4-09 嫉妬の故
知識を得るには、相応の努力が必要である。
良き教師にも恵まれなければならない。
加えて、学ぶ者の素養が要る。
いずれにせよ、プロソデアの豊富な知識は並大抵の努力では培えないはずだとユートは想像していた。
「それにしても、プロソデアはよくこういう仕掛けを知っているな」
「見て分かっただけです。私が契約する地の精霊の助言もありましたが」
素地があるから見て本質を知り、知識を以て解析して応用してしまえる才能が、プロソデアには備わっているのだ。
多くの場合そうした人物を、天才と呼ぶ。
「トルプやゾネイアに嫉妬される訳だ」
「嫉妬などされる理由はないと思いますが――」
「そういう鈍感なところも、相手にとっては気に障るのさ」
「私は、鈍感なのですか? 初めて言われました」
「世事に疎い、という事だろうな」
「疎いのですか――」
プロソデアが考え込んだ。
才能がありすぎて、別の次元を生きているから気付けないのだ。
「トルプやゾネイアから、冷たくあしらわれた記憶はないのか?」
「ありません。トルプ殿は私が騎士学校に入った時には既に、精鋭部隊の候補に選ばれる程に優秀な方でしたから、話した事もほとんどありません。初めて言葉を交わしたのは、私が守護騎士に任命された後で、祝辞を頂いたほどです」
「何て言われたんだ?」
「ありがたいご助言でしたので良く覚えています。『守護騎士就任に祝意を述べよう。だが知己あるが故に任命されたのだ。思い上がるな』と、つまり過信するな慢心するなとのご助言を頂いたのです。身を引き締められました」
「トルプもその守護騎士になりたかったんじゃないのか?」
「候補に名が挙げられたとは聞きましたが、天空遊撃隊の方がずっと優れています」
「どう違うんだ?」
「天空遊撃隊は、天の騎士団の中から選別された精鋭中の精鋭のみが配属される栄誉ある部隊ですが、守護騎士とは特定の王族や貴族の唯一人にお仕えしお守りする、地味な役目です」
「プロソデアは、天空遊撃隊に入りたいとは思わなかったのか?」
「私は、初めから守護騎士になると決めていたのです。なれなければ剣も契約精霊も棄てる覚悟でした」
「それだけ強い意志がありながら、どうして今は学者なんだ?」
「それは――私がお役目を全うし、守護騎士の任を解かれたからです」
「サーリに剣を教えたのはその後か?」
「はい。ですが、友人に押し付けられたのです」
「その友人は、変わり者か?」
「素性を隠した世捨て人で、命を狙われているのに泰然とした人物でした」
「そうだろうな」
やはり変わり者だとユートは思った。
「その友人が故郷に帰る際に、面倒を見ている弟子を頼むと言われまして。以前に少し世話になっていたので、断れなかったのです」
「断りたかったのか?」
「守護騎士の任を解かれた私は、騎士を辞めようと申請していたのです」
「燃え尽き症候群か?」
「どういう意味でしょう?」
「やり遂げた達成感の後に、放心状態のようにやる気が出ないような症状の事だ」
「では違います。私は、世界を旅して巡りたかったのです。ですが許可が下りず、不安定な状態で日がな一日過ごしていたのです」
「人を弟子にするような心境じゃなかった訳か」
「ですが、サーリとの出会いは新鮮でした。不思議な子で、常に一生懸命でした。私がろくに教えもしないのに、何故か意図を察する才能があり、上達してしまうのです。彼女から師匠と呼ばれるのが恥ずかしいくらい、私は教えていません。見て自ら学んでしまうサーリは、天才です」
ユートは微笑みを浮かべていた。
プロソデアの気を惹こうと、サーリが賢明に努力している情景が想像できたからである。
「それはお互いにとって幸せな日常だったと思うぜ」
「そうです。サーリは私の恩人とも言えるでしょう」
「恩人とは、すごいな」
プロソデアはいつになく興奮気味にうなずく。
サーリにとっても、想定を越えた評価だろう。
両者の想いのすれ違いを察し、ユートは心が痛んだ。
「騎士学校に入る前のことです。サーリに精霊と契約する方法を教えるため、旅に出たのです。最低限契約精霊が居ないと、騎士学校には入れないからです。するとサーリは、私が驚くほどに力のある精霊と契約したのです。驚きました。不可能は無いのかも知れないと、彼女を見て私は気付かされました。ですから、サーリが騎士学校に入ると、私は騎士の位を棄て、ゾネイア博士の門下に加えて欲しいと懇願したのです」
「ゾネイアに? ということは、何か調べ事か?」
「はい。この世界は何かを、知りたかったのです」
「旅をしたいと言っていたのと、目的は同じなのか?」
「そうです。領域を去るのは許されなかったのですが、学府に入るなら構わぬと許可が下りたのです。騎士位の返上は拒否されましたが、私自身の覚悟とけじめのため、剣は捨てたのです」
「そうなると、モーティス騎士団の設立には絡んでないのか?」
「その後の話になります。サーリは優秀で、学生の時には、騎士団の部隊長を凌ぐ技量を身につけていました。それだけに、厄介者扱いされていたのです。契約精霊の格も、ほとんどの天の騎士を上回っていたのが問題でした」
「この世界でも、有能な部下は目障りになるのか」
「加えて美人でしたから、目立つのです。注目度があって技量も勝るとあっては、長たる者の威厳が保てないと、誰も旗下に求めなかったのです」
「つまはじき者か。俺が上司だったら喜んで部下に加えるのにな」
「実力が物を言う組織ですが、若輩者が上に立つのを快く思わない人物が多いのです。特に、新期生が所属できる小隊の長にとって優秀な若手は、自分の評価を下げる恐れがあるので尚更嫌うのです」
「その上の立場の者が配属を決めないのか?」
「男だけの部隊に女性が混じれば規律が乱れると、危惧もされてしまうからです」
「それなら、そもそも騎士学校を女人禁制にすればいいだろう」
「いえ。騎士にはなれるのです。ただ、天の騎士団への所属が難しいだけです」
「どういうことだ?」
「天の騎士団に配属されない騎士は、職を得るために、貴族のお抱えとなるのです。サーリも初めは貴族に雇われたのですが、その能力では無く美貌によって選ばれたのです。要するに下心を持たれたのです。当然サーリは拒否しますし、無理強いをするにも契約精霊に守られて手出しが出来ない。扱いがたいからと解雇されてしまうのです」
この世界も男性優位とする社会のようであった。
戦争を前提とした社会システムは、不測の戦闘に備える武力組織を必要とする。子を産み育てるための生理学的な現象を踏まえれば、武力の主体が男で構成されるのは必然になる。
そうした時代が進めば、種を子々孫々の未来へと紡ぐ存在よりも、敵を排除し殺す存在が優れていると勘違いするようになる。
社会に、女性を見下す雰囲気が醸成されるのだ。
「そんな時、私の恩師が事情を知り、守護騎士になりたいサーリの意志を尊重し、第七護衛騎士隊の創設が決まったのです。女性騎士だけで女性貴族を護衛する部隊です。大切なご息女が騎士と男女の関係になるのを危惧する貴族がいるからです。逆もいますが――」
「何処の世界でも似たような話があるなあ」
「ですが、女性だけの騎士隊は前例がないと反対が多かったのです。そこで、守護騎士だった私に、顧問になれとの勅命が下ったのです」
「勅命って事は、王の命令か?」
「そうですが、何か?」
「王にも知られているとなると、プロソデアは何者なのかなと思ったのさ」
「守護騎士として、陛下の姫君をお守りし申し上げたからです」
「成る程ねえ。組織論としては天の騎士団の精鋭部隊、天空遊撃隊が名誉かも知れないが、騎士としては守護騎士の方が栄誉と思うんだろうな」
「そうでしょうか。守護騎士とは協調性が無く組織になじめない爪弾き者が任命されるのだと言われましたが」
ユートは苦笑した。
発言者はプロソデアへの僻みから、そう言ったのだろう。
それを素直に受け取ったプロソデアを見て、発言者はさぞかし苦々しい表情をしたことだろう。
「守護騎士というのは、今、何人居るんだ?」
「数十年に一人くらいですから、今は居ません」
「やはりプロソデアは嫉妬されたんだ。相手の一方的な負け惜しみだろうけどな」
「そうでしょうか。私は騎士学校でも集団行動が苦手でしたから、その通りだと思うのですが」
「君がそう感じてしまうところも、トルプのような連中からすれば、気に入らないのさ」
「どうしてでしょう」
「君が無自覚の天才だからだ」
「私が天才? ご冗談を。天才というのはサーリのような子を言うんです。私はただ、必死に努力して守護騎士になっただけで、他に取り柄もないのです。幼少期に知り合った王女をお守りする役目でしたから任命されたというのが、事実でしょう。最後の旅路を共に歩むには、昔話を懐かしむ相手がいいに決まっています」
プロソデアが苦しそうな表情を見せた。
他者が触れてはいけない心の傷を、プロソデアは負っているようだった。
「そうかもしれないな。という訳で、本題に戻ろうか。昔を顧みて懐かしみ、今を観て現実を知り、未来を見て理想を描かなければいけないからな」
「どういう意味です?」
「とっとと外に出ようぜ。暗闇の中に居ると、陰気くさくなる、という意味だ」
「ご子息が心配なのですね」
「それもある」
「では、リシアさんの事ですか」
「そっちもある。だが、救世の勇者とは何かという疑問の答えを明らかにすべきなのさ」
「ユート殿のご子息がそうだと、認められないのですか? 光の霊獣を連れてきたという事から、救世の勇者なのは明らかです。ユート殿のご子息と知って、確信が持てました」
「俺を見て何を悟ったのか知らないが、救世の勇者なんて話は、嘘っぱちだと思うぜ」
「では、どうして救世の勇者の伝承があったのでしょう」
「伝承があるなら、過去にも同じ危機があったのだろうし、また同じ危機が来るという見通しがあったって事だ」
「精霊王がお隠れになり、再臨された事でしょうか」
「それは知らないが、俺はもう一つ別の可能性を疑っている」
「他に何かご存じなのですか?」
「モッサが広めた伝承だったという可能性だ」
「まさか。少なくとも数百年前からの伝承ですよ」
「元いた世界よりこっちの方が時の流れが速いという話を忘れたか?」
「――失念していました。ノイ・クレユの一日がタタ・クレユの一ヶ月だとすれば、ノイ・クレユで一ヶ月経てば、タタ・クレユでは二年半。一年なら三五年、そうですね。数百年昔であっても、ノイ・クレユでは数年前の世界なのですね」
「ああ。多分大体そんな感じだろう」
「ですが、光の霊獣の力は本物でした」
「ファロウにも色々事情があるんだろう。だが、光の霊獣なんて幻の存在だったんだろう?」
「光の精霊は記録にあるのですが、光の霊獣は過去に実在した記録はないのは確かです」
「光がいるなら、闇の精霊もいるのか?」
「記録にはありませんが、言い伝えはあります」
「文献至上主義は危険だぜ。世の中に有った事象のすべてが記録される訳じゃない。それに、記録には著者の意図が必ず反映される。時代背景や環境要因を踏まえ、著者の人間性と意図を類推してようやく記録の価値を推定できる」
「では、救世の勇者が光の霊獣と共に現れるという伝承をモッサが広めたとするなら、どういう意図があるのでしょう」
「人は自分の力が及ばない困難に直面すると、超常の何かに縋ろうとする。伝承があって、それに符合する存在が現れると、人は信用する可能性が高い。人の意志を束ねる求心力となり、依存したいという意志が集まる」
「解決策の見えない困難に人は考えるのを止めて、伝承に符合する存在、つまり救世の勇者にすべてを委ねてしまうというのですか」
「考えて答えを見出すより、誰かが教えてくれた答えを受け入れる方が楽だしな」
能動的な人に、勝手気ままに行動されると世の中は混乱する。
混乱を治めるため、支配者は身勝手な連中の行動を抑圧する。
混乱を嫌う大衆は支配者を支持するが、御上にお任せの無能な集団へと大衆は変容する。
救世主伝説への信仰も似たようなもので、指示待ちの受動的な人間を増やすのだ。
従順な大衆は、支配者にとって手間の掛からない良い存在となる。
だが、何もしない存在は、いずれ支配者にとっての重荷となるだろう。
従順かつ有益な思考をする人々は、選別によって隔離した領域に囲われ、有害な重荷となった無能集団は処分される。
要するに、切り捨て見捨てる世界になるのだ。
「そうかもしれません――」
「滅びかけた世界を救ったと見せれば、人を支配する存在になれる。疑いを持たれないし、信じて奉られる存在となれば、ほぼ絶対的な権力を握れる」
「モッサの目的は、タタ・クレユの支配なのでしょうか」
「分からんし、聞いても教えてくれないだろう。俺の知る毛房我願がガガン・モッサなら、すべてを煙に巻き、死んでも真意を明かさないだろう。奴の言動を見極め、唆された連中の行動を観察して推定するしかない。曖昧な真実を求め過ぎれば、混迷に落ちるぜ」
「やはりユート殿の思考は深いですね」
「それはプロソデア、君の勘違いだ。俺の発言は、浅はかなのさ。大概、その場の思いつきだ」
「そうかもしれませんね」
「多分な」
プロソデアは、満足そうな表情をしていた。
謎を解いた者が見せるような目の輝きを放っている。
手で掴み取れない霧は、ふんわりと囲うしかない。
曖昧にして定まらない核心に触れず抱擁する事で、確信を悟ったようであった。
「それで、サーリ達も出られなかったこの地底湖から、どうやって外に出るんだ?」
「この地底湖からですよ」
プロソデアが黒々とした水面を指さした。
「潜るのか?」
「心配は無用です。私の精霊がお運びします」
風の精霊が空気を集めたまま水中に入り、その泡を水の精霊で運び、途中で狭くなる水中洞窟は地の精霊で広げて通り抜けるのだ。
プロソデアは、サーリ達を外に出した後で、この経路を確認していたのだ。
プロソデアは、さも簡単な行為のように言う。
だが、三属性の精霊がいなくてはならないだけでなく、為し得ない方法である上に、地下宝珠を元の状態に戻してから精の流れが回復するまでの短時間で行わないと、精霊が宿玉に籠もってしまうのだ。
「チート能力だな」
「いかさまはしていませんよ」
「そうしていると思いたくなるくらい、羨ましくて凄い能力だって事だ」
「凄くはありません。契約精霊の力を借りているだけですし、その精霊達も先祖から受け継いだだけです」
「主観と客観の違いだ。気にするな」
ユートはプロソデアの背を叩いた。
少しだけ、嫉妬の憂さ晴らしをするように、強く。
プロソデアは驚いた顔を見せたが、すぐにどことなく嬉しそうに微笑むのだった。




