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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第6章 無銘なる共闘
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6-05 傑士の去り際

 風の祭殿を囲む断崖から降りた騎士達はすでに正面に展開を終え、祭殿まで半ばまで迫っていた。

 間もなく包囲が完成する。


「これが祭殿騎士よ」


 首筋に剣を擬してユートを人質にした老人は、口元に笑みを湛えている。誇るようであり、自信に満ちた表情だった。


「プロソデア・オーティタよ、獣車を止め降伏せよ。さもなくば、ノイ・クレユ人の命はない」


 老人の声が風の精霊の力によってプロソデアへと届けられた。

 だが、逆に獣車の速度が更にあがった。



「なに?」

 老人の動揺をユートは察した。

「予定通りだ」

「あ?」

 老人が顔を顰めた。


 ユートが囁くや、ユートを拘束する風の精霊と工部の老人が剣ごと吹き飛んだ。ディミが、ユートを包むように姿を現し、内から外へと精による風を放ったのだ。


「よくやった、ディミ」


 吹き飛ばされた老人を精霊が壁との間に入って受け止めるのを尻目に、ユートはバックパックを手に、祭壇の巨大な段を飛び降りた。

 すでに預けた選択肢にユートは未練を持たなかった。


 即座に実体化したディミがユートの体を支える。


 ユートの作った仮の器を得ても、ディミではキディナスのような力は出せない。人を運べないのだ。それでも少しだけ体を支えてくれるため、着地の衝撃が軽減するのだ。

 それで、十分だった。

 ユートは段差を飛ぶように駆け下り、最後、水平方向に大きく跳んだ。

 プロソデアの獣車が、落下点に向かって寄せてくる。

 ユートはディミに支えられ、獣車の荷台に飛び乗った。



「ナイスタイミングだプロソデア」

「ご無事で何よりです」

「ディミもありがとな」



 一時的に実体化していたディミは笑みを浮かべると、プロソデアのベルトケースの中にある宿玉に戻って姿を消した。

 あとは、包囲を突破して逃げるだけである。

 だが、前を向き手綱を操るプロソデアの表情はいつになく険しい。


「行きます」


 急激に獣車が傾いた。

 参道に敷き詰められた石が、オーバルコースのようなバンクとなり、獣車はそれに沿って大きく旋回したのだ。

 ユートはシートにしがみつき、強烈な横Gに耐えた。

 方向転換を終えた獣車は、参道を門へと真っ直ぐに向かっていく。


 オーバルコースとなった参道の石畳は、獣車が通過した後に、修繕工事を行ったように、以前よりもきれいで平坦になっているのだが、ユートにはそれを見る余裕がなかった。


 円弧状に展開し包囲の輪を狭めつつ迫る祭殿騎士は一〇〇騎。

 十騎ずつの単位で連動し、獣車へと迫ってくる。まだ距離はあるが、交戦を避けて突破する隙間はない。



「祭殿騎士というらしいが、精鋭か?」

「想定以上に優秀でした。風の精霊の力で、メノスの駆ける音を消し、大地を蹴る振動さえ抑えていたようです」

「それで気付けなかったのか」

「はい。もっとユート殿の意見を重視すべきでした」

「予想が当たったのは偶然さ。だが想定外なら最悪か?」

「いえ。ユート殿が無事でしたので、最悪ではありません」

「そういってもらえると、嬉しいね」

「ですが、こういう戦いは、私も初めてです」


 プロソデアがいつになく緊張している。

 モーティス騎士団の顧問となったプロソデアは、人を殺さずにこの窮地から脱出する方法を選ばなければならないのだ。

 ユートに助言はできない。


「俺はプロソデアを信頼してるから、任せるよ」

 プロソデアは苦笑を浮かべたが、どことなく楽しげだった。

 持て余す力を発揮する場を求めていたようである。


 舗装路の参道の入口となる門の先。

 祭殿騎士の先頭を、一騎が、駆け出てくる。

 指揮官のようであった。



「止まらねば、攻撃する」



 精霊の力により、拡声器がないのに明瞭な声が耳に届いた。

 それでもプロソデアは止まらず、正面の部隊へと突進する。

 即座に祭殿騎士は対応し、風の精霊を呼び出した。

 数十もの風の精霊が居並ぶ。

 その壮観さにユートが思わず感歎の声を漏らしていた。

 祭殿騎士の精霊達は、呼応するように同時に突風を生み出した。周囲の大気が巻き込まれ、襲いかかってくる。

 だが、その風をユートは感じない。

 エアシールドのように、獣車の回りが守られているからである。

 それでも風は容赦なく、獣車の速度を落とそうと吹き付けてくる。


「イプリシータ!」


 プロソデアが呼ぶと、美しき女性の姿をした精霊が現れた。

 渦を巻くように周囲の大気を巻き込むと、鋭い風となって、迫り来る突風を切り裂いた。

 砂塵が舞い上がり視界が煙るが、それはすぐに吹き飛ばされる。

 ユートは絶句した。

 数十の風の精霊が生み出した風を、イプリシータという名の精霊はたった一人で凌駕してしまったからである。


「ペロフィ!」


 次にプロソデアが呼ぶと、火花が散らして炎を纏う精霊が飛びだし、石畳の参道の端に建つ四本の柱が炎に包まれる。

 包囲する騎士達に動揺が広がるのが見えた。

 祭殿騎士と言うだけあって、祭殿を守るのが彼等の本来の役目なのだろう。一部の部隊は攻撃を止め、水の精霊を呼び出し門柱の消火を始めた。


「イソペド!」


 またプロソデアが呼ぶと、石畳がめくり上がり包み込むようにトンネルとなった。

 トンネルは燃える門をくぐり、その先へと続く。

 そこへ、獣車ごと駆け込む。

 周囲からの攻撃はトンネルの外壁によって遮断され、安全地帯となる。だが石畳が無くなる先では、地面の土を盛り上げてトンネルを作り出そうとしても、即座に猛烈な風によって削られてしまう。


 それを見越して、トンネルの出口を塞ぐように部隊が並んだ。

 左右にい退路がないトンネルの中を疾走する獣車を迎え撃つ態勢として、それは完璧と言えた。

 ユートは正面攻撃を予想して息を呑んだ。


 そこへ、風の精霊イプリシータと火の精霊ペロフィが現れ、獣車を追い越していった。

 次の瞬間、部隊が飛び散った。少し遅れて、エアシールドで包まれているはずの獣車にも振動が伝わってくる。風を熱して膨張させ、トンネルの出口に向けて炸裂させたのだ。

 空気砲のようなものである。


 その直後、獣車がトンネルを抜けた。

 待ち構えていた騎士達はすでに吹き飛ばされており、プロソデアが操る獣車は何者にも妨げられずに包囲を抜けた。

 一〇〇騎という数は、断崖に囲まれてはいるが広大な平野のような盆地を覆い尽くすには、少なすぎるのだ。


 とはいうものの、相手の数を減らしたのではない。

 吹き飛ばされて宙を舞った祭殿騎士たちは、生きていた。落下して地面に打ち付けられることなく、契約精霊によって支えられ着地したからである。何人かは鞍から落ちているが、多くはメノスに乗ったままであり、即座に追撃態勢へと移りつつある。


 プロソデアは無事に降り立つ祭殿騎士には無関心であった。

 獣車は未舗装の地面を疾走する。

 地の精霊イソペドが獣車の走る道筋を整えるので、大きな振動もない。それでいて、獣車が走り抜けた地面は、凹凸を激しくうねらせてしまうのだ。


 体勢を整えた祭殿騎士達は追撃を始めるが、地面に足を取られて速度を上げられずにいる。

 それでも駆けながら五騎ごとに終結し、隊列を整えつつあるほどに練度は高かった。


「リーリア! ペロフィ!」


 プロソデアの声に応じて、地中から水が染み出した。

 その水分が一気に蒸発し、周囲を霧で覆っていく。

 視界が遮られても、追撃を続ける一隊があった。

 彼らは精霊で風を起こして霧を斬り裂いたのだ。


 しかも彼らは、メノスを操る手練によって地面の凹凸を左右に跳んで避け、巧みに着地点を見極めて地面を蹴っている。

 だが、次の着地点を踏むや、一頭のメノスが体勢を崩した。

 地を蹴って進むが距離は短く、脚が地面に沈み込んでいく。

 地面が泥沼となっていたのだ。

 メノスは泥に泥をまき散らせて藻掻くが、膝まで埋まってしまう。


 あまりの力の差に、感心を通り越してユートは苦笑する。


 これを見せられて、プロソデアに嫉妬しない者は少ないだろう。

 だが、追っ手はまだまだ多い。

 沼地を迂回する部隊だけでなく、風の精霊の助力を得て沼地を大きく跳び越える隊も現れた。

 そうした追撃を風の精霊イプリシータが吹き飛ばしても泥沼に落としても、祭殿騎士達は連携して助け合い、すぐに復帰する。

 プロソデアが、相手を殺さずに、また怪我も最小限になるように、攻撃を加減しているからである。



「ユート殿、登ります。振り落とされないように」

 前を向いたユートの眼前に、断崖が迫る。

 ゴクリと唾を飲み込み、ユートはシートの縁を握る手に力を込めた。


「シディロウ」


 プロソデアが精霊の名を呼ぶと、地面がせり上がり断崖へ登るスロープが作られる。

 精霊には細かい指示をしなくても、以心伝心により的確に精霊が力を発揮する。まるで有能な副官が間にいてタスクを分散して別個にモジュールを動かし、その結果を統括管理しているようである。


 だが、スロープは断崖の上までは届かなかった。

 プロソデアのチート能力も限度かと思えたが、そうではない。

 千メートル以上もありそうな断崖の上までスロープをつなげてしまえば、傾斜が急すぎて獣車は登れないからである。


 その代わり、スロープは弧を描いて断崖の壁面に沿うように繋がった。すぐさま壁面が迫り出し、断崖の上へと続く坂道が現れる。

 獣車は断崖の壁面に沿って作られた登坂斜面を登った。


 背後で土砂崩れのような大きな音がして、驚いたユートが振り返る。通過したスロープが次々と崩れてゆく音だった。

 祭殿騎士の追撃を阻むためであった。


 振り返ったユートは、一騎だけ、壁を登ってくる姿を見付けていた。四指に分かれるメノスの蹄が、こうした断崖を登るのにも適しているのだ。ただ、その登る速度はかなり遅く、脅威にはなりそうになかった。


 ただ――プロソデアが操る獣車も断崖の上に着く頃には、流石に速度がかなり低下していた。

 断崖の上に到達すると、プロソデアは獣車を停めた。


 所々に草が芽吹いていており、祭殿騎士の姿はない。

 そこは、台地のように平坦だった。

 平坦とは言っても真っ平らではなく、大小の凹凸はあるし所々に岩が飛び出ており、折り重なるような傾斜が複雑な地形を作り出している。

 それでも、概ね平らと言えるのだ。


 この断崖に上る方法は、ユートの提案の一つだった。

 普通に考えれば、祭殿を囲む断崖からの出口は、断崖の裂け目にある参道一本しかない。

 襲う側からすれば挟撃する絶好の地形でもある。

 伏兵を置くなら、その出口を塞ぐ形で配置しているはずだった。

 そこで、断崖に登って逃げる方法を考えていたのだ。


「少しメノスを休ませます」

「さすがに崖登りは辛かったようだな」

「何にでも限界はありますから」



 獣車を引く二頭のメノスも息切れしている。

 精霊の助力があっても、普段やらない曲芸染みた芸当には、肉体的負荷が多すぎたのだ。


 ユートは振り返り、断崖の縁越しに、祭殿を見た。

 巨大なピラミッドのように見えた祭殿も、この断崖の上から見ると小さかった。


 ふと、蹄の音がユートの耳に届けられた。

 顔を向けたユートが見たのは、断崖の外周を回って駆け寄って来るメノスが一騎だった。鞍上には、麗美な服を着た女性の姿がある。

 装いだけで、名のある貴族だと判る。

 一騎だけとユートは安堵しかけた直後、その後方に数百騎の騎兵が整然と姿を現したのだった。



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