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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第5章 逸失の迷い
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5-08 工部の計略

「私に秘密を教えて下さるのですか。わくわくします」



 プロソデアの応えに、ユートは首を傾げた。

 意図は正しく通じているが、ニュアンスが伝わらなかったのだ。



「ところでプロソデア。君の通訳精霊による会話は、微妙に話がずれる事があると、気付いているか?」

「やはりそうでしたか。違和感は有りました」

「都度翻訳を調整しよう」

「そうですね。ではユート殿、気になっていたのですが、『タムケ』とは何です?」


「神や仏や死者を想って物を送る事だ。転じて、別れ際に相手に物を送る事を言う。つまり、死んだ者として扱うから先に物をくれてやる、という意味だな。要するにリシアは、俺に死んでくれと暗に言ったのさ」


「カミやホトケが何かはよく分かりませんが、そこまでの憎悪は感じられませんでした。ですがそもそも、ユート殿は何故リシアさんに嫌われているのでしょう」

「俺の行いが悪いからだ。だけど、リシアは優しいから俺の頼みを聞いてくれた」


「不思議なご関係ですね」


「そうだろうな。トーマがルリちゃんと仲良しじゃなければ、とうの昔に破綻してる」

「いずれ詳しい事情を聞かせてください」

「気が向いたらな。俺は恥ずかしがり屋だから、心の内は秘めておく性格なんだ」

「ですが、秘密を教えてくださるのですよね」

「プロソデアにも役立つだろう秘密だ」

「では、ガンピシについてですか?」

「その基礎編だな。一日でできる事をやる」



 一日出発が遅れるのは、ユートにとっても理想的ではない。

 聖剣を目指すトーマを、三日遅れで追いかける事になる。

 持てば命を失うかも知れない聖剣をトーマが先に手に入れてしまう前に、ユートはプロソデアと共に見極めたかったのだ。


 だからといって、リシアを放置することはできない。

 その妥協点が、一日である。

 一日あれば、リシアの助けになれるという算段が、ユートにはあった。



「人には余り言わないが、俺は全力を尽くす」

「私が聞いているのはいいのですか?」

「親友、いや悪友だし、共犯者だからな」

「本気で私を悪の道に誘うつもりですか」

「人を騙し、操る悪事だ」

「いい気分はしませんね」

「話を聞いてから判断してくれ」

「分かりました」



 二人は雑談しながら祭殿に向かった。

 扉に鍵は掛かっておらずプロソデアが開き、中へと入った。

 祭壇の間の中は、壁全体が光っているが、その輝度は先日よりも抑えられている。

 宝珠が置かれた祭壇の脇に石棺があるが、床の跡とずれていた。ユートはしゃがんで床の石に触れ、微かな隙間を見付けた。声が聞こえたのは、このずれのお陰だったのだ。

 一方のプロソデアは好奇心が抑えられないのか、真っ直ぐに壁に向かって行き、彫刻を詳細に見ていた。



「この前は明るすぎて見えなかった天井も、良く見えます」

「何か新しい知見が得られるといいが――」

 応えながらユートは石棺に手を掛けていた。腰を沈めて力を入れるが、石棺はびくともしない。

「まさかなあ――」



 この石棺を動かしたのがトーマなら、特別な力に目覚めたのかもしれないとユートは考えていた。

 心の片隅で嫉妬の感情が燻るが、それは暴力的な強さに憧れた童心の残滓でもあった。


 大人としてまた親としてユートが危惧するのは、個人が強大な力を持った場合、政治権力に取り込まれるか排除される事だった。

 権力に逆らうには逆に力で支配する道を歩む事になり、相手が復讐心を燃え上がれば再び争いが起こる。争いを未然防ぐ手段として、敵を殺すのが最善という考えもまた、支配者への道となる。

 そうならないよう、ユートは願った。



「誰です?」



 プロソデアの声に振り向く。

 隠し扉がゆっくりと開き始めた。

 奥の間から、老人が一人、姿を現した。

 祭司とは異なる濃緑色の作務衣姿である。

 肌つやは良く、顔に刻まれた皺は薄い。若さを感じさせるが、物腰と達観と取れる眼差しは、老練さを宿している。



「工部の者にございます。祭司長に言われ、修繕箇所の調査をしておりました」

「そうですか――」



 言葉とは裏腹に、プロソデアは警戒していた。

 ユートも不審に思った。

 工部の者とは土木工事を行う部署の者である。

 だが、奥の間に隠れるように潜んでいて調査していたというのは、奇妙なのだ。それに、この老人は落ち着きすぎている。隠し扉を開けて祭壇の間に戻るとそこに人がいたのに、驚いた様子がまるでなかった。



「さて、このような場所に居られるあなた方は、何者でしょうか」

「私は天の領域の学者で、プロソデア・オーティタと申します」

「俺は謎の旅人だ」

「謎?」

「知りたいか?」

「いずれ――」



 老人はすました顔をしている。

 食わせ者である。

 老獪だとも言える。

 しかも、その視線は常にプロソデアへと向けられ、ユートの存在など眼中にない様子であった。



「さて、精霊王の住まう場所に入るは禁忌。重罪になるとご存じないのでしょうか?」

「お互い様だ」

 ユートは名乗りもしない老人を見据える。


「儂は立ち入りを認められております故に」

「それなら、真の意味で禁忌ではないことになる」

「妙な事を仰る」

「妙と思う心理は、すでに因習に毒されていると自覚してくれ」

「毒されておりますかな」

「そうだ。誰が何故禁忌と定めたか、知っているのか」

「当然です」


「なら教えてくれ。そうすれば俺は自分の過ちと不見識を謝罪するかもしれない」

「言うもまた禁忌なのですよ」

「知られたらまずい秘密があるという訳だ」

 ユートは挑発するように老人を睨んだ。


「その論法で聞き出そうとするのは無駄ですぞ」

「そいつは残念。ところで、祭殿の破損箇所は見つかったのか?」

「そのために来たのですから」

「地下までも調べ尽くしたのなら、手早い話だ」


「ほう、地下をご存じですか」

「偶然知ったのさ」

「偶然知るなど、あり得んことですな」

「地下室に落とされたと思ったら迷宮だった訳だから、偶然だろう?」


「ふっ、食わせ者ですな」

「それはあんたの方だと思うぜ」

「はっはっは。良く吠える。が、何故吠えていられるか弁えたがよろしいでしょう」

「知ってるさ。ここでは精霊が使えないし、プロソデアが居るって事だ」


 乾いた表層の笑いを止めた工部の者は、鋭い眼光を見せた。


「それで、どうやって地下から出たのですかな?」

「秘密だ」

「では何処から出たのでしょう?」

「何処からだと思う?」

「問うているのは儂の方なのだがね」

「俺に答える義務があると勘違いしているのは何処の誰だ?」



 隙のない物腰と殺意を帯びた気迫も、老人が只者ではないと分かる。

 プロソデアが居なければユートは、瞬殺されていただろう。

 それでもユートは、老人が姿を見せたのは、殺すためではなく何かを知るためだと推測し、安易に殺そうとしないと踏んでいたのだ。



「いやいや失敬。異変ばかりで、年甲斐もなく気が立ってしまったようです。ご容赦ください」

 老人は温厚の仮面を被ったようだった。


「誰にだって過ちはある。俺も意地悪だったかもしれない。反省して俺が何者か教えるよ」

「ほう。それで?」

「あんたの想像の通りだ」


「やれやれ、本当に意地が悪い」

「重罪だと脅すのとどっちが意地悪だと思う?」

「弱りましたな。儂はただの工部の者。ただ修理に来ただけ。道に迷ったのであれば、外までご案内しましょう」


 この場は不問にするのでとっとと外に出ろ、という意味である。

 それでいて拒否は認めないと威圧する目は変わらない。

 それでも老人から殺意が消えていた。



「親切だな」

「そう思ってもらえるなら、何より」

「親切にされると俺は、お礼をしたくなる」

「それは嬉しい申し出ですな」

「過度に期待されても困るが、優先順位があるから、俺の用が済むまで待ってくれ」

「儂は気が短い方でしてね。老い先が短いからでしょうな」

「なら、気が変わらないうちに迷子の俺たちは、外に案内してもらおうか」

「ふふっ。それが賢明でしょうな」



 二人は祭殿の外に出た。

 宿坊の部屋まで用立ててくれる親切な老人だった。

 少なくとも表向きはそうだった。

 裏読みすれば、案内したのも居場所を限定するためである。

 盗聴器はないだろうが、聞き耳を立てあるいは精霊を使って会話を聞いている可能性は高い。

 それでもユートは安心している。

 プロソデアの威を借る立場に居るからである。



「あの爺さん、何者か分かるか」

「工部の者では不満ですか?」



 プロソデアは室内を見渡す。

 会話が聞かれるのを警戒しているようだった。

 不意に、無響室に入ったような妙な感覚になった。



「声を遮断しました」

「これも精霊の力か?」

 プロソデアはうなずく。

「先程の老人の正体については、触れぬがよろしいかと思います」

「やはり、そういう立場の人物か」



 言わぬが花の世界であり、正体を暴けば損をするのだろう。

 秘密主義者に向かって真実を明かせと迫れば、存在ごと隠蔽されるのだ。



「それより、ユート殿はもう少し、言動に気を付けてください」

「足りなかったか?」

「無防備すぎます」

「ディミ、そういうのは、不用意と言うんだ」

「はい、ユート様」


 うっすらと姿を現した通訳精霊のディミを見て、プロソデアは出しかけた感情を内に引き戻したようだった。


「とても危うかったと自覚してください」

「気苦労を掛けてしまったようだな。ただ、言うまでも無いと思っていたが俺は無力だ」

「でしたら尚更――」

「剣も体術も使えないからこそ、武器になるのは言葉だけなんだ。だから、理性的に論理的に会話ができる相手としか戦えない」


「話が通じなければどうするのです」

「向こうの世界なら逃げの一手だが、こっちでは精霊の力を使われたら逃げようもない。それなら、僅かな勝利の可能性を見て会話するしかないと思うが、他に手があるか?」


 プロソデアはしばし黙り込んだ。


「すみません。私の思慮が至りませんでした」

「お互い常識の違う世界の住人だから仕方が無い。相手を尊重し、少しずつお互いを知る努力を続けないと、異文化コミュニケーションは構築できないのさ」

「ですが猶予は二、三日でしょう。祭殿の異変を知ってユビキシュ伯爵が兵を動かしたとすれば、到着するのがその辺りです」


「ギリギリという訳か。さて――」


 ユートは雰囲気を変えるように声を張ると、ニヤリと笑みを浮かべてプロソデアを見る。


「盗聴を防げるなら気兼ねなくできるな」

「リシアさんに教える段取りですか?」

「そこは簡単に済ませよう」


 プロソデアは意外そうな表情をした。


「リシアには、この世界の常識、日常生活をどうしているかを、さらっと教えてくれ。言葉はリシアが必要だと思う会話文を教えればいい。それと地図には距離を書いて欲しい」

「それだけでしたら、明日一日も必要ないでしょう」


「致命的なのは、リシアが精霊の助力を受けられない事だ」


「それを理解されているのでしたら、止めるべきです」

「違いを体感させてやればいい。それと、トーマがどうやって、何日掛けてここに辿り付いたか教えれば、あとはリシアが自分でどうすべきか考えるだろう」


「おざなりな指示ですね」

「細かいところは、プロソデアに任せる。これを無責任と思うかもしれないが、俺より優秀なリシアとプロソデアの学習プロセスの最適化なんて、俺にはできない。それに、方針と中身の大枠を定めたら、後は現場に任せるのが一番楽なんだ。お互いにとってそれが最善だ」


「分かりました。ではユート殿が一番なさりたい事は、何ですか?」

「折り入って頼みがある」

「私に?」

 ユートはうなずき、頭を下げた。

「プロソデアの精霊を、リシアに貸して欲しい」

「お断りします。精霊というのは、物のように貸し借りする存在ではありません」


 プロソデアの強い拒絶を感じ、ユートは諦めの息を吐いた。


「悪かった。契約精霊との強い絆に思い至らなかったようだ」

「いいえ。分かって頂ければいいのです」

「済まない。今の話は一旦脇に置いてくれ」

「今の話がユート殿の考えでしたら、リシアさんを止めるべきです」


 プロソデアの表情は真剣だった。

 リシアの考えは、タタ・クレユの常識では無謀だからである。

 ユートもプロソデアの意見に賛成していたが、リシアは一人の自立した大人なのだ。


「決めるのは俺じゃない」

「ですが、危険です」

「そこでだ、本題に入ろう」

「本題?」


 プロソデアは僅かに苛立っているようだった。

 リシアの軽挙を止めさせるのが唯一の安全策だと言いたいのだ。

 だがそれを決めつける前に、ユートには試したいことがあった。


「モッサの真似事をしたい」


 ユートは先程リシアに八角形に折ってもらったガンピシを手に持って見せる。

 それを見てもプロソデアは、否定的な表情は変えなかった――。


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