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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第5章 逸失の迷い
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5-02 壁画の再生

 ユートは少し、懐疑的だった。

 ファンタジー世界で聖剣と呼ばれているのは、御都合主義の道具だからである。

 剣である以上戦う道具であり、聖なる剣と呼ぶには、悪しき存在を倒したからと考えるのが自然なのだ。だが、ここで聖剣は、精霊王に向けられていた。

 それでいて、精霊王は祭殿に神のように祀られている。

 どこかにまやかしを含んだ伝承のようだった。



「聖なる剣、という意味でいいのか?」

「特別な力のある剣です」

「どこにあるんだ?」

「地水火風それぞれの領域で、聖剣が守り続けられています」

「聖剣はいくつもあるのか?」


 驚いた表情でユートはプソロデアの顔を見た。


「四振りあります。四大精霊それぞれの領域にあるはずです」

「四振りもあるなら、聖剣というより量産品みたいだな」

「道具ですから、昔は大量に作れたのだと思います」

「どうも、認識の乖離があるようだ。そういう道具なら、聖剣とは言わないぜ」

「では、聖剣というのは、どういう定義になるのでしょう」


「唯一無二にして、神聖な剣。神から与えられたに等しい、特別な力を宿した剣、そういった印象だ」


「カミとは何でしょう」

「神というのは人を超越した存在かな。人智の及ばない現象を為し得る存在。あるいは、世界を創った創造主とか。多神教、一神教でも異なる定義になるが――」

「超越した存在でしたら精霊王が当てはまります。ですが、精霊王だけでなく、精霊自体、人の力を超越しています」

「よくよく考えて見れば、俺の国の言葉でも、精霊という意味は、超常の存在、超自然の存在だから、ニュアンスとしては神だな」

「では、精霊と同義だと覚えておきます」


「いや、ちょっと待ってくれ。紛らわしいから、天地を創り人を創った存在を神と呼ぶ事にしてくれ。精霊は精霊がいい」

「妙ですね。世界は精の凝集によって生まれただけですから、そこに何者も存在しないと思うのですが――」


「探究は後だ。話を戻そう。聖剣はあるんだな」



 一瞬、プロソデアの表情に陰が浮かんだようだった。

 だがすぐにうなずく動作によって、気のせいと思う錯覚に紛れるように消えていた。



「聖剣の守人としてその時々最も適した未婚の女性が任じられ、生涯にわたって境界の淵にある社殿に籠もり、聖剣を守り続けています。守人は慣例で天の種族から選出されるため、他の領域において聖剣について知る者は希でしょう」



 守人という名称を口にするプロソデアの表情を、ユートは見詰める。


「何で女なんだ? 男じゃダメなのか?」

「理由は分かりません。何千年と続けられてきたことなので、理由が分からないからこそ、変えられないのです。ですから私は、天の王に各領域の祭殿とその一帯を調査させて欲しいと何度も訴えたのですが、拒否されてきました。ですが、例え調査できていたとしても、この壁画だけでは何も分からなかったですね」



 プロソデアの声は、感情的だった。

 表情も曇っている。

 無意識なのだろうが拳を握りしめ、言葉にも熱が籠もっている。

 怒りと虚しさと哀しみとやるせなさが混じっていた。

 ユートは言葉にこそしなかったが、秘めたる想いがあるのだと察するのだった。


「諦めない事だ。俺だって成せずにいる事はたくさんある。だが、今調べる機会を得たんだ。これで新しい知見、新しい視点が得られる。回り道だと思っていたのが、実は近道だと気付く事もある。経験を積まなければ、目の前に見えていた答えに気付かない事もある」

「そうですねユート殿。今すべき事を少しずつ積み上げていくしかないのでしょうね」

 プロソデアの表情に明るさが戻った。


「そうだ。だから今は、この消えかけた壁画をどうにか解読しようじゃないか」

「では表面の汚れを吹き飛ばしてみましょう」

 プロソデアは風の精霊を呼び出し、エアダスターのように壁面の埃を取り払い始める。



「便利だな。俺も欲しいくらいだ」

「ユート殿なら、精霊と契約できると思いますよ」

「そうか? だが契約によって、俺はどんな責務を負うんだ?」


「毎日朝晩に名前を呼び、またその力を使って感謝し、存在意義を認めるのです。原初の精霊は、存在が希薄で自我も曖昧ですから、存在意義を認める事が重要なのです。名付けはその第一歩です。名前を呼べば精霊は喜びますから」


 ユートは唖然としていた。

 戦って勝利するような条件を想像していたからである。



「ですが既に個を確立した精霊と契約する場合は、通称ではなく、本当の名を教えてもらう必要があります。それだけの信頼を得なければ、人を拒絶するため、命を落とす事もあります」



 プロソデアは時折精霊を褒めながら、細かく指示を与え上から下へと作業を続ける。

 モデルを褒めちぎって上気させ、格別の一枚を写し撮ろうとする写真家のようである。精霊を扱うコツとは、女優に接するように扱う事にあるのだろう。

 子育てにも近い。

 育て方を間違えると、当たれば障る取扱注意の大人に成長するのと似ている。



「初めは承認欲求の強い構ってちゃんで、成長すると、自尊心の強い困ったちゃんだな」

「違います。頼れる相棒です」

「そうみたいだな」



 ユートは反論しなかった。

 実際に精霊と契約してみなければ、本質は分からないからである。

 それ以上に、ユートの興味はプロソデアが埃を払った壁にあった。ただ、壁画の表層にあった汚れは吹き飛ばされて少しは見やすくなったものの、色が褪せ輪郭線すら掠れているため、見えづらかった。

 肉眼で判別するのは難しく、光の反射具合で見える角度を探ろうと、ユートは壁に頭を付けてライトの角度を変えた。



「だめか」



 ユートは壁から手を放して腕組みをし、溜め息を吐いた。

 すると、奥に向かって作業していたプロソデアが手を止めて振り返り、ユートを見つめた。



「今何をしましたか?」

「溜め息を吐いた。気に触ったか?」

「いえ。そうではなく、その前です」

「腕組みをした」

「その前は?」

「光の加減で見えやすくないかと、壁画を色々な方向から見ていた」

「もう一度、やってみて頂けませんか?」

「ああ。だが、結局あまり変わらなかったがな」

 言われるままユートは壁に左手を付き、右手のライトで照らし、頭を上下左右に動かす。


「これに何か意味があるのか?」

「分かりました」

「何がだ?」


「ユート殿はやはり、精に好かれるようです」


「精に?」

 体勢を戻したユートは腰に手を当てて首を傾げる。

「はい。初めてお会いしたときから、ユート殿の周りには精が集まっていると思っていましたし、私が契約する精霊達も、ユート殿に興味があるようで、側に居たがります」

「どうしてだろうな」

「ユート殿、胸元に何かお持ちですか?」

「胸?」



 ユートはシャツの上から触れた。

 首に掛けた紐を引っ張り首元から引き出したのは、ユートの妻が作ったお守りだった。



「それは、素晴らしい宿玉のようです」

「そうなのか?」

「明かりを消してください」



 二人はヘッドランプを消した。

 祭壇の裏手にある空間が、暗闇に包まれる。



「洞窟から続くこの通路には、澄んだ精の流れがあります。祭殿の地下にあった精紋へと注がれている流れの一つでしょう。暗闇の中では、仄かな精の光がより鮮明に見えてきます。目が開かれていなくても見えるはずです」

「俺にはよく見えないが」

「見方によると思います。見ようと思えば、見えてきます」



 ユートは目を懲らした。

 それでも暗闇は変わらない。

 しばらく努力するが変わらず、諦めようとして、ユートは変化に気付いた。



「なんだか、霧が出てきたようだ」

「それが精の流れです。よく見てください。ユート殿が今手にしているそれを」



 ユートが右手で握りしめていたお守りを包み込むように霧が集まってくる。その流れは渦を巻くように、お守りに吸い込まれて消えてゆく。



「そのままもう一度、壁に触れてください」



 ユートはそっと壁に触れる。

 すぐには何も起きない。

 が、少しずつ変化が現れる。

 何かが奥から走ってくる。

 光が小さな虫のように壁を伝って近付いてくる。

 その道筋は真っ直ぐではなく、曲がり、時には行き止まり、それでもユートの手に向かっていく。見回せば壁だけでなく天井や床に加え入口の側からも、あらゆる方向から幾筋もの光が近付いてくる。


「そのままで居てください」


 光がユートの指先に触れた。

 少し温かい。

 にわかにお守りが光を放ち始める。


 手に向かって壁に線を描きながら集まる光の速度は速まり、次々と集まってくる。ユートは手が熱くなるのを感じた。そして、夜光塗料が光るように、壁画の輪郭線が光り出す。



「驚きました。このような精紋があるとは」

「精紋? どれがだ?」

「壁画の外周に描かれている渦巻き状や、波や放射状の紋様の事です。そうした紋様には、精を導くための力があるのです。それを最大化したのが、祭殿紋です」


 なるほど、とユートはうなずいた。


「とても素晴らしいです。ユート殿、一体それは何なのです?」

「妻がくれたお守りだ。妻が健康と無事を願いながら漉いた紙で作ってくれた」

「それが精と感応しています。中央大樹の若葉を内包したカチェリという最も宿玉に適した宝石よりも、優れています」

「すると、精霊王の宿玉にもなるかな?」

「もっと多くあれば、宝珠の代わりにもなるでしょう」


 ユートは考え込んだ。


 そしてすぐに、そういうことかと、ユートは納得した。

 モッサが欲しがった理由である。

 特別な紙だったのだ。


 妻が漉いた紙はこうぞではなく雁皮がんぴを用いるが、他の地方に残る技法とは異なる。

 源流ルーツはナジオにあると師が言うのを聞いたが、その物では無いという。師の先々代から創意工夫によって改良され、最終的には継承した妻が技法を確立する道筋を見付けた紙である。

 他と違うなら呼び名を変えるべきだが、暫定的にカタカナで『ガンピシ』と呼ぶことにする。


 大量のガンピシを手に入れて宿玉にし、精霊王に与えて操ろうというのがモッサの目的だと考えられたのだ。


 ユートには、一つ想うところがあった。

 ルリが病弱だった理由と、トーマがお守りをあげたことで症状が改善した要因についてである。


 お守りによって集められた生命の根源となる精を得てルリが元気になったと一瞬考えて、ユートは否定した。

 逆に、ルリが精を集める体質だったのだとユートは考え直した。

 大量の精が体溜まり続けたことで、体を守るために、頭痛と発熱という症状によって精を発散させようとしたと見る方が自然であった。トーマがルリにあげたお守りは、偶然にも放精紋の機能を備えていたことで、ルリの体に溜まっていた精が排出されたのだ。


 そして、ユートは危惧した。

 精を集める体質のルリが、精に満ちたこの世界に連れてこられて、どうなったのかという懸念である。精を体外に放出するお守りの能力よりも精が集まる量が多ければ、再びルリは体調不良に陥ってしまったはずである。

 だが、膨大な精を集める体質は、大量に精を欲する精霊王にとっては、うってつけの存在になるのではないかと、ユートは想ったのである。


 つまり、ルリを誘拐してこの世界に連れてきたことで、モッサの予定が変わったのだ。

 あり得ると、ユートの考えは至った。



「もう大丈夫です。風化によって寸断されていた精の経路が繋がりましたから」



 ユートの思索は、プロソデアの言葉で中断された。

 闇の中に精を帯びて壁画の輪郭が浮かび上がってはっきりと見えるようになっていた。



「もう一つ、発見しました。火の精霊が作り出す炎から放たれる光に反応します」



 プロソデアが足元に落ちていた松明のような棒きれを拾い上げる。

 腕を伝って煙のような精が棒を伝うのが見えるや、ボッと棒の先端に火が灯った。

 精に感応して見えていた青白い仄かな光は見えなくなり、代わりに炎に照らされて鮮やかな色彩の絵が見えてくる。



「炎色技法という失われた彩色方法が文献には記されていました。具体的にはどういう技法なのか分かっていませんでしたが、火の精霊が放つ光に反応して色彩が見える方法だったのでしょう。私も初めて見ますが、かつては四種族の人々が協力して祭殿を作ったという伝承を裏付ける証拠になります」


「仲良くしていたのに仲違いか。どうせつまらない理由なんだろうな」

「それぞれの属性を極めようとした結果、相互に相容れない関係になったと言われています」

「もう少し先に進めば、また仲良く出来そうだな」

「それならいいのですが――」

「一周回って元通りという話だ。縦軸を時間とすれば、螺旋を描いて進む世界だ。繰り返しに見えて、次元が変わっている。だが――」


 ユートは一通り壁画の情景を辿ってからプロソデアを見た。


 精霊王と戦った人間は敗北し、滅亡の危機が訪れる。

 剣を持った人物が現れ、精霊王から宿玉を切り取って奪った。

 精霊王の宿玉と剣を持つ人物は、小さくなった精霊王と共に世界を巡る。

 精霊王は荒廃した世界を修復し、最後に祭殿に導かれた。

 人々は精霊王を祭殿に祀った。

 祭殿に集まった人々は、精霊王を崇拝した。

 その後人々は剣を櫃に入れ運び出す。

 深い森を抜けた先の果てにある山脈に運び、洞窟に納めた。



「やばそうだな、これは――」



 壁画を何度見直しても否定できない。

 ユートが抱いた不安な予感は、確信へと変わる。

 剣を持つ人物の姿が消えていたからである。


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