラスピが持つ鞘に収めると、トルプに向けて差し出した。

「剣はお返しします」


「いや、その剣はリシア殿がお使いください。今見せて頂いた腕があるならば、その剣を使いこなせるでしょう」

「剣が無くて、あなたはどうするのです?」


「もう一振りあります」

「どういうことでしょう」

「それは虚無ノ剣といい、触れたモノの精を吸い取り、持ち手に与える剣。契約精霊を得たリシア殿ならば、その吸い取った精は精霊が消費するため、精に溺れることがないのです。部下がくれた剣なれど、リシア殿に適しているでしょう」


「あなたの剣は?」

「我が剣は精纏ノ剣。精を絡め捕る力があるのですが、精を操る技量がなければ扱いづらいのです」


 初めから剣をくれるつもりだったと悟ったリシアは、剣を差し出した手を戻した。


「ではありがたく」

 リシアは剣を左手に持ったまま、ラスピが作ってくれた椅子に腰を下ろした。


「ラスピ、椅子を」

「はい、リシア様」


 地の精霊が新たに石の椅子を三脚作り出した。

 三騎士が座ると、リシアはトルプの目を見た。

 自分一人の力、いや、二精霊の助力を得てもルリを助け出すには届かないとリシアは思い知った。だからこそ、足らざるを補う何かがリシアには必要となったのだ。その一つとして、天の騎士としての、経験と知見を得ることをリシアは求めることにしたのだ。



「あなたはさっきの戦いをどう見ましたか?」

「風の王宮に現れたあの大きな精霊は、精霊王を守るための守護精霊と呼ぶべきものでした。そして、その守護精霊は間違いなく強い。しかしながら、弱いとも言えます」

「あれをどうして弱いと言えるのです?」

「こうして逃げられた事実があるからです。守護精霊の弱点だと言えるでしょう」

「その弱点を突けば、お嬢様をお救いできますか?」

「それは無理だと思います」


「なぜです?」


「仮に三体の守護精霊を倒せたとしても、中央に柱のような、天に立ち上る精の流れがあります。それが壁となり行く手を阻んでいるため精霊王には近づけないのです」


 リシアはディアンとラスピを見た。

 二精霊は同意するようにうなずいた。


「そのような壁があるなら、そもそも守護精霊は必要ないのではありませんか?」

「天に昇る柱が王宮精紋によって作られているなら、それを破壊する方法はあるはずです。守護精霊は、王宮精紋を守っているとも言えるでしょう」

「状況が見えないのですが――」


「ガガン・モッサが現れてから、様々な噂を耳にします。その多くは、風の王が悪いというものです。少なくとも今の状況は、モッサにとって都合がいいのだと思われます」


「どういう事情があるのでしょう」

「王宮精紋が機能し続けていれば精は枯れたままなので、それを起動した風の王にすべての責任を負わせられるのです」

「謀略ですか」

「狡い男なのでしょう。ガガン・モッサとは」


「では、王宮精紋が機能しなくなれば、お嬢さまを助け出せるのですか?」

「いや、そうなれば精霊王は世界の中心へと飛び去ってしまうでしょう。上位の精霊でも、追い掛けられないほどに速く。リシア殿のお嬢さまと共に」


「それでしたら、やることは変わりませんね。では、守護精霊の弱点とはなんですか?」

「守護精霊は、王宮精紋の中心、つまり精霊王に近づこうとする者を攻撃していました。退く者を追わない性質こそが弱点と言えます」

「それでどうやって倒すのですか?」

「そもそも精霊を消滅させるのは、難しいのです」


「突いても倒せないのが弱点ですか――」

 リシアは小さくため息を吐いた。

「その性質を利用して、どうやってお嬢様を助け出せるのでしょう」


「そこで、ガガン・モッサを捕らえるべきと考えます」

「私もその可能性は考えていました。ですが、できるのですか?」


 リシアは懐疑的だった。

 もし、モッサを捕らえてルリを助け出せるなら、これまでその方法を実践しなかったトルプの無策と無能さが疑われるからである。


「仕組みこそ分かりませんが、守護精霊はモッサが生み出した精霊と思われます。実際に戦い、はっきりしました」

「これまではどう思っていたのですか?」

「モッサは精霊王に認められたと、考えていました。ノイ・クレユの少女を宿玉として与えた対価として、風の領域を治める大義を得たのだと。その証として、精霊王の分霊という強大な力を持つ精霊を使役しているのだと疑わなかったのです」


「だからモッサを野放しにしていたというのですか?」

「野放しというのは心外ですが、精霊王に認められた存在ならば、安易に手出しはできないと考える物です」


「今は、違うと?」

「本来精霊とは自我を持ち個性的なのです。守護精霊は力こそ強大ですが、傀儡のような存在でした。分霊もそのような存在だろうと思われます。ならば、モッサが精霊王を操っているという説も真実味を帯びるのです」

「つまり、モッサを捕らえ、お嬢様を解放しろと精霊王に命じさせればいいと?」

「そう考えられます」


「ですが、どうやってモッサを捕らえるのですか? 分霊という強大な精霊がいるのですよね」

「罠を仕掛けます。封精の罠です。奴が精霊王の分霊を操ろうが、周囲との精の繋がりを断てばそれまでのこと」


「詳しく説明しなさい」


 トルプの説明をリシアは聞いた。

 封精の罠というのが具体的にどのような効力があるのか半信半疑であったが、事実であれば可能性はありそうだった。

 実行するには課題もあるが、試す価値はありそうだった。


「ですがそもそも、封精の罠は効果があるのですか? それに、効果があるとしても、どうやって作るのでしょう」

「では明日、残され森へと参りましょう。あの森を見れば、リシア殿も納得してくださるでしょう」


 トルプは自信満々であった。

 二人の部下からも、迷いは感じられない。

 だからリシアは、ルリ救出の道筋をそこに見るのだった――。


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