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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第6章 無銘なる共闘
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6-09 王宮と救い手

 瓦礫ばかりの首都ユーシエス。

 丘の頂にある風の王宮へと続く街道に、行き交う人の姿はない。


 そこへ、ひょこっと、奇妙な人影が飛び出すのが見えた。

 地の精霊ラスピであり、手を振って周囲に人の姿がないという合図をした。

 リシアは瓦礫の陰から街道へと走り出る。


「ディアン、行きます」

「はいリシア様――」


 ディアンは宿玉に隠れたまま風を起こし、追い風を受けてリシアは飛ぶように丘を駆け登る。


 丘の中腹辺りでラスピと合流し、白化した森を駆け抜けた。

 壊れかけた塀で囲まれたそこが、風の王宮である。

 王宮の姿は、無惨だった。前庭の噴水は涸れ、芝生や植木は枯れ、石も朽ち崩れており、言わば廃墟である。


 正門の前で、ラスピがためらうように、立ち止まった。


「精の流れ、少し変わったようだな」

「どういうことです?」

「以前は単純だったが、今は渦を巻くように乱れておる――」

「入るのに、問題が?」

「まあ、行ってみなければ分からんが」

「では、行きましょう」


 数百メートル内側にある、廃墟と化した環状宮殿を目指して走る。


 ドスドスと地面を揺らしながら走るラスピの速度が落ちる。

 ラスピの足跡が、点々と門から続いていた。

 石を積層して作った足裏が、一歩踏み出す毎に削ぎ取られたようだった。



「ラスピ、大丈夫ですか?」

「なあに、あそこまで行けば」



 ラスピは大股で跳ぶように走り、しリシアを追い越して環状宮殿へと先に入った。

 やや遅れてリシアが環状宮殿に入る。

 ラスピは足をズリズリと床石にこすりつけていた。



「何をしているのです?」

「足の修復だ」

「そう。でも、向こう側に抜けられる場所を探さないと。ここは瓦礫が邪魔ですから」

「安心してくれリシア様。オレが道を拓こうぞ」



 ラスピが瓦礫に向かって歩き出すと、踏んだ床石が少し削られたように足跡が残る。

 少し縮んでいた身長を元に戻しながら、ラスピは力強く瓦礫を押し退ける。

 ルリが囚われている、中央庭園への道が拓かれた。

 外に出たリシアは、少したじろいだ。


 前庭の惨状とはまるで異なり、草花が咲き誇っていたのだ。

 およそ五〇〇メートル続く緩やかな上り傾斜の先が、丘の頂であり、中央庭園の中心である。

 そこまでに、三重の回遊路が同心円状に作られている。

 だだ――肝心な頂の様子は、全く見えなかった。



「リシア様、ちょいとまずいですな」

「なにが?」


 隣に立つラスピを見たリシアは、その体を覆う石の鎧が、雲母のように剥がれ、風に散ってゆくのを見た。


「これでも精が吸われてしまうようだ――」

「では急ぎましょう」

「それがよい。用はとっとと済ませよう」



 丘の頂に向かって、リシアとラスピが走る。

 ひとつ目の回遊路を越えた途端、突如地面を割り噴気が上がった。

 リシアの目の前に現れた、間欠泉のような薄緑の柱。それがすぐに、人の姿となった。

 身長は五メートル以上ある、精霊だった。


 危険を感じたリシアは、腰を沈めて深く踏み込むと、斜め後方へと飛び退いた。

 ディアンよりも明瞭な姿をしており、ラスピよりも緻密な、石とは異なる鎧を身に付けている。

 明らかに異質な精霊だというのが、リシアにも判った。

 そして、現れると同時に、地面を覆っていた草花が枯れてしまう。



「こいつは驚いた。精霊王でもないのに、これほど濃密な精を――」

「ディアン、これが分霊ですか?」

「違うようです」

 お守りの宿玉に宿ったディアンの声だけが、リシアの耳元に届けられた。


「では、精霊王を護る、守護精霊なのでしょう」



 守護精霊が両腕を扇ぐように大きく振ると、強烈な風が湧き起こり、地表の石を巻き上げ、竜巻のような渦を巻く風がそそり立つ。

 そして、渦巻く風から無数の石が放たれた。

 弾丸のように壁を貫く石礫である。


 咄嗟にリシアは、身を低くかがめた。

 そしてリシアは、行く手を阻む敵を睨む。

 どうやって石礫を掻い潜って中央に向かうかを考えた。

 すると、石の鎧を纏うラスピが前に立ち、体を盾にした。



「リシア様、ここはオレが」

「ありがとう。お願いね」



 突進したラスピに守護精霊の攻撃が集中した瞬間、リシアは回遊路を進むように、横へと駆けた。

 そこから弧を描くように向きを変え、守護精霊を大きく迂回しながら、頂を目指して駆ける。

 すると、近づくに連れ向かい風が強まていく。


 二つ目の回遊路を越えた瞬間、目の前に新たな守護精霊が現れた。

 二体目の守護精霊は暴風の向かい風を生み出した。

 吹き飛ばされそうになったリシアは咄嗟に身をかがめ、草を掴む。それでも体が浮き上がりそうになり、リシアは地面に指を立てて堪える。


 リシアは喘いだ。

 顔を風下に向けても、息が吸えない。

 強風に周囲の空気が吸われ、真空状態になっていたのだ。

 リシアの指先から力が抜けた。

 足が浮き、リシアは吹き飛ばされていた。


「リシア様!」

 宿玉となるお守りから飛び出して姿を現したディアンが、舞い上げられたリシアを受け止め、抱えて地面に降ろす。


「ディアン。助かったわ」

「どういたしまして。リシア様をお護りするのが務めですから」

「ありがとう。でも、もう一体居るなんて――」

「ボクがあれを牽制します。その内に」

「え? ですが」


 リシアの背を、ディアンがまるで手を添えるように、風が押した。


「ありがとう、ディアン」


 風の後押しを受けて大きく一歩飛び出し、中心を目指す。

 ディアンが第二の守護精霊を牽制する脇を抜け、リシアは走った。

 ところが三つ目の回遊路を越えた瞬間、またしても新たな守護精霊が現れたのだ。

 もう、護ってくれる精霊は居ない。

 それでもリシアは、自分を鼓舞した。



「邪魔! 退きなさい」

 リシアは虚空に右手を突き出して横に払うが、守護精霊は人形のように無反応だった。

 言葉が通じないというよりは、人格がないのだ。



「せめて刀が欲しい――」

 精霊を倒せなくとも、飛礫を払う防御には役に立つ。

 そんなリシアに代替案を探す間は与えられなかった。


 守護精霊が、リシアを蹴ろうとしたのだ。

 巨体ではあるが動作は俊敏で、まるで露草を蹴るようだった。

 リシアは横に跳んだが避けきれず、スカートを掠めていった。


「避けるのもぎりぎりですね」


 リシアは裾が裂けたスカートをちらと見た。

 侍女としての矜持の証である服を破かれた靴属を噛み締めながら、リシアは右手をスカートのポケットに差し込む。

 その奥のシークレットファスナーを開け、腿に巻いたベルトにある鉄針を確かめた。

 元の世界で鍛冶師が玉鋼を鍛錬して作り出した名品である。

 二〇センチほどの長さの針は、リシアが身につける暗器だった。


 指の剥いだに挟んで鉄針を三本抜き取り、背に隠すように持つ。

 リシアは巨人精霊を睨んだ。

 人を模倣する精霊ならば、目を潰せば一時的に隙が出来るとプロソデアから教わっていた。

 その隙に、せめてルリの無事を確かめたかった。

 そうでなければ、ここへ来た意味は無いからである。


 リシアは気迫を込めて息を吐き出し、守護精霊の真正面に向かって突進した。強い想いを込めて、リシアは守護精霊の目へと鉄針を三本同時に投げる。


 だが鉄針は、あっけなく風を纏う腕で払い飛ばされてしまった。

 虚しく地面に落ちゆく鉄針の行方を追わず、リシアは間髪入れずにもう一撃を入れようと、右手をポケットに突っ込む。

 その瞬間、唐突に風が横合いから襲い、リシアは吹き飛ばされた。


 地面に向かって吹っ飛んだリシアは、反射的にリシアは受け身を取った。バックパックがクッションとなり、ダメージはなかった。

 そのまま地面を転がると、リシアは反転しながら立ち上がる。

 だが。その顔が苦痛に歪んだ。

 地表に転がる石で脚を滑らせ、挫いてしまったのだ。


 リシアは痛みを隠し、守護精霊に身構える。


 守護精霊は、怒っているようだった。

 苛立ちを表すように、両腕を大きく左右に振った。

 突風が湧き起こった。

 腕を顔の前に立て腰を落としたリシアを、翻弄するように吹き抜ける。頭の後ろで編んで留めていた髪留めが千切れ跳んだ。


 風が止むと、リシアの長い髪が背中まで垂れた。


 耐えるように地面に踏ん張っていたリシアは、右足を少し浮かせた。足に体重が掛かるだけで痛みが走るのだ。


 死ぬかもしれない。


 リシアがそう思った瞬間、守護精霊の姿が消えた。

 直後、リシアの背後に現れた守護精霊が、リシアを吹き飛ばした。


 高く高く、リシアは舞い上がる。

 風はリシアの自由を奪い、戒めとなって体を縛る。

 シリアは頭から、落下していく。

 目の片隅に丘の頂を見たリシアは、そこにルリの姿を見ていた。


「お嬢様、ごめんなさい」


 リシアは死を覚悟した。

「助けて」と心の中で叫ぶ。

 脳裏にちらと浮かんだユートの姿に嫌悪する事さえ忘れていた。

 リシアは地面に体が打ち付けられるのを感じた――。


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