6-03 転身と捧ぐ剣
トルプは焦っていた。
草原へとメノスを乗り入れたが、ノイ・クレユの女性リシアが駆け去った痕跡が見当たらないのだ。
メノスを失ってはそう遠くへは行けないだろうと、五人の部下を散開させて草原を探しても、見当たらなかった。
「くそ、精霊が居さえすれば」
すぐに見つけ出せるという虚しい想いを、トルプは噛み締めた。
手掛かりが無いまま、夜になる頃合いが迫って来る。
森から流れ出る清水を探すと、トルプは野営を決断した。精霊の助力なしで夜闇を行くのは危険だからである。
メノスから鞍を外し、水を飲ませて休ませる。
メノスの食事は、七日に一度でいい。主食は木の実だが、休ませておけば適当に草も食べる。それ以外は、精を吸収して活力源としていると言われている。
「火を起こそう」
トルプの言葉で、皆がそれぞれ枯れ枝を集めてきた。
害虫を遠ざける煙を出すのだ。
火の精霊がいなくても、枯れ枝に残る精を一点に集め、周囲の精を導き凝集させれば火は生じる。
トルプは幼少期の手ほどきを思い出しながら試すが、煙が少し上がるだけだった。
なかなか火を付けられずにいると、セバステが近付いてきた。
「私がやりましょう。慣れていますので」
「そうか、任せる」
トルプが枝を差し出した。
彼は火の精霊とは契約していなかったので慣れているのだ。
枝を受け取ったセバステは「これはまだ湿気ってますね」と言って別の枯れ枝を拾い上げた。同様に精を凝集させると、見事に枝が燃え上がる。
集めた枝に火を近づけ風を送ると、すぐに火は燃え広がった。
その様子を、トルプは恥じ入りながらただ見ていた。
「情けない話だ」
「慣れの問題でしょう。この枝なら隊長も出来ますよ」
セバステが差し出してきた枝をトルプは受け取った。
指先の感触からも、枝の乾燥具合が分かる。
これ以上無様は見せられないと、気合いを込めると集中して精を一点に集める。だが、ジリジリと焦げるだけで、燃え上がらない。
昔は出来たはずなのだが、身についた技ではなかったのだろう。
「少しコツがあるのです。初めに火を生み出す時は、瞬間的に精を凝集させるのです」
「こうか?」
トルプが意識を変えて精を瞬時に集めると、バッと燃え上がる。
セバステよりも火は大きかった。
「流石隊長です」
「いや、お前の助言が良かったのだ」
「いえいえ。私は指導者には不向きでした。遊撃隊に入る前の部隊では、何度教えても出来ぬ者が居ましたから」
「精を導くとか、瞬間的に一点に集めるという感覚が分からねば、難しいのかもしれぬな」
「確かに。自分が騎士学校で初めて指導を受けた某教官は、精を感じろと言うばかりでしたから。結局落第させられましたが、後で友人に聞いたら、普段やっている事の延長でしたよ」
不出来な教官もいると、アプローセは笑った。
「木の実を拾ってきました。蒸し焼きにすれば食べられるでしょう」
ロティタが近付いてきて、マントにくるんだ木の実を地面に広げた。細長い葉を集めて編むと木の実を入れて包み、地面に埋めてその上に焚き火を移す。蒸し上がるまでの間、六人は焚き火を囲って地面に座った。
会話は、続かなかった。
彼等は、反射的に追いかけてきたようである。
風の王宮に行けば風の精霊王と対峙する事になる、無謀な死への旅路にしかならないと悟っているのだ。
やむを得ぬ、とトルプは心を決めた。
「皆に話しておく事がある。改めて話すのは恥ずかしくもあるのだが、私の真の目的を話そう。その上で皆どうするか、考えて欲しい」
「真の目的?」
俯き加減だった騎士達は、顔を上げてトルプを見る。
心を昂ぶらせる何かを期待しているようだった。
隠された目的に、希望を感じたのかも知れない。
その想いを裏切る自分を、トルプは嗤った。
「王宮を目指すのは、極めて個人的な理由なのだよ」
トルプは話し辛さに言葉を句切る。
部下からの真剣な眼差しを浴び、照れを隠すように空を見上げた。
「私はリシア殿に惚れたのだ。美しく気高く、聡明で優雅な振る舞い。声もその意志も、素晴らしい女性だ。だから、彼女を守るために、ただそれだけに命を懸けようとしている」
重苦しい沈黙が訪れた。
無理もない。
義務を棄て部下を棄て、会ったばかりでろくに会話もしていない、別世界から来た女性を選ぶなど、正気の沙汰ではないのだ。
これまで集めてきた部下からの人望も消え去ってしまうだろう。
「相手も隊長を想っているのですか」
相思相愛ならば理解できるとセバステは言いたいようだった。
「私の一方的な思いだ。ただ彼女は危うい。一人で精霊王の宿玉となった少女を助け出そうとしている。私はその手助けをしたい」
「窮地を救い、惚れさせようというのでしょうか?」
セバステは、肯定的に受け取ろうとしていた。
「いや。望みはしても求めはしない。少女を見殺しにする決断をした私は、彼女に敵対したのだ。そんな私が彼女からの好意を期待するなど、身勝手すぎる。だが私はこの初めての思いに正直でありたい。だから、密かに彼女を守ると決めた。彼女に知られないように」
「そんな、密かにと言うのはあんまりです」
「惚れた女を追いかけ回すなど格好悪いし、好きでもない男につけ回されるのは気味が悪いだろう。だから、リシア殿が少女を助け出すまでと期限を切り、お護りする。騎士としての本懐でもある」
「つまり、守護騎士になろうと言うのですかな?」
ロティタは豪胆な笑みを浮かべた。
「一方的な、押しかけだがね」
自嘲気味にトルプは笑う。
なり損ねた立場はしかし、王女を護る唯一人の存在になるという自己陶酔だったと、今にして思えば分かる。
「いいではありませんか。堅物の隊長が、妻を娶らずにいた隊長が、一人の女性のために命を懸けると決意されたのを嬉しく思いますし、何より心の内を明かしてくれた事に感動致しました。是非、隊長の思いを遂げる一助として我等を使ってください」
フレオの言葉だった。
騎士を志すも騎士学校に入るための学費がなく、その才能を買ってトルプが援助したのだ。貸した金は返済してもらったが、未だにトルプへの恩義を感じているのだ。
「相手は精霊王だ。死に行くようなものだ。それに、お前達には妻や子、あるいは恋人が居るだろう。大切な人を悲しませるな」
「逆です。守るために行くのです。このままでは天の領域も壊滅します。それを防ぐために何かしたいのです、なあみんな」
それぞれはそれぞれの想いを胸にうなずいた。
「分かったが、衝動的になるな。冷静になれ。それに、各自それぞれの事情も違う。総意と勝手に決め付けるのは良くない」
部下達は、不本意そうな顔をしている。
だが、本音を隠し上位者の意向を察して尊重して賛同を示す演技が巧みな者でなければ、天空遊撃隊にはなれない。
そのため、個人の意志は常に封じる習慣が身についているのだ。
「よって今宵は皆、別々に離れて眠ろう。私と別の道を歩む者は、明日の朝までに立ち去ってくれ。心に少しでも別の思いがあるなら、迷わず立ち去れ。私は皆の幸せも願っているし、皆の幸せを犠牲にしてまで、私の身勝手に付き合わせたくない。逆に言えば、皆が心残りのあるまま私に付いてくるなら、私は自分の思いを封じてリシア殿を護るという自らの誓いを、捨てる。だから、皆は自分の最大の幸せのために、決断して欲しい」
返事を待たずにトルプは立ち上がり、焚き火から離れた場所に行き、座ってマントで体をくるむようにして寝転んだ。
「ファロウ・ニーグを愚かと嗤えぬか」
自嘲気味に呟いて、トルプは目を閉じた。
翌朝。
二人が立ち去り、残ったのは、フレオ、ロティタ、セバステの三人だった。
だがアプローセは剣を残していった。
虚無の剣と呼ばれる、吸精剣に類する宝剣である。
フィステは、手紙と小箱を置いていった。
手紙には「世の崩壊を目の当たりにするなら、その時妻子と共にいる道を選ぶ」と書かれており、小箱には一度も精霊を宿したことのない宿玉のカチェリが二個入っていた。
「どちらも素晴らしい物を残してくれた。感謝に堪えないな。成せるならば無事に生き残り、これらの礼に土産話を捧げたいものだ」
「ええ」
「やりましょう」
「ですが、宿玉があってもこの領域に、しかも王宮へ向かう途上に、精霊王と対峙する気概のあるような高位の精霊は居ないでしょう」
「そうだな。ならば、フレオよ、精霊を見出し契約してくるのだ。お前は風の精霊と相性が良いからな」
「ですがそれでは、間に合わないかも知れません」
「それで構わぬ。が、その時余力があるならば、生き残った者を連れて逃げ延びよ」
「分かりました。ひとつ預かります。もうひとつは隊長が持っていてください。精霊王に寄った精霊を、こちらに引き入れることができるかも知れません」
「どうだろうな。だが、そうしよう」
無駄だろうと思いながらもトルプは、フレオの意を汲んで受け取った。
フレオが未開の森を求めて去って行くのを長くは見送らず、トルプは前を向く。
虚無の剣を鞍に取り付けると、メノスに跨がった。
リシアを探しながらも、風の王宮へ急ぐとトルプは夜の間に決めていた。彼女のために、精霊王の宿玉にされた少女を救い出す事こそが本懐と定めたからである。
目的が同じなら必ず会えるはずだからである。
トルプはロティタとセバステの二人を伴い、ラトリア街道を首都ユーシエスへと急いだ。




