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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第5章 逸失の迷い
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5-07 純直の言葉

 身ぎれいになって食堂に戻ったユートは驚いた。

 リシアがいつものピナフォア・ドレスに着替えていただけでなく、テーブルの上に料理が並べられているのだ。

 それらはリシアの手料理で、食べていいという温かい言葉さえかけてくれたのである。



「ありがとう。まともな食事をしていなかったので、嬉しいよ」

 軽口を封じてユートが告げると、リシアは視線を逸らした。

「ついでですし、味――毒味役です」



 味見ではなく毒味と悪びれるリシアの言い換えを、ユートは好意的に受け入れる。

 彼女の素性は、気遣いが出来て優しく、素直なのだ。

 そんなリシアに毒舌を吐かせるような言動をしていたこれまでを、改めてユートは反省していた。そして償いとして、リシアが毒を吐かなくていい情況を作り出そうと心に誓うのだった。


 ユートは、サーリ達と出会って気付かされた斜に構える態度を改めようとしている。それによって自分の弱さと愚かさと情けなさをさらけ出すだろうが、より正直に偽らない心で接することから始めなければならなかった。

 恥を掻くのはこれまでの行いの罰として受け入れるとを決めた瞬間、ユートの心は軽くなったのだった。



「食材が限られているので、味は保証しませんので悪しからず」



 リシアの料理は、米のような粥と、野菜らしき煮物と豆のスープという質素なものだった。それでも、何事もそつ無くこなす彼女だけに、味見をし、人に出せる自己基準はクリアしているはずだった。

 それを見抜いていながら以前のユートであれば、「本当に毒でも入っているんじゃないか?」と減らず口を叩いてリシアの敵意を煽っていただろう。

 無意味で恥ずべき子供染みた態度であった。

 からかい半分の幼稚であったそうした冗談を思うと、ユートは赤面するしかなかったのだ。


 ユートは過去の頸木を振り払うように、素直な気持ちで食事に向き合った。

 食器に箸はなく匙で掬って口に運ぶ。

 お世辞抜きでおいしかった。

 ユートが料理を誉めると、リシアは満足そうだった。

 プロソデアも高評価をつけたことから、味覚に関しては両世界で共通だと判明したのは、別の収穫であった。


 ユートは余計な事を言わず、下手な蘊蓄を加えず、ボキャ貧と思われようが素直に「おいしい」と言うだけで、もりもりと食べることに徹した。


 するとリシアは安堵したらしく温和な表情になり、いつになく饒舌にどう料理したかを語り出した。

 言葉が通じない三日間で溜め込んだ想いを一気に吐き出すようだった。やはり不安だったのだと思う言葉を口にはせず、ユートはリシアの言葉に耳を傾ける。



「――祭壇の間を出ると、急に言葉が分からなくなったのです」

「通訳精霊のディミの力が届かなくなったためです」

 プロソデアの説明に、リシアはうなずく。

「やはりそうでしたか。ですからトルプさんと意思疎通ができなくてすごく困りました」

「それで?」



 先程イウスンジから概要を、ユートは聞いていた。

 だが、知っていると頭ごなしに言いたくなる衝動をユートは抑えていた。言葉と共にストレスも発散させる必要があると知っているからでもある。以前であれば、「さっき聞いた」と話を断ち切ろうとしていただろう。これもユートにとっての反省事項であった。


 そしてリシアは、意を得たとばかりに、話を続ける。


 トルプは饒舌すぎて、空や建物を指さしても単語だけを話すという気遣いがなく、あれこれと長く話すために困った事。

 トルプが付けてくれた使用人、つまりイウスンジ相手に、必死に言葉を勉強した事。

 トルプよりもイウスンジは機転が利く賢い少年だった事。

 手掛かりが無いため、辞書を作るために、物を指差して単語を聞き取った事。


 文法を覚えるために言葉の並び順や語尾の変化を知るために、単語を並べただけの意思疎通を試みていた事。

 提供された食事が、口に合わなかったので、自分で調理したいと身振り手振りで伝えると、イウスンジが理解して厨房に案内してくれた事。

 三日に渡る出来事を語るリシアの心情に寄り添い、ユートは聞き役に徹した。



 ようやく満足したのか、一通り語り終えると、リシアは水を口にした。

 この間、リシアは食事を口にしていない。

 先程は明日の朝食のための仕込みをしていたのだとユートは気付くのだった。

 そしてリシアは、臭いと言いながらも、空腹を気遣ってくれたのだ。彼女の気遣いに泣きそうになるが、ユートは感傷的な感情を心に仕舞い、「おいしかったよ。ごちそうさま」とだけ言葉にして告げた。


 すると、不思議な物を見るような視線で、リシアがユートを見つめる。

 そして口にしたのは、「口に合ったようで何よりです」との一言だけだった。

 ただ、少しはにかむような表情を隠すように厨房へ行き、お茶らしき飲み物を淹れてくれる姿も、ユートにとっては新鮮だった。



「それで、二人は何していたのです?」



 ようやくリシアの心は外に向いたようだった。

 ユートは手短に説明することにした。


 トルプに地下迷宮に落とされた事。

 トーマが来てトルプによって宝珠を運ばされそうになったが、トーマは宝珠を使うとルリ諸共消滅させてしまうと気付き、モーティス騎士団の助けを借りてトルプ等を捕らえた事。

 トーマはルリを助けるための道具、聖剣を取りに向かった事。

 現状では、精霊王の宿玉となったルリを助け出す確実な方法は分からない事。

 宝珠を使えば、精霊王と共にルリが消滅する可能性が高いという推測は変わらない事。


 一通りの話をした。

 トルプの意図を改めて知り、リシアは怒りを露わにした。

 だがすぐに、自省するように己の愚かさ焼く炎として怒りを消費し、過ちへの悔恨を封じてしまう。

 そしてリシアは、義務と使命を果たす冷徹な態度を取り戻した。



「トーマ君が来たというのは、本当なのですか?」

「来ていたと言っても滞在時間にすれば、半日程度だ」

「それでも私の失態です。集中すると私、他の事が耳に入らなくなるのです。ですから、外で何が起きていたのか、全く気付きませんでした」

 リシアは拳を握った。

「かわいいじゃない」

「な、何をいきなり」



 ユートはリシアに睨まれた。

 ただそこにはこれまでの刺々しさはなく、殺意が込められた拒絶の意志も和らいでいる。

 ユートはそれを感じ取っていた。



「完璧主義のリシアが短所を俺に話すというのも、別行動の甲斐があったように思う」

「茶化さないでください」


 リシアは少し素直になったようにユートは受け取ったのだが、それが彼女の素であった。


「そう言えば昨日、知らない女性が来て何か話しかけてきたのですが、その人がモーティス騎士団の方だったのでしょうか」

「容姿を覚えてるか?」

「まとめた髪を頭の後ろに止めていましたが、金髪でしたし腰の剣を下げていたのでトルプさんの部下だと思っていました」

「トルプ殿の部下に女性はいませんから、ゾタニでしょう」

「何か話さなかったのか?」

「何をしているのかと聞かれたようでしたので、勉強していると答えました。そうしたら興味なさそうに『ならいいや』みたいな事を言って出て行きました」



 悔恨のような表情を一瞬見せたリシアは、考え込んだ。

 精霊王の宿玉として取り込まれたとはっきりし、すべき事が何かを考え始めたのだ。

 そして、リシアの表情は、決意に満ちていった。



「トーマ君が助けようとしているなら、お嬢様は無事なのですね」

「精とは万物の根源ですから、精に満ちていれば飲まず食わずでも元気でいられます」

 プロソデアの言葉にうなずくリシアの瞳から、迷いが消えている。


「それで、あなたはこの後どうするのです?」

「俺は聖剣を見極めに行く」

「では、ここでお別れです」

「理由を聞いてもいいか?」


「お嬢様はこの世界に来てから孤独に耐えています。すぐに助け出せないにしても、私の姿を見せ助けに来たと告げれば、勇気と生きる気力を与えられると思うからです」

「それで、いつ出かけるつもりだ?」

「今すぐにと言いたいところですが、すでに夜闇に包まれていますから、明朝」



「……丸一日、待ってくれないか」



 ユートは探るように言葉を発した。

 すぐに開きかけた口をリシアは閉ざし、一呼吸置いた。

 即座に拒絶しようとして、考え直したようである。

 ユートはリシアが変わったと感じているが、実際に変わったのは、ユートがリシアに向けている心の置き場所が変わったのだ。

 ユートに自覚はないが、リシアの意志を支えたいという想いを、心の根底に置いたことが、言葉の意味合いを変えていたのである。



「何故ですか?」

「この世界における、最低限の情報、地理、法則、言葉が必要だろう?」

「それはそうですが、一日でどれほど役に立つ知識が得られるでしょうか」

「君には経験がないだろうが、山を張ると一夜漬けでも試験はどうにかなる。そうした要点を要領よく、プロソデアなら教えてくれる。なあ?」


 プロソデアは驚いたように目を見開いたが、微笑みと共にうなずいた。


「タタ・クレユにおける常識とその理由を理解して頂ければ、リシアさんでしたら不測の事態にも対応できるでしょう」

「確かにある程度の知識は必要ですが――」

「それとも、一日置くと揺らぐ程度の薄弱な決意だったかな?」

「そんな事はありません。私のお嬢様への想いは、もっと深くて厚いのです」

「お陰で気が楽になった」

「何故あなたが?」

「何もせずに君を行かせて途中で野垂れ死なれたら、俺の目覚めが悪い」

「ああ、そうですか。相変わらず自分勝手な――」



 呆れて脱力する様子のリシアを見て、ユートは微笑んだ。

 少しだけ、ユートは本音を隠した。

 それは、リシアに生き延びて欲しいという願いである。

 さすがに今の段階で本音を言えば、気持ち悪がられて逆効果になるという自覚は、ユートにもあったのだ。

 リシアが気張って力んでいたなら、力みを取る効果もあったと言える。


 それでもユートはまだ、リシアの身の安全を懸念している。


 女性の一人旅というのは、想像以上に厳しいのだ。

 男女平等を標榜しても、変わらない性質がある。

 男は膂力や体格において勝り、情欲に弱いのだ。

 どう考えても女性の方が不利な状況に陥るリスクが高い。


 もっと致命的なのは、精霊の助力がないことである。

 契約精霊の有無は、天と地ほど違いがある。

 せめて、精霊と契約する相手に対応するための、技と知恵は備えなければいけない。


 だが、その事実を告げても、リシアの決意が変わらないことは、ユートには分かっていた。

 かといって、リシアが危険だからとユートが同行したところで、ルリ救出の展望が開ける訳でもない。

 一人では心細いからだと、リシアに勘ぐられるだけである。

 逆に、ルリを助けたいというリシアの意志を封じてまで、同行を強要するのは論外だと考えてもいた。


 むしろユートにとって、リシア自身の意志で行動してもらうのは、保険だった。万が一にでも、リシアがルリを助け出せるならそれが望ましいからである。

 狡くて卑怯だと自覚しながら、ユートはわずかな可能性にも賭けている。とはいえユートは、リシアの生存率を上げるためにできることはすべてやるつもりでいたのだった。

 その手段を考えかけたユートは、大事なことを思い出してリシアを見つめた。



「ところでリシアは、折り紙で八角形は作れるか?」

「出来ますが、どうしてです?」

「海外に行って折り紙をやって見せると、人気者になれるだろう?」

「いつの時代の話ですか」

「今は流行らないのか? だが、この世界なら効果的じゃないか?」

「本気で言っているのですか?」

「君と別行動になれば、教わる機会が無くなるからな。明日までに折っておいてくれよ」


 ユートは五級品のガンピシを取り出し、テーブルの上に置いてリシアの方に差し出した。


「では手向け代わりに。ですが、すぐにできますから――」



 リシアは慣れた手つきで角度を変えて長方形に二度折り、同様に三角形に二度折って紙に折り目を付け、開いて斜めの折り目を付けて角を折った。要するに正方形の内側に、八角形の辺となる折り目を作る作業だった。見る間に八角形に織り上げて行く様子にプロソデアが感嘆の声を上げる。



「どうぞ。ですが、こんな事が役に立つのですか?」

「正直に言えば分からないが、備えあれば、というやつだ」

「そうですか――」

 リシアは言い足りない様子だったが、続く言葉はなかった。



「さて、話は終わりだ。折り紙と食事、ありがとう。片付けは俺がやるから、リシアは先に休んでくれ。明日は優秀な君でも音を上げるくらいのスパルタになるだろうからな」

「自惚れですか?」

「どうしてそうなる?」

「私が納得できる片付けを、あなたができるとでも思っているのですか?」

「そう言われると、自信がない」

「でしたら、あなたはプロソデアさんと話し合って、私が一日で要領よく覚えられる段取りを組んでください」

「俺にそれができると思うのか?」

「経験の違いです」

 三日間言語学習に費やしていただけのリシアと比べれば、プロソデアと過ごし精霊や精紋を見たユートの経験の方が濃密で有益だと言うのだ。



「分かった。なら任された。愛情込めて手を尽くすぜ」

「あ、愛? 気持ち悪い――」

「悪い。本音が漏れた。適当に聞き流してくれ。という訳でプロソデア君、俺達は失礼しよう」



 照れ隠しのため早々にユートは席を立ち、プロソデアを連れて食堂を出た。

 何処へ行くのか言葉にしていないが、二人は暗黙の了解のように、祭殿へと向かっている。奥宮の壁画と祭殿の彫刻を比べて違い知れば、真実の輪郭が見えてくるからである。



「今宵は朝まで付き合ってもらうぜ」

「何をするのでしょう?」

「秘め事だ」


 冗談めかしてユートはにやりと笑む。

 するとプロソデアは、なぜか目を輝かせるのだった。


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