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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第6章 無銘なる共闘
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6-04 茫漠の約し事

 風の祭殿。

 その拝殿の前。

 ユートは石垣の上に座し、首筋には剣が擬され、両腕は精霊によって押さえられていた。



「天の騎士を追い出せば護衛の精霊は不要となると思ったのは、油断だったな」



 老人は勝利を弄ぶように、ユートの横に立った。

 手にする剣はぶれず、首筋に擬した圧力は変わらない。

 工部の老人は、剣の扱いも手慣れていた。



「気付いていたのか?」

「一度相対すれば、その精霊の存在は感じとれる。契約精霊に宿玉を預ける邪法を彼奴が行えるのも知っている」



 先日は、キディナスの存在を確かめるために、あえて殺気を放ったようである。

 一度精霊と相対あいたいすれば、その波動を知り、存在を気配として感じられるようになるのだ。


 老人の正体が何者であるのか、ユートには推測がついていた。

 祭司長が沙汰を待つ存在、祭殿のある領地を治める領主である。

 祭殿が最重要機密扱いなら、その保守点検を行う者は限定される。

 機密保持の観点から祭殿にまつわる作業を指揮できるのは、最高責任者となる領主以外には、考えられなかった。そして伝承を厳格に守り実行する立場にある。


 精霊王と共にルリを消滅させないようにするには、この老人を殺すのが最も確実な方法であるようだった。


 だがユートは、その道を捨てる決意をしていた。


 仮に老人を殺したことでルリを助けられたとしても、ユートは殺人を犯したという後ろめたさを背負い続ける人生を送ることになるからだった。

 この先の人生に暗い影を落とせば、ルリの無事を喜ぶトーマにも影響する。ルリの無事を思う度にユートは、その裏で自分が犯した殺人を思い出し、素直に喜べない感情を持ち続けるからである。

 ルリを助けるためとは言え殺人を犯したという事実を隠すために、ユートはトーマに嘘を吐き続けなければいけない。そうしなければ、妻であるマユを殺したのも事実かも知れないと、より疑惑を深めることになるからだった。

 だが、隠していた事実が露呈した場合、嘘を吐いたことでより信頼を失うのは確実だった。


 殺人の事実が知られぬまま生涯を終えたとしても、事実を隠し続けて生じた陰に闇が育まれ、無意識に投影された罪の意識がトーマやルリの心を蝕むことになる。


 だからこそ、誰かを殺してでも得ようとする成果を、ユートは諦めたのだ。


「縄目となった気分はどうだ?」

「俺を人質にプロソデアの行動を縛る。ありきたりな作戦だ」

「効果的だからこそ、多用される」

「なら、俺が死ねば縄目はほどけるだろう」


 ユートは上体を前に傾けようとするが、動けなかった。

 よく見れば、半透明のエアバッグのような物で体が包み込まれている。

 風の精霊だった。

 精霊は人の姿を真似るが、精の凝集体であるだけに、姿は如何様にも変容できるという。


「無駄だ。舌を噛み切ろうとしても、即座に精霊が口を抑える」

「やらないさ。俺は痛いのは嫌いなんだ」



 老人は鼻で嗤った。

 言動が矛盾していると言いたいようであった。

 だがそもそもユートは、自害を選んだのではなく、情況の程度を測っただけだった。

 人質が必要と判断する程に、老人はプロソデアを脅威と考えているのか、ユートは知りたかっただけである。結果は、脅威と見ていると判った。やはり、プロソデアはチート能力の持ち主なのだ。

 契約精霊を持つ正規の騎士一〇〇騎を相手にしてもプロソデアに勝算があるなら、ユートが老人を殺す必要がそもそもないのだ。



「なあ、最後になる前に、あんたの名前を教えてくれないか?」

「言ったであろう、工部の者に名は無い」

「だったら別の事を教えてくれ。あんたらが守りたいのは、この世界か、それとも秘密なのか」

「そもそも前提が違うのだよ」

 老人は笑んだ。


「どう違うんだ?」

「我等がお守りするのは、この祭殿と精霊王だ」

「祭殿が先なんだな」


 精霊王よりも祭殿が重要なのかと、ユートは皮肉を言ったのだ。

 中身と箱のどちらを重視するかという話である。

 祭殿が重要なら、精霊王は代替が可能な道具でしかない。


「祭殿がなくば、精霊王は留ってくださらぬは当然」

「その割には、地下迷宮は壊れまくっていただろう」

「修繕には一度立ち退いて頂かねばならぬのだよ」

仮殿かりどのを作って遷座すればいいだろう」


「精霊王はこの祭殿を大層お気に召され、動いてくださらぬ」

「綺麗に直せば気分がいいと、説得すればいい」

「基礎からの大規模修繕になるので、結局は精霊王を一度、天の循環へお返しする事になる。そして再び、天からお招きしお祀りする」



 体の良い監禁状態とは、言えないのだ。

 なだめすかして滞在を願う接待の方がまだましである。

 だが、祭殿が精霊王を表向き祀るとしていながら実体として洗脳し監禁する装置となっているからこそ、知った者の口を封じる機密保持が重要になるのだ。それならば、祭殿の維持管理方法は、より貴重となるはずだった。



「ところで、いいものがあるんだ」

 ユートは右脇に置いていたバックパックに顔を向けた。

 老人が剣に力を込め、ユートの首筋の表皮に刃筋がつく。



「手を自由にしてくれないか? これだと取り出せない」

「いいだろう。だがゆっくりとだ。妙な真似をするでない」

「安心してくれ。俺は死に急いでない」


 精霊の捕縛から逃れた手でユートはバックパックを開けると、中からスケッチブックを取り出し、左側に立つ老人へと差し出した。


「これをあんたにやろうかと思う」

「ノイ・クレユの紙の束か? 珍しいとは思うが、安いな」

「紙よりもそこに描いた情報が重要だ」

「ノイ・クレユのか?」

「地下迷宮の地図だ。祭殿紋とも言うらしいが」

「ほう。どれ」


 老人が取ろうとすると、ユートはスケッチブックを手元に戻した。


「見るのは取引の後だ」

「謀ったのか?」

「知識だから、見れば得てしまう。見せるのはあげたのと同じで、価値は下がる。だから、見せられないという意味だ」

「価値が分からぬなら、取引に出すでない。そもそも、お前を殺せば手に入るものだ」

「信用取引だ」

「何者かも分からぬお前を信用しろと?」

「地図を最終的に監修したのはプロソデアだ。結果、今の祭殿の状態がある」


 老人の雰囲気が変わった。

 祭殿紋が修復され、精の流れが正常化したと分かっているのだ。


「我等が知らぬとでも?」

「知っているのと出来るのとは違うだろう。それに、何がどう壊れていてどう直したのか。知るだけでも価値はある」

「口だけは達者だが、品定めができねば、その知識が記されているかも分からぬ」


「それは本質じゃない。この世界にとって、風の精霊王が天の循環に返るのと、祭殿に戻るのとどちらがいいかという選択の話だ」


「冒険はできんのだよ」

「そりゃそうだろう。一か八かの賭けをしろと言われても、世界が滅ぶ恐怖に竦んで、普通は安全策を採るものだ」

「臆病者と言いたげだが、挑発に乗る程に若くはないぞ」


「そうじゃない。腹案を持ってくれと言う話だ」


「表向き隠した案という事か」

「そうだ。救世の勇者は聖剣を使えば精霊王と少女を分かてると考えた。奥宮の壁画には、聖剣を手にした者が祭殿に精霊王を導く様子が描かれていた。可能性はあるだろう」


「言ったはずだ。聖剣は持ち運べぬと」


「だから、腹案なんだ。救世の勇者が活躍する可能性を信じてくれという話じゃない。可能性を期待してくれと言う主旨だ。最善の道が精霊王に祭殿へ戻ってもらう事なら、最善の結果になる道筋をギリギリまで断たずにいて欲しいという、お願いだ」

「それが取引だと?」

「そうだ。損はしないだろう」


「いやいや、大損しそうだ」


「確実だと思っていても、実行してみると不確実な要素が出てくる。結局は何事も臨機応変にしなければならない。そうした時に、軸足をどちらに置いて人生を生きるかという心構えの話でもある」

「ならば、決まっておる。家訓に従い、祭殿を脱した精霊王は天の循環に返す」

「風の精霊王が一時的とはいえ天に返ってしまえば力の均衡が崩れるだろう。その情況が最善だと考えるなら、そうすればいい」

「当然だ。何も変わらぬ。今まで通りだ」

「そうかもな」

「取引は不成立だな」


「いいや。成立した」

「ほう」

「言っただろう。知識というのは、知っただけで得てしまうんだ。俺の要望を聞いたあんたは、すでにその選択肢を得たのさ」

「人は忘れやすいものだ」

「不都合な真実と不要な出来事ならそうだろう」


 ユートはスケッチブックを差し出す。


「やるよ」

「いいのか?」

「取引が成立したからな。それに、知識は複製できるんだ」

「儂は何も出してないが、いいのかな」


 老人がスケッチブックに手を伸ばしてくるが、ユートは取り下げなかった。

 そのまま老人の手の内に委ねる。


「受け取った時点で、取引成立だ」

「儂は何一つ了承していない。対価など払わぬぞ」

「そうか。なら、預けておく。取引する気がなかったら、次に会った時に返してくれ」

「もはや会話が成り立たぬな」



 老人は呆れたような口調だった。

 知識は見ただけで価値が下がると言ったのだから、そう受け取られるのは当然だとの自覚はユートにもある。

 だがユートは、自発的に考えた結論が同じ目的に沿わなければ意味が無いと考えているのだ。無理強い出来る力がある訳でも無く、有無を言わさずお願いできる信頼もない。事実から導き出せる可能性を、感じ取ってもらうしかなかった。


 無力な自分にはこれが精一杯だとユートは、戦闘の終わりを告げるように、息を吐き出した。


 そこへ、側面から祭殿の正面に回り込んでくる獣車が見えた。

 祭殿後背の厩舎から、プロソデアが戻ってきたのだ。

 だが断崖を飛び降りてきた騎士およそ一〇〇騎が包囲しようと迫ってくる。

 獣車は包囲されないように速度を上げ、参道に向かってくる。


『もうすぐ着きます』

 プロソデアの声がディミの力によりユートの耳に届いた。

 老人には聞こえていない。


「と言う訳で、そろそろ俺は行くぜ。迎えが来た」

「ならば共に死に行く道へと送ってやろう」



 半透明の精霊の姿が明瞭になった。

 ユートは指一本動かせず、声さえ出せなかった。

 老人が一〇〇騎を翻弄するプロソデアへと視線を向ける。

 ユートは心の内で語るしか無かった。


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