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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第6章 無銘なる共闘
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6-10 騎士の繋ぎ手

 三騎。

 ラトリア街道を駆ける騎影があった。

 トルプ・ランプシと二人の部下、セバステとロティタである。


 精流脈同調連動走法を用い、通常の倍の速度で駆けている。

 それは、精霊の助力を受けずに精流脈の流れに乗る船のように速度を上げる、天の騎士団の中では天空遊撃隊だけに習得が許されている走法である。

 ただし、精流脈を下流に向かう場合にしか使えない。


 首都ユーシエスにある風の王宮が建つ丘が見える位置まで到達すると、トルプは手を上げて通常走法への移行を後続に伝えた。


 緩やかに速度を落とす。

 精流脈を通して精が吸われる異変を感じたからでもある。

 風の祭殿から四日で到達したのは誇るべき成果であるが、望む結果を得られなかったことにトルプは落胆していた。

 リシアの姿を見付けられなかったからである。



「隊長、やはり追い抜いてしまったのでしょう。精霊がいればこのようなことには――」

「悲観するな、セバステ。先行してこそ、備えができるのだ」

「それと隊長、契約精霊を失ったのも良かったようですな」

「ロティタの言う通りだ。風の王宮に近づくだけで、嫌だ恐いと精霊達に耳元で叫ばれては、ろくに調査もできなかっただろう」


「ですが隊長、調査だけでは少女を救い出せないですがね」

「ロティタ、それは想定済みだ。よって私は、精霊王を操る奴を捕らえるべきと考えている」

「ガガン・モッサとて人間ならば、不眠不休とはいかないということですね」

「そういうことだ。だが、まずは現状把握だ。行くぞ」


 三騎はメノスを走らせつづけ、破壊された市街地に入った。

 そのまま止まらずに、風の王宮へと向かう。


 トルプは若き日を想った。

 精霊と出会い、契約したいと想わせる力を精霊に示そうと戦った、あの日の緊張感が蘇る。

 初めは誰もが契約精霊がいない。

 その時に似ていると思うと、トルプは気が楽になった。


 三騎士は丘の中腹辺りにある環状路を越えた。

 かつて緑豊かに葉を茂らせていた森は、枯れて白化している。

 間近に見るその異様さよりもトルプは、空疎な精の流れに異常さを感じた。


 王宮の中心で精霊王が求める精の量に対して集められる精の量が少ないため、精を吸い集める力だけが空回りしている。

 風もまた、乱雑に周囲を巡っている。

 精を巻き込み王宮の中心へと向かう流れがありながら、中心から吹き出て来る風もある。

 異質な風だった。



「妙ですね、隊長」

「ロティタも感じるか」

「はい。王宮中心に向かう精の流れが、激しく脈打つように動いています。先日はこのような流れはなかったかと」

「精がざわついている。まさかな――」


 トルプは王宮の正門からメノスを乗り入れた。

 前庭の半ばまで進むとその先へ進むのをメノスが嫌がる。

 三騎士は鞍上から飛び降り環状宮殿へと走った。


 宮殿の壊れかけた窓を破って侵入し、ぐるりと弧を描いて長く続く廊下を駆け、近くのドアを開けて中に踏み込む。暴風に荒らされた官吏の事務室だった。その奥の壁が崩れ落ち、中央庭園が見える。

 そこで何かが動いていた。


「まさか、まさか、まさか」


 トルプは部屋の奥へと走り崩れた壁を越えて外に出た。

 中央庭園を見て、ありえない現実に絶句した。

 三体の巨大な精霊と戦う者があった。

 二体の精霊、しかも相性が悪い、風の精霊と地の精霊と、そして一人の女性。

 リシアだった。


「あの男、私を騙したか」

 怒りを苦々しく噛み締め、トルプは雑念を捨てた。

「いや、違うな。祭殿では契約精霊はいなかったのは間違いない」

「かなり力のある精霊ですね」

「どういうことでしょう」

「ううむ」トルプは唸った。


 二精霊の姿は明瞭で、戦い方も臨機応変である。

 しかも、相性の悪い風と地の精霊が、嫌悪を抑えて協力し合える理性を有しているのだ。高位の精神性を持つ精霊であることは明らかだった。


「祭殿から王宮までの間に、自由精霊と契約したのだろう」

「まさか――」

「常識ではありえんが、彼女が特別だという証だ」


 自分が惚れた女性が特別だったのだという実感に、トルプの心は湧き、誇るように胸を張った。

 ひと目惚れしたのは軽薄な感情ではなく、確かな鑑定眼によって瞬時に見定めたからなのだと自負さえ芽生えていた。何よりも、風の領域で地の精霊と出会うという、奇跡のような成果は運命にさえ愛でられていると言える。

 ただ気高く輝くように美しいだけでない、まさに命を賭すに相応しい女性だったという確信に、トルプは奮えた。


 だが、挑む相手が悪い。

 彼女らの戦いは、傍観できる状況にはなかった。


 リシアと二精霊が戦う三体の巨大な精霊は、中心にいる精霊王を守るように動いており、特に中心に向かおうとする敵に対して攻撃が苛烈になる。自我という感情さえ抑えた、風の精霊王を護るために存在する精霊のようであり、言うなれば守護精霊であった。


 二体の守護精霊それぞれの動きを風と地の精霊が引きつけている中、リシアはより中心に近い三体目の守護精霊に挑んでいた。だが彼女の手には、槍どころか剣もない。精霊と戦うには、極めて危なげだった。

 戦況を読んだトルプは、即座に陰ながら助けようという考えを捨てた。


「リシア殿を助ける!」


 トルプはリシアが戦う精霊に向けて駆け出した。

 セバステとロティタは自律的に判断し、風の精霊と地の精霊が戦うそれぞれの守護精霊へと分かれて向かっていく。

 トルプは脇目も振らず、リシアを目指して走る。

 どのトルプに、逆風が襲いかかる。

 強烈な風に足を止められ、トルプは腰を落とし膝を曲げ、一歩ずつ踏み出していく。その歩みは遅々としており、彼は歯を食いしばり、右腕をかざして目に入る風を避けた。


 リシアの戦いは続いている。


 守護精霊の蹴りをリシアが躱し、細長い何かを投げた。

 だがそれは易々と払い飛ばされ、横合いの風で薙ぎ払うように彼女は飛ばされてしまう。地面を派手に転がったが、衝撃を何かが吸収したように、すぐに立って身構える。ただ、リシアが足を庇う仕草をトルプは見逃さなかった。


「手負ったか?」


 容赦なく守護精霊は両腕を広げ、扇ぐように振りリシアへと烈風で襲った。

 無数の飛礫と共に放たれた風が彼女を襲う。

 その風圧で髪留めが千切れ飛び、長い髪が風に乱れる。

 風が収まり、長い髪がリシアの背に垂れた。

 それでもリシアは無事だった。

 まるで、精霊が放った飛礫の風が、彼女を避けたようだった。


「あの服はノイ・クレユの騎士服、あるいは鎧だとでもいうのか?」


 驚きながらも、守護精霊の攻撃がリシアに集中したために風が弱まったのを好機とし、トルプは風に逆らって走ろうとする。

 それでも、泥の中を走るように足取りは重く、リシアまでの距離は遠かった。それなのに、守護精霊は竜巻を起こし、リシアを吹き飛ばしたのだ。

 彼女の体は空高く舞い上げられ、風の戒めで縛られたように不自然な体勢のまま頭から落下していく。


 トルプは焦って手を伸ばすが、届かない。


 そのトルプの脇を風が吹き抜けた。

 風の精霊だった。精霊はリシアの体の戒めを断ち、頭を支えるように体を持ち上げて抱えた。


 トルプは安堵しかけたが、守護精霊は尚も荒れ狂う風を放った。

 風の精霊は引き剥がされ、リシアが落下する。トルプは風をかき分けるように前を目指すが、それでもまだ、遠かった。


 懸命に目指そうとする地面が、唐突に揺れた。


 波のように地面の表層を伝わった振動は、リシアの下へと向かい、重なり合って波のように大きく盛り上がる。地の精霊によって地面が動かされたのだ。

 地面は滑り台のような長い斜面となり、リシアの体を優しく受け止めた。

 落下速度を弛めながらも方向を変え、滑り落ちた先に人の姿となって現れた地の精霊が、滑り落ちたリシアを抱き留めた。


 トルプは「よかった」とリシアの無事を喜びながら、「まるで守護騎士のようだ」と地の精霊の行為に嫉妬していた。だがそれも一瞬の気の迷いのようなものだった。


 瞬時にトルプは私情を捨て、ざっと振り返って戦場を見渡した。


 セバステとロティタは、それぞれ二体の守護精霊に攻撃を仕掛け、牽制している。それよって、二精霊がリシアを救いに行く余力を生み出したのだ。


「ならば次は私の番だ」


 リシアを抱えた地の精霊が丘の頂へ向かおうとした。

 その途端、守護精霊が怒り狂ったように逆巻く風を放ったのだ。

 地の精霊は腕を盾のように広げてリシアを守るが、盾にした石の腕が、風によってバラバラと剥がれ落ちていく。相手が地の精霊になったことでより苛烈な攻撃になったようであった。

 地の精霊は暴風を避けるように斜め後方に飛び退いた。

 すると暴風の威力は弱まったが、威嚇のように左右の腕を交互に振って煽るような風を起こし続ける。


「押し通せるならば――」


 この機を逃さず精霊王に囚われた少女を救うべきだ、と思ったのはトルプの過ちだった。


 地の精霊が再度一歩踏み出すや逆巻く烈風が地の精霊を襲った。

 瞬間的に逆方向へと吹き乱れる風圧の刃が、地の精霊の左腕を引き裂いたのだ。纏っていた石の籠手ごともがれた地の精霊の腕は砕かれ、内なる精は弾けて散って吸い込まれるように丘の頂へと向かって消えた。

 地の精霊は痛みに叫んだ。

 身体の欠損を痛みで感じるのも、高位の精霊の証である。


 だがそれでも、守護精霊には勝てないのだとトルプは見切った。

 風の精霊より強いとされる地の精霊でさえそうなら、勝ち目はないのだ。


 リシアを片腕で抱く地の精霊は痛みに悶えながら後退し、腕を再生させる。しかしその左腕は土であり、石ではなかった。

 地の精霊の精も尽きかけているのだ。

 そこに守護精霊が攻撃を加えなかったのは、風の精霊が飛びまわって牽制してくれているからだった。


 当初の見立ての通りなら、中心に向かう動きに対して守護精霊の攻撃は苛烈になり、遠ざかる動きに対しては緩慢となり追い払うような威嚇となる。

 撤退は可能のはずだった。


 風向きが変わって走れるようになったトルプは、剣を抜いて地の精霊の前に出た。


「地の精霊よ、リシア殿を連れて逃げよ!」


 守護精霊に正対したままちらと後ろを振り返ったトルプの目が、地の精霊の腕に抱えられたリシアと目と合った。

 彼女は驚いた表情をしている。

 その姿も美しいと、トルプは思うのだった――。


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