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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第6章 無銘なる共闘
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6-08 契約の風と地

 ラトリア街道から外れた荒れた道。

 問答無用で攻撃してくる地の精霊を前に、リシアは理不尽さに歯噛みする。

 理由も分からず殺されたくないと不条理を睨む。

 理外の法則によって地中の石を集めて固めた石の槍が突き出してくる。

 二本三本……十本と石の槍は作られる。


 リシアは後方に跳びながら両腕を顔の前に立て防御体勢を取る。

 石の槍が大地から放たれたなら串刺しにされるだろう。

 だから、腕一本捨てる覚悟をした。

 片腕で石の槍を払い、その反動で他を躱すとリシアは決めた。


 唐突に風が吹き抜けた。

 と思う間にリシアは風に包まれ、体が浮き上がる。

 風に舞い上げられたのだ。

 すでに十メートルは上昇していた。


 着地点となるはずだった地面からも石の槍が現れ、それら槍が一斉に上空に向けて放たれた。

 リシアは避けようと身じろぎすると、周囲から風が真下へと吹き下ろしていく。

 猛烈な風に煽られ、石の槍の軌道は乱れ、不規則に揺れながら脇へと散るように落ちていく。地面に激突した石の槍は、その結合力を失ったように無数の石になって崩れた。


 リシアの体は緩やかに下降し、ふわりと地面に降ろされた。

 まるで風に抱かれているようだった。

 その風は、リシアの回りを渦巻きながら囲み、地の精霊から守る風の壁となった。

 今度は風の精霊に囚われたのかとリシアは息を呑んだ。


「お助けしましょうか」

 リシアは人の声を聞いた。

「え?」

 驚きながらつむじ風を見ていると、少しずつ人の姿に変わっていく。緑の風を衣にして纏う姿がリシアの目の前に現れた。


「代わりにそれをください」


 顔立ちも体躯も整って美しいが、彫刻のように無機的だった。

 眼球らしき造形は無いが、微笑んでいるような柔和な表情である。

 風の精霊だとリシアにも分かった。

 その風の精霊の手が、ピナフォア・ドレスの前ポケットを指した。


「これ?」

 リシアは無意識に左手で握りしめていたお守りを取り出す。

「そうです」

「あなたは誰? どうして私を助けてくれるのです?」

「ボクは風の精霊。ボクと契約してそれをくだされば、代わりに助けます」


 一瞬リシアは迷った。

 あの男がくれたお守りが対価なら、惜しくはない。

 ただ、精霊は嘘を吐かないとリシアは聞いていたが、無条件に信用していいのか確信が持てなかったのだ。


「では、私の目的が達成できたなら、あげましょう」

「目的とは何でしょう?」

「お嬢様を助ける事です」

「分かりました。契約しましょう。ですがボクの物にするという証をください」


「証? 何が欲しいの?」

「ボクの精をそれに宿らせてください。契約している間、他の精霊に奪われないようにするためです」

「いいわ。では契約しましょう。私はリシア。あなたの名は?」

「ボクは風の精霊ディアン」

「では契約成立ね」

「はい。では、それをボクの仮玉とします」



 ディアンの手が伸びてきた。

 お守りが奪われるのかと思って反射的にリシアは握り締めたが、違った。ディアンの手が重なると、リシアの手をすり抜けて、内側のお守りに触れるのが分かった。

 お守りが熱くなるのを感じた途端、ずんと重くなった。



「それを大切に持っていてください。ボクとリシア様の絆になりますから」

「分かりました」


 リシアがお守りをポケットにしまう。

 すると、見る間にディアンの姿が明瞭になり、まるでそこに人が立っているように明瞭になる。渦巻く風は散り、ディアンはリシアの前に立ち、地の精霊と正対した。


 驚いたように口を開けて見ていた土の塊のような姿をした地の精霊は、二歩下がって地に胡座をかいた。



「いやいや、これは失礼。てっきり異邦人だと思ったが、契約者だったとは」



 地の精霊が発した音は、低い声の言葉としてリシアに聞こえた。

 驚いたリシアだったが、風の精霊ディアンとの契約により、言葉が翻訳されたのだと瞬時に悟った。

 精霊と契約するだけで生じた違いに、リシアは、認識の甘さを自覚し、恥じた。

 そしてもし無意味と思ったお守りが精霊と契約するために役に立ったのが確かなら、あの男、ユートに少しは感謝してあげようとリシアは思うのだった。


 ディアンは大きく胸を反らすし、あぐらをかいて座る地の精霊の前に立って見下ろしている。



「地の精霊が風の領域に何の用だ」

「オレはこの領域に起きた異変を調べに来た」

「お前の契約者は誰だ。誰から命令された」

「オレは人と契約はしていない。が、誰の命令かは言えん」

「地の精霊王の斥候だな」

「なぜ分かる」



 地の精霊は大げさな身振りで驚いた表現をする。

 後でリシアがディアンに聞いたのは、自由精霊に対して命令できるのは、精霊王だけだというのだ。つまり、人と契約していなければ、命令を出したのは地の精霊王に他ならないからである。

 この地の精霊はそそっかしい性格のようだとリシアは思った。

 無骨そうだが、どことなく仕草には愛嬌があるように見えてくる。



「当然の帰結だ。それで、風の王宮はどうだった?」

「吸われたよ。配下を根こそぎな。オレも融和の誘惑に駆られたが、どうにか逃れた」

「人と契約が無い地の精霊が風の領域に侵入し風の精霊王に精を与えたのでは、状況を悪化させただけだろう」

「面目ない」

「それで、精霊王の宿玉は見たか?」



 ディアンの問いにハッとしてリシアは注目する。

 今まさに知りたい事は、そこにある。

 地の精霊は大げさにうなずいた。



「人の娘のようだった。タタ・クレユで生ける宿玉となった人間は居ないし、見たことのない種族と装束であるため、ノイ・クレユから来た人間だと結論づけた」

「その人は、無事でしたか?」

 願うようにリシアは地の精霊を見詰める。


「何を持って無事というのだ。いずれにせよ死ぬ定めだ」

「飛躍しすぎだ、短慮な奴め」

「何を言うか、せっかちな奴が」

「鈍重なのろまが、軽口を叩くな」

「二人とも、無益な争いは止めなさい」



 二精霊は決まり悪そうに互いにそっぽを向く。

 まるで子供のようである。

 余りにも幼稚な口喧嘩に、リシアの悲観的な気分が打ち消された。


 地の精霊はボロボロとフケのように表皮の土が飛び散らせながら頭を掻き始める。

 仕草によって、心情を表現しているようである。



「それより、あなたはどうして私を襲ったのです?」

「またノイ・クレユ人が精霊王の宿玉になっては危険と考えたのだ」

「そんなに危険なのですか?」

「それだけ精を集める力があるのだから、危険だ」

「私にそんな力が?」

「おそらく、としか言えないが」


 両手を腰に当て威張るようにディアンが地の精霊の前に進み出る。


「地の精霊は鈍感だから、見極められないのです」

「ふわふわと向きの定まらぬ軽薄な風の精霊のくせに何を言うか。表層を撫でるだけの弱虫が」

「地の精霊の力を誇るならば、風の精霊王の宿玉となった少女を助けるために、リシア様に協力しろ」

「無謀な風よ。あまりにも危険な愚行だ。風の精霊王に近付くと吸われるとオレは言ったぞ」

「臆病者め。だったらいつものように地の底に隠れてろ」

「なんだとすぐに逃げ散る薄情者が」

「止めなさい!」

 リシアは手を払うように振って、会話を断ち切った。


 幼稚な態度に呆れ顔でリシアが二精霊を見ると、消沈したように視線を逸らす。叱られると目をそらす犬のようだった。

 保育士か幼稚園の先生になったようだと思いながらも、リシアは目的のために知るべき情報を聞き出すことにした。



「吸われるというのは、どういうことですか?」

「精が一定量集まると、自然に周囲の精が集まるようになるのです。精霊王は膨大な精が凝集した存在ですから、近づけばボクらのような精霊でも、自分の精を留められず少しずつ精霊王に取られてしまうのです。それを、精を吸われたと言います」


「私が近付いたらどうなるのでしょう」

「短時間なら大丈夫です。人には体があります。肉体は精を留め置くのに最適なのです」

「あなたも吸われてしまうのですね?」

「少しなら大丈夫です。リシア様が下さると約束して下さったお守りに依りますから」

「これに?」

 リシアはポケットからお守りを取り出して見つめる。


「おお、それはすばらしい。オレにもくれないか。くれたら、オレも力を貸せるぞ」

「これはボクのだ」


 土塊で身を纏った地の精霊が近付いて手を伸ばそうとするのを、ディアンが遮った。

 すると地の精霊は、手を引っ込めて項垂れた。


「これの、何がいいのかしら」

「精霊には、宿玉が必要なのです。凝集する精を留め置くための中心となる物です。リシア様がお持ちのそれは、とても素晴らしい宿玉となります」


 リシアはお守りの表裏を見比べるが、単に紙を折って袋状にし、穴を開けて紙縒りで綴じただけのものでしかない。

 だが、精霊がお守りを欲しがると知らずにあの男がくれたとは、リシアには思えなかった。

 優秀なプロソデアが、それに気付かないはずがないからである。


 リシアは苛立ちで拳を握り締めた。


 あの男は秘密主義が過ぎる。

 何も言わずに勝手に何かするから、疑惑を抱いてしまうのだ。

 何が目的で「お守り」と称して寄越したのかを考えると怒りがこみ上げてきて、リシアは歯を食いしばる。



「まさか、ね」



 他にも何か企みがありそうだと予想したリシアがバックパックを調べると、外側のファスナーがついたポケットに、ハガキサイズの紙が十枚ほど入っていた。

 取り出して見るが、無地のポストカードにしか見えなかった。

 だが、地の精霊が手を前に出し、ゆっくりと近づいてくる。



「そ、それもなかなか良い物だ。それをくれるなら、協力しよう」

「これでいいの?」



 半信半疑でリシアは一枚、抜き取って差し出した。

 少なくともリシアにとってその紙は、無価値な物であった。

 それなのに地の精霊は、恭しく頭を下げ、表彰状のように受け取る。そしてリシアが手を放し所有権が移るや、地の精霊が踊るようにはしゃぎ出したのである。


「感謝、感謝。オレの名はラスピ。リシア様に従いましょう」


 お土産をもらった子供が目を輝かしながらいじくるように、地の精霊ラスピは紙を空に透かして眺めている。

 価値を知らずに損をしたのではないかとリシアは疑った。

 ただ、表情は豊かではないが、感情は大げさなほどに体で表現する地の精霊に、リシアは少しだけ愛嬌を感じていた。



「おお、すばらしきかな。だが、これはこうだろうな」



 ラスピが両手で包むと、紙は折りたたまれて圧縮された。

 指先で摘まんで目の前に掲げる。

 紙は、小さな種のようになり光沢を帯びていた。

 出来具合を確かめるように眺めたラスピは、その種を持つ指先を、自分の胸に突き刺したのである。

 リシアは驚いたが、ラスピは納得したようにうなずきながら、大げさに口元を広げ笑顔を作った。



「これで万全」

「何が万全となるのですか?」

「オレの宿玉にしたのだ。風の王宮周辺の地には、妙な精の流れがあって、自分の精を留めるのに苦労する。だがこの宿玉があれば、踏ん張りが利くというもの」

「精霊王に吸われなくなると?」

「そうなる。しかもオレが少し手を加えてより良くなった。軽薄な風が得た物よりもな」


「なんだと!」

「お前ら風の精霊は宿玉がないとふらふらどこかへ飛んでいくではないか。それを軽薄というのだ」

「黙れ。地べたにしがみつく鈍重なのろまめ」

「止めなさい二人とも」


 リシアが睨むとラスピは肩を落として小さくなる。

 ディアンは何処吹く風となるように視線を逸らし、ぐるりと周囲を一周してリシアの隣に佇んだ。

 足元に纏わり付く犬のようである。


 少しだけ愛らしい二精霊に、リシアは微笑む。

 そして、少しだけ希望の光が明るくなったと感じた。

 二精霊が力を貸してくれるのなら、ルリを助けられそうだと思えたからである。

 ただ、少しだけ悔しく、癪だった。

 精霊が好むお守りと紙を、あの男がくれたことに、感謝しなければいけないと思ったからである。


 だが、その感情をリシアは封じて、前を向く。


「急ぎましょう。お嬢様が待っています」

 そして、リシアが走り出す。


「ボクが後押しします」

 風の精霊ディアンは、風を起こした。

 背中に追い風を受け、リシアの体が運ばれる。

 地を蹴ってから着地するまでの距離が伸びる。


「オレは地を均そう」

 地の精霊ラスピが先行し、凸凹の道を平坦にする。

 リシアが着地する地面だけが均され、蹴り出す時に反力も与えてくれる。

 一歩の距離が更に伸びた。

 風は一段強くなり、三歩目は更に遠くに届いた。

 だが、速すぎる速度をリシアは恐れた。


「ボクが先の先まで見て導きます。案内に従ってください」

「足元はオレが整えるので安心を」


 まるで心が通じたように、二精霊からの応えを聞いたリシアは、悩むのを止めた。

 前へ前へ、先へ先へと意識を向ける。

 幅広い河は水底からせり上がる踏み石を渡る。

 向かい風すらディアンが押しのけてくれる。

 どこまでも走り続けられると思えた。

 暗くなっても精霊の導きに迷いは無かった。


 この力があればルリを助けられる。

 そう信じてリシアは、風の王宮へと急いだ。


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