5-03 聖剣の秘密
風化によって失われたのではない。
明らかに存在していない。
絵の配置からしても、祭殿に精霊王を導いた後、聖剣を持つ人物はどこにも描かれていない。
描き間違いではなく明確な違いだった。
ユートは真剣な眼差しをプロソデアに向ける。
「聖剣によって精霊王から宿玉を奪い、祭殿まで導いた人間は、どうなった?」
「言われてみれば確かに、祭殿までは描かれていますが、その先は出てきませんね」
「まずいな」
ユートは少し戻って、精霊王から宿玉を奪った場面を指差した。
「ここで聖剣を持った人は、剣を上に掲げている」
次へと歩きながらユートは話し続ける。
「だが、荒廃した地を巡るなかで、段々と剣は下ろされて水平になり、更に下に向き、最後は杖のようにしている」
祭殿に精霊王を祀る場面をユートは拳で叩いた。
「言われて気付きましたが、どことなく表情も衰弱しているように見えてきました」
「つまり、聖剣を持っていた人は、死んだか、あるいは動けなくなった。その原因が聖剣にあると知っていた他の者は、櫃に入れて封印したと言うわけだ」
「それで境界の淵に隔離して置いている訳ですか。ですが、どうして守人が女性なのかは、分からないですね」
続きを言いかけたユートが、プロソデアを見る。
少し視点が、というより本来の目的が違っているのだ。
だがユートは、違和感の理由を考察を考えるのを後回しにした。
「遅かれ早かれトーマは聖剣の存在を知る。知れば当然、聖剣で宿玉となったルリを助けられる可能性に気付く。だが――」
「息子さんが命を失うかもしれないのですね」
「ああ」うなずいてユートは思案する。
「そもそも、聖剣とは何だ?」
「詳しくは分かりません」
「詳しく分からないのに、何故聖剣と呼ばれている?」
「邪な人物が手に入れてはいけない剣だと伝わっています」
「おかしいとは思わないか? 邪な人物が使えるのに聖なる剣なのか?」
「それだけ力があるのでしょう」
使い方次第で正邪や善悪が変わるというのだ。
それは特別な力を持つ武器であるのは間違いない。
だが、取扱注意の道具なら、説明書が必要になのだ。
「そもそも剣は人を殺すための道具だ。聖なる物になる道理がない」
「ですが、聖なる物だからこそ、特別な場所に奉納しているのです」
「境界の淵というのは、辺境だろう? 普通に考えれば、危険だから遠ざけるのさ」
「人が持てば死ぬからですか?」
「精霊にとっても、脅威なんじゃないのか?」
壁画から読み解けるのは、精霊王さえも従えている事だった。
「そうかもしれませんが、境界の淵は精霊王に次ぐ偉大な精霊が守る地なのです。危険なら、そのような場所に聖剣を納めておく事を、精霊が認めるとは思いません」
色々細かい経緯や理由を追及する気は、ユートにはなかった。
「そうかもな――ところでプロソデア。精霊王が膨大な精の集合体であるなら、極めて高密度な精の固まりだ。それを斬り裂く原理が分かるか?」
「斬り裂くというのは不可能でしょう」
「ダイヤモンドを切るのは、ダイヤモンドだ」
「金剛石は地の精霊で無ければ加工できないと思っていました」
「その方が楽なんだろう。だが、切ると言っても、互いに削り合うのさ」
「では、精霊王には精をぶつけて斬ると言うのですか? ですが精霊王は周囲の精を吸収してしまいます」
「なら逆だ。精を削る、というよりは吸うんだろう。精が吸われるから持つ者は死ぬんだろう」
「吸精剣という精を吸う剣はありますが、厖大な精を吸えば砕けてしまいます。吸精石という周囲の精を吸う力がある石の方がより多くの精を吸いますが、その影響は広範囲に及びます。例えば精を一枚の紙だとすると、その紙を水面に浮かべてあるところに石を投げつけ、くしゃっと石にまとわりつくような感じにしかなりません」
「理屈や原理は分からないが、そういう機能を持った剣があるんだろう。しかも、精霊王から宿玉を切り取り、祭殿まで従わせるだけの期間、持つ人は無事で居られる方法がある」
「聖剣にはかつて、中央大樹で作られた鞘があったと伝えられています」
「それで持ち運べたか。だが、今は無いと?」
「どこかで失われたのでしょう。そのために最後は櫃に入れて運ばなくてはならなかったのでしたら、納得できます。人は聖剣を扱えると過信していたが、扱いきれなかったのでしょう」
「だったら、また中央大樹を切って鞘を作ればいいのか?」
「それは不可能です」
「どうして?」
「中央大樹は、世界の王である天の王が厳重に守っています。世界で唯一残った貴重な木ですから、絶対に許されません。第一、根元部分は石化していて切り出すなど無理です」
「大樹って位なら枝も太いんだろ? 枝ならどうだ」
「中央大樹は、山のような存在なのです。根元は山裾のように広がり石化していますから、ずっと上に登らなくてはなりません。途中に、年に一度若葉を摘む役目を担う特別な一族の住む集落があり、そこまで登るのも二〇日はかかると言われています。しかも、そこから更に上に登らなくてはならないのです。精霊でも登れない高さだと言われています」
「そいつは、驚いた。俺の想像を超えているようだ」
「枝を切り落とすなど、到底不可能だと思ってください」
「分かった。それは最終手段としよう。だが、聖剣がある場所は知っているんだろう?」
炎の揺らぐ光に照らされたプロソデアの表情は僅かに曇ったが、ためらいがちにうなずいた。
「百聞は一見にしかずだ」
「それは諺ですか?」
「ああ。何度も詳細をあれこれ聞くより、一目見た方が分かるという事だ」
「一部は賛同しますが、一部は受け入れ難いです」
プロソデアが掲げていた棒を下ろすと、炎が消える。
暗闇の招聘は心情を反映しているようだった。
目が慣れるに従って、精の経路が繋がった壁画が再び仄かに青白い光の線が浮かび上がってくる。
「君が学者だからだろう。しかし、文献至上主義とか、伝承重視主義というのは、危険だぜ。人がまとめた情報なら、そこに必ず主観が入る。権力者がまとめた情報なら、作為的にもなる。ご都合主義というところだな。いずれにせよ、すべては記録も記憶も出来ない」
「それは、ノイ・クレユで学んだ真理ですか?」
「真理かどうかは分からないが、歴史や経験の積み重ねから、そうした事例が多いと分かる。それと、学校じゃ教えてくれない知識だ」
「私は、是非一度ノイ・クレユに行ってみたいと思えてきました」
「来たらがっかりするかもしれないぜ。それより、案内してくれないか、聖剣がある場所へ」
プロソデアの反応は鈍かった。
逡巡するように視線を避け、瞑目し、悩み、迷い、諦めのように息を吐く。
それでもまだ悩んでいたが、意を決したようにプロソデアは小さくうなずいた。
同時に何かが吹っ切れたのだろう。
表情が少し、和らいでいる。
「分かりました。ご案内しましょう。再訪を禁じる約定はありませんから」
「そこで一つ相談がある」
「何でしょう」
ユートはバックパックの中のポケットに入れていた、自分で漉いた紙を取り出した。
質が悪いと言われ、製法を工夫して漉いたガンピシである。
「これを、どう思う?」
薄暗い中、ガンピシは精に触れて微かに光を放ち始めた――。




