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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第6章 無銘なる共闘
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6-02 自失と想う人

 無様だ。

 と、トルプ・ランプシは思った。

 率いる部下は背筋を伸ばし胸を張り、努めて整然と隊列を保ち、天の騎士としての体裁は保っている。

 しかし、精霊の助力が無い様はいかにもみすぼらしいが、部隊規律を守り整然と振る舞う。

 虚勢でしかないが、トルプは他にやり方を知らなかったのだ。


 それも、ここで終わりだとトルプは自覚している。

 風の祭殿の入口、断崖の門を抜けたからである。

 勅命を果たせなかった事実だけが目の前にある。


 天の騎士として生きる道は潰えたのだ。

 もはや団長でも隊長でもなく、天の騎士ですらない。

 それでもトルプは、達観とも言える清々しさに浸っていた。

 天の騎士団団長としてまた天空遊撃隊の長として、こうあるべきだという自律は消えている。


 個としてどう在るかという理想だけが、生きる標として残った。


 脱出を試みなかったのは、降伏を受け入れた者としての矜持である。葛藤があったのは、唯々として死を受け入れるか、最後まで足掻くか、という選択についてだった。

 いずれにせよ、祭殿を管理するユビキシュ伯爵の手に落ちたなら、死刑に処されていただろう。その前に伯爵と世界を救うための正義を訴え、受け入れられねば騎士として戦って散るつもりだった。


 それだけに、この結果は全く予想していなかった。

 だから、風の祭殿を振り返らなかった。

 トルプは前を見続ける。


 あの男との無言の語らい。

 奴の意図、そして自分の意志。

 それらが合致する道を見て、トルプはすべき事を悟ったのだ。


 第一の森に入る手前でトルプは停止の合図を出す。

 メノスに乗った部下達が隊列を乱す事なく歩を止めた。

 目配せすると、副隊長のイパコイ・エピストシが手で合図する。

 二列縦隊から三列横隊に並び変わった。規律通りの美しい動作である。


「羽織れ!」


 副隊長の命令で、全員が前鞍に乗せていたマントを羽織り、フードを被る。協定を破り領域を越えて侵入した際に騎士服を隠すために身につけていた物である。

 トルプもマントを羽織ると向きを変え、部下の一人ひとりを見た。


「契約精霊を失った今、我等は既に騎士ではない。よってここで解隊とする。任は解かれ所属は剥奪され地位を失い、ただの人となったと心得よ」


 部下の間から、どよめきの声が漏れた。

 異例の反応である。

 本来であれば「騎士の所作に非ず」と叱責するところだが、トルプはその地位を失ったという自覚を持っていた。

 天空遊撃隊としての不文律に反した命令でもあったからである。


 騎士の資格を失えば即ち死。


 それが暗黙の掟である。

 精鋭と謳われた、天空遊撃隊の心得である。

 ゆえに、契約精霊を失い騎士の資格を失った以上、本来トルプが命じるべきは一つだった。

 だが、その不文律に反したのだ。


 部隊規律として明文化されていない。

 特権をやっかむ者達への覚悟の証として、提示したに過ぎない。

 だが、その覚悟こそが誇りだったのだ。



「意見のある者は忌憚なく述べよ」


 トルプは、部隊の全員を見渡した。

 発言を待ちながらそれぞれの目を見ていくと、一人が口を開いた。


「我々は栄誉有る天空遊撃隊の騎士です。祖先より託されし契約精霊を失い騎士の資格も面目も得失った今、祖先や家族にこれ以上の恥辱を与える訳には参りません。潔く死ぬべきかと存じます」



 その発言に多くが賛同の声を上げた。

 本心かは別として、天空遊撃隊の騎士として規範となる言葉である。

 だが、規律で心を縛ってきたため、彼等は義務的な言葉を追認するしかない。そもそも彼等に、自発的な発言を求めたのが無理筋であった。


 そして、黙したままの部下もいることに、トルプは気付いていた。

 死を現実にして逃れる道を探しているように虚ろな眼差しの者。

 起死回生の機会を求める野心的な視線を向けてくる者。

 以前であれば、そうした目を見ても、秘めた死の覚悟と見なしていただろう。


「騎士の身分を失った者が、騎士の生き様を踏襲するのは、滑稽とは思わぬか?」


 トルプが発した言葉に部下達は困惑した表情となった。

 副隊長ですら言葉を失い、動揺している。

 それでも副隊長はすぐに我を取り戻し、トルプへと顔を向けた。


「隊長はどうなさるのです」


「私はすでに隊長ではないし、騎士でもない。仮に新たな精霊と契約を結べたとしても、私の責任が消える事は無い。風の王宮へ行き為すべき事を為し、陛下に事の顛末をご報告申し上げてすべてを終わらせる」

「しかし我々は……」



 部下達の多くは、途方に暮れた眼差しに陰っている。

 契約精霊を失っただけでしかないのに、酷い顔である。

 それを見たトルプは、騎士の矜持というのが上辺の威光に過ぎない虚構だったのだと、初めて知ったのである。


 臨機応変に行動できるよう訓練を重ねてきたが、騎士という枠組みから外れると、人生すら構築できない無能に陥ってしまったのだ。

 隊長だった者として、最後の指針を示す義務を、トルプは思った。



「貴様等は、再び精霊と契約し、天の領域へ戻れ。そして陛下に、トルプ・ランプシは、皆を見捨てて逃亡したと告げよ。全ての責任が私にあるとすれば、貴様等のメンツも立とう。一時は屈辱的な扱いを受けるだろうが、貴様等の才覚は優れているのだ。騎士として再任されるであろう」


「ですがそれでは隊長のこれまで築き上げた名声が」

「名声など既に失われた。今回の失態は全て、私の責任による。だが私は最後に恐れを成し、すべてを放棄してひとり逃走するのだ。私の思うままに行動させてもらう。では、解散」



 トルプは副隊長イパコイを見る。

 部下を率いて天の領域へ帰れと、想いを込めた。

 言葉にせずとも分かってくれるという信頼が間違いなかったと、目に力を取り戻しイパコイがうなずく姿を見て確かめる。

 トルプはうなずきで後押しすると、くつわを返し鐙を蹴りメノスを森へと向けて走らせる。


「我々もお供します」


 声と共に地を蹴る蹄の音が左右後方から聞こえる。

 ざっと見れば、五騎が付いてくる。

 フレオ、ロティタ、セバステ、アプローセ、フィステであった。


「死に急ぐな。私は風の王宮へ行くのだ」


 メノスを駆りながら叫ぶ。

 風の精霊の助力がないと、会話するのにも大声が必要だった。



「そう思われるなら、隊長が自重してください」

「もう隊長ではない。私は極めて個人的な思惑で行動するのだ」

「お邪魔でなければ、同行させてください」

「勝手にしろ」



 トルプはメノスを疾駆させ、ラトリア街道の森へと入った。

 精霊の助力ないまま駆けると、これほどまでに悪路なのかと実感する。風の領域だけに、地の精霊によって街道を整備させられないのだ。


 森を駆け抜けてもトルプの後に五人の部下が続いている。

 トルプはメノスの速度を緩めた。

 精霊の助力が無いまま全力で駆け続ければ、メノスが疲れ果て倒れてしまうからである。


 精の循環呼吸を行いながら駆け足の速度で進めば、メノスの呼吸も整い、精の消費と供給の均衡が保たれる。

 追ってきた五人の部下も同じようにして、メノスを労っている。

 契約精霊を失っても即座に順応する有能さに、トルプは浮かべそうになった笑みを殺し、街道を行く。


 右側の草原には一筋、街道よりも広い幅で前方に広がる広大な森へと向かう荒れ地がある。

 祭殿から出た精霊王が通った痕跡である。


 少し進むと、風に運ばれて微かに血の臭いが漂ってくる。

 トルプは不安を抱きつつ、メノスの足を速める。

 すぐ先で、街道の両側に茂る草が揺れるのが見えた。


 難民達と、街道の脇に倒れるメノスがあった。

 メノスの皮は剥がされ、流れ出した血が周囲の地面を赤黒く染めている。

 脇に投げ捨てられた鞍と轡は、正規の紋章は無いが、天の騎士団のものであった。

 草むらの奥からギラギラと飢えた獣のような眼光が見える。


「道端に潜む民衆達よ、姿を見せよ」

 トルプが呼びかけると、息を潜めるように周囲は静まった。

「メノスを喰らう気か?」


 トルプが鞍上から皮を剥がれたメノスを指さす。

 騎士として見過ごせない行為だと、草むらの奥の目を睨む。

 だが、反応は無かった。


「隊長、埋めてやりましょう」


 部下の一人セバステが降りて、街道の表面を覆う砂をすくい上げてメノスの死骸に掛ける。

 叫ぶ声がして、草が大きく揺れ、立ち上がる若者が姿を現した。

 服は汚れ髪はボサボサだが、手には短剣を持っている。

 呼応するように何やら大声を張り上げながら、路傍の茂みから次々と民衆が立ち上がる。

 老若男女、合わせて二〇人ほどだった。

 何やらわめいているが、騒音としか聞こえない。


「そうか――」


 トルプはようやく気付いたのだった。

 無視されたのではなく、言葉が通じなかったのだと。

 通訳精霊を失っていたからである。


「セバステ、ちょっと待て」

「なんでだ、フレオ」

「砂を掛けるなと言ってる。貴重な食料だと」

「言葉が分かるのか、フレオ」

 トルプが鞍上で振り返る。


「自分の妻は風の種族の系譜ですので」

「そうだったな」

 失念していたのを誤魔化し、トルプは思案するように顎を撫でる。

「このメノスに乗っていた者はどうしたか、聞いてくれ」

「はい」


 フレオが問いかける。

 何度か会話がやりとりされた。



「乗っていたのは黒髪の女で、ノイ・クレユ人だからモッサの仲間だろうと言っています。捕らえようとしたが逃げられたそうです」

「そうか」

 トルプは渋い表情をしたまま、遠巻きにしている難民を見る。



 風の精霊王が祭殿を出てから二〇日程になる。

 町が破壊され家を失い、畑が枯れ物資の輸送も滞る中、飢えに苦しんでいるのだ。

 種族は違うが、同じ人間である。


「風の精霊王を天の循環に返す方法を探して実行し、世界を救え」


 それが、世界の王を称する天の王からの勅命だった。

 だが、風の精霊王をどうにかしても、人々が日常を取り戻すまでにはより多くの期間と労力が必要になる。そもそも、風の精霊王がいなくなれば精流脈は不安定になり、大地から得られる恵みも何十年か安定せず不足するからである。

 風の精霊王を天の循環に返して世界を救うという栄誉が、虚しい現実に思えてきた。


 大局を見据え、本流に注ぐ支流となって動くべきかもしれないと、トルプは思うのだった。

 ならばこそ、目の前の一事を疎かにしては大事には至れなかった。


 トルプは鞍に据え付けられた荷袋を開ける。

 祭殿を出る際に、あの男が祭司と交渉して分け与えてくれた食料が、ほんの数日分だがある。

 彼等に与えても一人一食分に満たないだろうが、メノスの肉と合わせれば、数日生き延びられる。増えた猶予で食料を得るための行動をすれば、より生存確率はあがる。


「わずかだが、これは祭殿からの届け物だ」


 トルプが小さな荷袋を道端の民衆に投げると、五人の部下も同じ事をしてくれた。模倣なのか、自主判断か分からないが、成した行いが正しかったと信じたかった。

 困惑なのか、感謝なのか、難民達の言葉が聞こえた。


「女は、草原を越えて向こうへと駆け去ったそうです」

 トルプは安堵し、フレオが指さす方向を見た。

「感謝する」


 トルプは再びメノスを走らせた。

 示された方へと向けて。

 民衆の声が背後から聞こえたが、意味は分からなかった。

 感謝の言葉だったとしても、トルプはそれを受け取れなかった。

 ただ、彼等が生き続けられるよう祈った。


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