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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第5章 逸失の迷い
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5-05 精霊の用法

 息が上がり、ユートは苦しさに喘いだ。

 プロソデアが走る速度を落としたが、それでもユートにとっては全力疾走だった。

 そのユートの背を、誰かが押した。


 風である。


 すぐに、一歩の距離が幅跳びの世界記録を軽々と越えた。

 舗装されていない斜面を、全力疾走を超えた速度で駆け下りる。

 着地で足を挫くのを恐れたが、杞憂だった。

 ユートが着く地面は、不思議と平らになっていた。



「力まないでください。精霊の助力に委ねて、呼吸を整えるのです」



 息を乱していたユートはうなずくと、無理矢理息を吐き出した。

 苦しさに堪えながら努めてゆっくりと息を吸い、同じように吐き出す。



「道は地の精霊が整えてくれます。ユート殿はただ、私に付いて来る事に集中してください」

「ああ」


 ユートの呼吸は、ようやく声が出せるくらいに整ってきた。

 そして、走る事に集中する。

 地面を蹴る。

 バネで押し返されるような反力があった。


 更に一歩の距離が増える。


 慣れてくると快適だった。

 ユートは超人になった気分に浸っていた。

 森を抜けた。

 祭殿の裏手に集落らしき建物がいくつか見えるが、すぐに駆け抜けてしまう。

 そして、祭殿の正面へと回った。



「一気に登ります」



 プロソデアが祭殿の巨大な石段を駆け登る。

 ユートも続いた。


 一度でユートは十数メートル以上の高さまで跳んでいた。

 四度連続して跳ぶと、拝殿の前に着いてしまう。

 そこで、ユートの膝が少し屈した。


 精霊が助力を止めたため、急に体が重く感じたのだ。


 どっと疲れが出たように呼吸が乱れ、ユートは手を膝に乗せて肩を上下させて喘いだ。

 思い出したように体を起こしたユートは、上体を反らし、両手を左右に広げる。肺を広げるように息を吸うと楽になると知っているのだ。



「ご立派です。初めてでここまで同調できる人は多くはありません」



 他にも居るなら特別な存在ではない。

 応えようとしたユートの口から吐き出した息は、言葉にはならなかった。呼吸がまだ整っていなかったからである。

 代わりにユートは、無理して笑みを作っていた。

 そうして呼吸が整うのを待つ間に、ユートの心境は変化していたのである。



「指導者が優秀だったからさ」

「そうした事をサーリにも言われましたが、私は特に何も教えていませんから、ユート殿の才能です」

「手本を見せるのも、指導者の素養だ。まあここは、御相子こにしよう」


「相子ですか?」

「俺にも才能の欠片はあったかもしれないが、プロソデアも俺に合わせた指導をしたって事だ」

「そうでしょうか?」

「そういう事にしておけ!」


 一瞬驚いたように目を見開いたプロソデアは、すぐに穏やかな笑みを湛えた。

 どことなく雰囲気が軽くなったようだと、ユートには見えた。



「――分かりました」

「ところで、祭殿の裏手にあった集落は、何だ?」

「祭殿に仕える人々が暮らす町です」

「祭殿に住んでいるんじゃ無いのか?」

「祭司の一部は祭殿に泊まりますが、そこだけで人の生活を支えられる訳ではありませんから」

「そりゃそうだな」



 愚かな質問をしたと自省しながら、ユートは拝殿を見る。

 扉は門のように開かれ、奥に鎮座する祭殿まで見通せた。

 来た時は閉じられていたが、夜なのにまるで人を招くように開け放たれている。


「ここから入っていいのか?」


 プロソデアの視線は門の向こう側に向いていた。

 その先にユートが視線を向けると、薄緑色の服を着た人物の姿があった。作務衣のような機能性を感じられる服であり、祭祀を司る者としての清廉さを備えたデザインだった。



「ご遠慮願いたい。この門は精霊王のみが出入りを許される精風門なのです」



 出て行った精霊王の帰りを待つために開けているのだと悟って、ユートはうなずいた。

 到着時に閉じられていたのは、占拠していた天の騎士が人の出入りを禁じるためだったようである。



「異邦の者よ。通用門より入られよ。祭司長殿が招いておられる」

 拝殿脇の通用門の戸が開かれた。

「招かれざる客じゃないのは嬉しいが――」

「行きましょう」



 プロソデアは自然体のまま歩み出したが、ユートの歩調は緊張のためかぎこちなかった。

 案内されたのは、祭司長の執務室だった。

 巨大な年輪が浮かぶテーブルと椅子があるが、豪奢と言うよりは簡素な作りの部屋だった。

 祭司長は席から立ち上がって入り口まで歩み出て、二人を迎えた。


「祭司長のエミジャミ・ウォイナクです」

「プロソデア・オーティタと申します」


 プロソデアは捲られていた袖を伸ばして手を隠し、頭を下げた。

 規範礼式である。


「この度は天の王の勅命とは言え、協定を破り風の領域へ侵入したばかりか、風の祭殿にまで入りましたこと、謝罪致します。ですが、世界の危機を救うための行為と、ご容赦頂ければ幸いに存じます」

「本来であれば極刑に処されるでしょう」

「ですが、理不尽な処罰ならば私は、受け入れません」


 祭司長は愉快そうに笑った。


「貴殿を捕らえられるのは、心の縄目しかないのでしょうな」

「傍若無人とならぬように心掛けておりますが、世界の危機を救う道筋は付けなければなりません」



 祭司長は笑みを崩さなかった。

 プロソデアに対しては、強制的な捕縛も処罰の執行もできないということである。

 やはりチート能力の持ち主だと、ユートは思うのだった。



「風の精霊王を留め置けなかった私も罪人。貴殿を罰する立場ではないのです」

「では、ご容赦頂けるのでしょうか」

「裁定するのは伯爵閣下、あるいは風の王陛下となりましょう。それより、そちらの御仁は何者ですかな」



 祭司長に顔を向けられたユートは、何と答えるべきかと躊躇しながら笑顔で誤魔化し、助けを求めるようにプロソデアを見た。



「こちらはノイ・クレユからタタ・クレユへと迷い込まれた、ユート殿です」



 ユートは両手を広げて見せて自分を抱くように胸の前で交差して頭を下げた。

 武器を持たないので、サーリの真似をした最礼式である。



「これは丁寧なご挨拶、恐れ入ります。どうぞ、おかけください」

 促されるまま向き合う席に着く。


「ところでユート殿、救世の勇者殿とのご関係は?」

「俺の知り合いに救世の勇者はいない」

「では、宿坊の一室に居られる女性は?」

「俺の同行者だが、何か迷惑を掛けたか?」

「いいえ。ただ、言葉が通じませんでしたのでどうしたものかと悩んでいたところです」

「ならこちらで対処するが、構わないか?」


「お任せします。ではプロソデア殿に、サーリ殿からの伝言です。『救世の勇者と共に、聖剣を手に入れに向かう。道案内役としてゾネイア博士を連れ、風の王陛下の居る離宮に立ち寄る』との事です」


 プロソデアが謝意を述べる一方で、ユートの心には危惧が芽生えていた。

 続けて祭司長が、地下迷宮をさ迷っていた間の出来事について、説明してくれた。

 話が一段落してから、ユートはプロソデアを見た。



「ゾネイアが案内できるのか?」

「知識はお持ちです」

「信用できるのか?」

「分かりませんが、急ぐのであれば他に方法はないでしょう」

「とすれば、最善の選択なんだろうな」


「もうひとつあります」

 祭司長が間を図ったように言葉を続ける。


「祭殿を占拠した天の騎士は、モーティス騎士団の方が地下室に閉じ込めて行ったのですが、その処遇については沙汰待ちにあります」

「――ご厚意に感謝します」



 プロソデアが黙礼した。

 一瞬遅れてユートは理解した。

 天の騎士の処遇は、祭殿を管轄する伯爵の指示待ち状態にあるが、極刑は免れないのだろう。

 拡大解釈すれば、沙汰が来る前であれば厄介者の処分は自由にしていいと暗に告げられたのだ。モーティス騎士団とあえて言ったのだとすれば、助け出すなら今のうちだという意味となる。


 それに、チート能力を持ったプロソデアが天の騎士を連れ出したとなれば、祭司長の面目も立つ。本音を語らず上辺で示唆して行動を求められたものだが、確かにありがたい申し出でだった。



「では、同行者の女性の部屋に案内させましょう。イウスンジよ、入りなさい」



 一人の少年が入ってきた。

 純真な目の輝き持ち、無垢な精神性を宿している純朴そうな顔つきをしていた。


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