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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第6章 無銘なる共闘
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6-06 謀略の空振り

 騎兵は、遠目では平坦に見える台地における、織り成す斜面によって生まれる陰に隠れていたのだ。

 驚くユートに対して、プロソデアは平然としている。

 すでに察知していたのだ。

 わずかな間であってもメノスと精霊を休ませたのは、次の戦闘を予想していたからであった。


 女性が操る一騎は速度を落とし、三〇メートルほど離れた位置に止まった。


「風の守人の守護騎士とは、そなたか」

「元守護騎士、プロソデア・オーティタと申します、閣下」

「聞きしに勝る技量、見事である。わらわはオジャスゥ・ユビキシュ子爵である」

「ご機嫌麗しいご様子、何よりにございます」

「最悪じゃ。無様と言うほかない。一人相手に、祭殿騎士が手玉に取られるとは」

「口を挟んで悪いが、一応俺も居るんで、二人だ。微力すぎて四捨五入すれば無視されるかもしれないが」



 ユートが手を振って、オジャスゥの注意を引いた。

 相手が美女だからと言う理由だけではない。

 完全に眼中に無い態度に、少しだけ茶々を入れたかったというのもあるが、名を聞いて思いついたことがあるからだった。布石は打つべき時に打つべき場所へ置いてこそ役に立つのだ。



「誰じゃ? 冴えぬ顔をした男だの」

「妖艶な美女に言われるとマゾ気が芽生えそうになるが、生憎とあんたは俺のタイプじゃない」

「無礼な奴よの。何者じゃ?」

「謎の男と思ってくれ。詳しく知りたければ、祭殿に居た工部の老人に聞くといい」


「驚いた。父上に会って無事とは」

 どうやら布石を置けそうだとユートはうなずいた。

「いい手土産があったから、取引をした。俺の提案は受け入れられたぜ」

「ならばこの奇襲は無意味となったようじゃな」


「納得してくれたなら、このまま見送ってくれるか?」

「妾にはその守護騎士を抑える力はない。むしろ、こちらが見逃して欲しいくらいじゃ」

「なら、退散しようじゃないか、プロソデア君」

「ではご無礼をお許しください、子爵閣下」



 プロソデアが、獣車がゆっくりと歩ませる。

 オジャスゥ以下祭殿騎士に動きはなく、本気で見逃してくれるようである。もっとも、この断崖の上を一周しても、下に降りる道は無い。それを見越した上で子爵は、どうするのかと見物するつもりのようだった。


 だがユートとプロソデアは、初めから、断崖を抜ける参道での待ち伏せに備え、断崖の上を使って戦闘を回避する方法を検討済みだった。


 地の精霊が走行路を整え、その上をメノスが走り出す。

 合わせて風の精霊が追い風を生み出し、獣車が強烈に加速する。

 滑走路から離陸するようにというよりは、空母の飛行甲板をカタパルトで打ち出すように、急激に加速しながら断崖の縁へと向かう。


 ユートは息を呑む。

 提案したのはユートだった。

 だが、机上の空論である。

 獣車を改造する際にプロソデアは簡易的に実験したようだが、実際に試す時間は無かったのだ。

 断崖の上で成り行きを見守る子爵達は、自殺行為と思っただろう。


 獣車を引くメノスは全速力で断崖の上を走り、縁を蹴って跳んだ。


 同時に獣車の側面から布を張った翼が開く。

 だが獣車の重みに落下しそうになる。

 地面を失い、メノスが慌て怯え、宙を蹴って暴れる。荷台の底からその足元へと、橋のように板が延びた。メノスは足場を得て、安堵したように大人しくなった。

 そこへ、精霊が更に風を起こした。

 翼が揚力を生み出し、獣車の車体が持ち上がり水平状態となる。


 成功である。


 翼を広げた獣車はグライダーのように風を受けて滑空している。

 だが、風を生み出す風の精霊は、まだ混乱しているようだった。

 滑空姿勢が安定しない。


 帆船の帆を膨らませるように、後方から風を起こすのがこれまでの常識だった。

 だが、鳥のように羽ばたけない獣車は、追い風を受けて推力を得ようとすると翼面の対気速度が減り、揚力が減って高度が下がってしまうのだ。

 それに加えて方向舵も昇降舵もないため、安定飛行するには、精霊が風を操る方法に慣れるまで待つしかなかった。


 ただし、致命的な問題がある。

 推力を発生する方法がないのだ。

 いくら追い風を受けても、移動距離は稼げない。

 上昇気流を受けて高度を上げ降下する速度を利用して移動するのを繰り返さなければならなかった。


 それだけではなかった。獣車には、二頭のメノスと大人の男二人に荷物という重量を支えるには、構造的な問題があるようだとユートは気付いたのだ。

 風に煽られ空中での姿勢が乱れると、あちこちから獣車が軋む音が聞こえてくるのだ。剛性不足である。

 改善すべき箇所はまだ多い。


 ジェット機のような推進方法を精霊達に学んでもらう必要がありそうだとユートは考えていた。



「本当に飛べるとは――」

 プロソデアの言葉を聞くと、ユートは苦笑を浮かべた。

 半信半疑のまま実践してしまった、その無鉄砲さに呆れたのだ。


「飛ぶと言うより滑空しているだけだ。緩やかな落下だよ」

「いえ。これはもうまさに飛んでいると言ってもいいでしょう。かつて、空を飛ぶ船があったとの記録があります。何かの比喩だと思っていたのですが、実在したと信じられるようになりました」


「飛行船かな? 飛行機の方がいいと思うが、いずれにせよ、風の精霊が動力となってくれないと無理そうだ」

「その方法、教えてください」

「俺は飛行機の設計はできない。航空力学も専門外だ。作れるのは紙飛行機くらいだ」

 ユートは紙飛行機を飛ばす動作をして見せる。


「昨日作って見せてくれたあれですね」

「そう。大きくすればこの獣車みたいになる」

「もっと詳しく原理とか、色々と教えてください」

 プロソデアは御者台から振り返り、身を乗り出してユートに迫る。


「まあ落ち着け。それより、失敗していたらどうしたんだ?」

「鳥を真似ればどうにかなると思っていましたし、悪くても精霊に支えてもらいながら緩やかに着地すればいいだけですから」

「そうしていたら、あれか?」


 ユートは地表に視線を向ける。

 断崖の裂け目となる道を塞ぐように、騎士が布陣している姿が見えた。彼等は混乱しているらしく、見上げながら佇む者や、とにかく地表を駆けて追いかけてくる者が混在し、連携が乱れていた。


「やはり伏兵がいましたね。子爵が簡単に見逃してくれたのも、地の精霊で作った斜面を下っている無防備な状況を狙いたかったからでしょう」

「助かった訳だ」

「はい。負傷者を出さずに済みました」



 ユートは改めて、まじまじとプロソデアを見た。

 少し誤解していたのだ。

 負けるという想定がプロソデアにはなかったと知ったからである。

 いずれにせよ勝てるという前提で、どれだけ相手を殺さず、怪我人も最小限にして、済ませられるかという難題に挑んでいたに過ぎなかったようである。

 天の騎士を束ねる団長の地位にありながら、個の実力としてプロソデアに遠く及ばないトルプの立場を、ユートは気の毒に思うしかなかった。


 しばらく追ってきた地表の騎士達も地形によって阻まれると、追撃を断念してくれた。

 下から風の精霊によって暴風を起こして落とそうとしても、即座にプロソデアの風の精霊がその暴風を散らしてまったのも彼らが追撃を断念する理由となっていた。

 彼等もまた、プロソデアと競わされては気の毒だとユートは思うのであった。



「それだけ凄い力があるなら、守人はさぞ心強かっただろう」

「いいえ。私の無力さを悲嘆なされているでしょう」

「そうなのか?」

「はい」



 誰もが羨みそうな力を持っていても、プロソデアは悩みを抱えている。

 人生とは難しいものだと、ユートは思った。


 獣車の高度が緩やかに下がって行く。

 精霊によって上昇気流を起こさせ続ける訳にも行かないため、着陸地点を探すことになるのだ。

 原野を越え、丘陵の先の地面が近づいてくる。

 着地点として、その辺りを目指して高度を下げていく。



「ところでプロソデア、さっきの女性だが、何者だ?」

「イキーエス領主イムカ・ユビキシュ伯爵のご息女、オジャスゥ・ユビキシュ子爵です」

「祭殿にいた工部の老人が、伯爵だったわけだ。知っていたのか?」

「察してはいましたが伯爵とは初見です。子爵は、ケントリコスに逗留されていた時に、遠目に見たことがあります。才女と評判でしたが噂に違いませんでした」

「彼女は下手に出るような人物か?」

「尊大に振る舞われる方ですが、忘れっぽくもあり、執念深くもあります」


「大らかだが情動的で、思慮深くはあるが直情的なのかもな」

「そのような方だと聞いています」

「負けるのが嫌いだから機を見て引くが、いずれ勝ちを得るために策を練る。が、飽きっぽいというより、移り気なんだろうな」

「よくそこまで見抜けますね」

「半分は俺の妄想だ。誘惑されたらやばそうだから、距離を取るという判断は正解だな」


「美しい方なのですがね」


「ああいう手合いの側には、打たれ強い奴しかいられないはずだ」

「そうかもしれません」

「ところでディミ、彼女の自称名詞は、妾は止めた方がいい。へりくだった自称名詞だからな」

「ではなんと?」

「私とか、わたくし、かな」

「ノイ・クレユの言葉は難しいですね。ですが分かりました、ユート様」

「心配するなディミ。ネイティブの俺でさえ使いこなしていないから」



 そこへ、風が吹き込んできた。

 風の精霊が現れ、プロソデアの耳元で何か囁くようにしてから、ベルトのケースの中に姿を消した。

 そしてプロソデアが、ユートに笑みを向けた。



「朗報です。ご子息は無事です」

「そうか。ありがとう。なら、目的地は予定通りだ」

「よろしいのですか?」

「トーマの足枷には成りたくないんだ」

「分かりました。では、急ぎましょう」


「それで、境界の淵まで何日かかる?」

「おそらく四、五日で行けると思います」

「異常に速いんじゃないか?」


「ユート殿が教えてくれたこの滑空する仕組みを使い、盟友に手伝ってもらうつもりです」

「盟友ってこの前言っていた?」

「彼は悪友です」

「友達、多いんだな」

「人間で無ければ、そうですね」

「会うのが楽しみだ。ちゃんと紹介してくれよ」



 プロソデアは苦笑した。

 人間の友人が少ないのも、悩みであるらしい。

 だが、人間の友達が多くても、幸せと限らないのが現実である。

 そしてユートは、友人の数は自分よりも多いようだと思った。


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