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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第4章 世の表裏
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4-07 談義の暇

 諦めたら終わりである。

 ユートは心を落ち着け、冷静に状況を分析しようと心掛けた。

 全体を見て無理でも、詳細を分析していけば可能になるかもしれないとユートは考えるのだ。


 例えばエアコンが動かなくなったとする。

 全体を見ればエアコンが壊れたので廃棄するしかない。だが、実際には基板を交換すれば直るかもしれない。基板が交換できないから修理不能とされても、基板を詳細に調べれば、コンデンサーを交換すれば直るかも知れない。

 直る可能性を見定めるためには、もっと知ることが重要になる。



「なぜ、ルリは解放されないんだ?」

「私が危惧しているのは、少女を宿玉にした精霊王が祭殿の外に出られた要因についてです」


 問いに対する答えになっていないと、ユートは苛立った。

 だが湧き立つような感情を抑えると、プロソデアの見解を聞くのが先だと意識を切り換える。


「精紋が壊れていたからと言わなかったか?」


「ユート殿の評論を思い出し、それだけではないと気付きました。祭殿の外にあった封精紋と吸精紋は、精霊王をお守りするための仕掛けだと教えられていました。ですが地下の祭殿紋の存在を知り、精霊王を逃がさないための仕掛けだと、分かったのです」


「体のいい軟禁状態にしていたと?」


「そう言えます。そもそも宝珠とは、精霊王の宿玉として与えられたものですし、宝珠のある場所は、祭壇の間が最適だったのです」

「精紋が壊れていたから、精霊王を軟禁できなかったと?」


「破損していなければ、少女を宿玉にし、精紋の破損箇所からの精の流れに乗って外に出たとしても、断崖の内側を回ってまた祭殿に戻ってきます。そのような仕掛けが祭殿紋だと分かりました」

「つまり精紋が壊れたままだと、仮に精霊王を連れ戻しても祭殿に留め置けない訳か」

「ですから祭殿紋を修復は必須です。あとは、宿玉として宝珠と少女のどちらが適しているかです。ただ、宿玉としては、宝石類などの鉱物よりも、生身の人間の方が適しているのでしょう」


「どうして人間なんだ?」

「意識の問題だと思います。お互い足らざるを求める意識が、融合へと向かうのです」

「自我の問題か。我思う故に我ありだな」

「それと、お互いが持つ精が融合しますから、宿玉とされた少女と精霊王を分かつ方法を見付けなければなりません」



 役割分担だと、ユートは悟った。

 トーマはルリと精霊王を分かつ方法を求め、未踏の道を切り拓こうとするはずだった。

 その道は、おそらく険しい。

 比喩になるが、道ができても壊れやすく危うい難所は残されたまま突き進んでいくことだろう。危険だと気付いた誰かが、安全な道になるように対策すべきなのだ。

 ユートとプロソデアは今、祭殿の地下にいる。

 地下迷宮に見えるこの精紋を修復できる立場にあるのは、他の誰でもない。

 それが明確で否定できない事実である。



「分かった。協力しよう」

「ありがとうございます」

「だが、俺に精紋なんて分かるのか?」

「少なくとも断絶した精の経路は繋いで欲しいのです」

「経路と言われてもなあ――」

「石の種類が違います。崩れた壁にあった精の経路となる石は、色味や手触りが違います」



 ユートは近くの壁に触れる。

 光精石とその他の石では、感触は確かに違う。

 指先に感じる温度と、滑らかさである。

 宝石が冷たく感じるのは、熱伝導率が高いからである。



「まあやってみるか。だが、それで精紋は直るのか?」

「応急処置と思ってください。第三階層の下に、別の精紋があります。堰の役目だと思いますが、機能しませんでした。この地下迷宮で精の流れる経路を繋げば、機能すると思います」


「仮復旧だな。本工事はプロソデアがやるのか?」


「はい。堰によって精の流れを一度止めれば、地下迷宮となっている祭殿紋の中でも精霊が使えます。そうなれば、後は私の地の精霊によって修復できるでしょう」

「なら段取りを決めよう。ひとまずプロソデアは、ここで待っていてくれ」


「私がここにいても、役には立ちませんよ」


「役に立ってもらう。認識の摺り合せが必要なんだ。俺が第一階層を調べた情報を元に議論したい。俺が経験し、プロソデアの知見を得て検証すれば、問題点を改善して効率化できる」

「一層毎に相談ですか?」

「情況次第だ。第一階層で要領が分かれば、あとはどうにかするさ。ただ、無知な俺には、相談相手が必要だから万全を期す。急がば回れだ」


「急ぐとどうして回るのです?」


「諺だ。急いでいるからと近道を行こうとしても、予期せぬ通行止めや、想定外の行き止まりがあって、結果として回り道をしてしまう事を言う。急ぐなら、確実な道を使うべきだという教訓だ」

「勉強になります」

「急いては事をし損じるという諺もある。焦って急いで慌てると、普段であれば何の問題も無い何かに躓いて、失敗するという意味だ」


「言われてみれば、そうした失敗はありえますね。分かりました。では私はここで待っていますので、ユート殿、お願いします」

「プロソデアはのんびりくつろいでいてくれ」



 ユートはすぐに、第一階層の調査へと向かった。

 ユートは歩数で距離を測り、プロソデアが推測した地図と実際の状態を確かめ、一部修正し、気になった箇所に印を付ける。

 一通り調べて記録して戻るまでに、体感で三時間、腕時計の針ではおよそ二分が経過していた。

 元の場所に戻って壁の穴を覗くと、プロソデアの笑みが見えた。



「待ちわびたか?」


「はい。いつまでと分からず待つのは嫌な物ですね。普段であれば、精霊に周囲の状況を探らせたり次の行動に備えさせたりできるのですが、それもできませんから」

「情報遮断による不安だ。俺の世界でもスマホに慣れ過ぎたせいで、スマホが使えなくなると困る連中が多いからな」


「スマホとは何です?」


「正式にはスマートフォン。携帯電話の高機能版で、基本は遠くの相手と話す機械だが、色々情報を調べたり記録したりできる。例えるなら、下位互換の精霊みたいなものだろうな」

「やはりノイ・クレユにも精霊がいるのですね」

「喩えだ。概念の話だ。その物じゃ無い。が、詳しい説明は別の機会にしよう」

「残念ですが、仕方有りませんね。今は――」



 ユートは壁の穴へと修正した地図を丸めて差し込み、プロソデアへと渡した。


 受け取った地図を見たプロソデアが「ああ」と納得するような声を発した。

 壁が崩れた箇所には『×』を付けている。通路の間違いは、壁の線を『×』で消し、矢印で通行可能と分かるようにユートは描いていた。



「ここは何です?」



 壁の穴をユートが覗くと、地図に三角印を付けた箇所を指さしているプロソデアの指先が見える。

 塗りつぶし三角と輪郭線だけの三角の二箇所ある。


「トイレと墓場だ」

「トイレ?」

「ゾネイアも使った形跡があったが、異臭はなかった。だから悪いとは思ったが、俺も使わせてもらった」

「精の流れがあるのですぐに分解されるのでしょう。ですが、もう一つは墓場ですか?」


「厳密には、墓じゃ無い。風化が激しいが頭蓋骨が二個残っていた。他は砂になって堆積していたが、その量からしてかなりの人数だ。俺なりの推測を言えば、生け贄だな」

「そういう事ですか」


「心当たりがあるようだな」


「禁書として王立図書館の地下に収められている書物に、精霊に人格を与え早期に上位精霊に育てる邪法が記されていました」

「人に憑依させるのか?」

「そうなります。人間の人格と精霊を一つにすると、人間の倫理観と常識を持った精霊になるそうです。人と密接に関わり命令に従う宿玉精霊は、人を宿玉として作られたとする学説もあります」


「背景には戦争があったのかな?」



 この世界での最大の兵器は精霊になる。

 兵器が大量に必要となるのは戦争が起きた場合が常である。

 勝利のために倫理観を捨て去るにも、戦争は言い訳として認められやすい。何かを得るには犠牲は付き物という考えや勝利には対価が必要とする思想は、戦時においては特に至りやすい末期的な思考形態だと、ユートは思っていた。



「その通りです。そして元来精霊王は英明な人格を持っていたと古い記録にはありますが、風の王宮に囚われた風の精霊王には知性を感じません。祭殿にお祀りされてきた長い年月の間厖大な精を吸収し続けたため、人格を失ったのだと思っていました」


「実際は違った訳だ」


「遺骨があり祭殿紋が壊れていた事実を踏まえると、祭殿紋の修復が出来なかったのです」

「ロストテクノロジーってやつだな」

「祭殿は、タタ・クレユの四種族の叡智を集めて建立されました。ですが、種族間で不可侵協定が結ばれてから、祭殿の修復技術が失われたのでしょう」


「それと生け贄がどう関係するんだ?」


「純朴な人間なら精霊王が祭殿に留まるのが最善と信じていますから、その意識を取り込めせれば、祭殿を出ようという意志が消えるでしょう」

「それが事実なら、酷い話だ」


 プロソデアが重苦しい息を吐く音がユートに届いた。


「書物に書かれていたのは、事実だったようです。複数の人格を取り込んで自我を失った精霊王は蒙昧な存在と化し、ただ精を集めて領域全土に送り出す道具として使われてきたのだと言えます」

「精霊王を洗脳して奴隷にする。人間の強欲と傲慢の表れだな」


「この世界が、嫌いになりましたか?」


「プロソデアやサーリ達と出会ったから、どちらかと言えば好きな世界だ。それに、俺が居た元の世界だって、裏側で何をやっているか分からない、清廉潔白ではない世界さ」

「ですから精霊王が中央大樹に集まると世界が滅ぶという話も、嘘だと思えてきます。モッサが精霊王を解放したのは、事実ですから」



 穴の向こう側で見せたプロソデアの顔には、沈痛な心情が滲み出ている。



「視点というのは大体が対向するだろう。だが、明らかなのはモッサのやり方だ。俺の工房から道具を持ち去り、人質をとって俺を誘い出し、ルリの命を道具として利用する。理論の正しさでは無く、行いの正しさを見ればいい。モッサのやりかたは間違っている。だから、その目的は阻止すべきだ」


 プロソデアに笑顔と目の輝きが戻った。


「迷いが晴れました。ユート殿の言う通りです。モッサを阻止しましょう」

「一応念を押しておくが、俺の目的は、トーマとルリとリシアと共に、無事に元の世界に戻る事だ。その途中でモッサの企みを阻止しこっちの世界を救うのは、ついでだ」

「でしたら尚更、祭殿紋の修復はしておくべきです。精霊王を祭殿に連れ戻す方法はまだ分かりませんが、抜け穴が幾つもある部屋に鎮座して頂く訳にはいきませんから」


「その修理、仮復旧とは言え、本当に俺で大丈夫なのか? 第二階層に降りる場所も見てきたが、俺の力だと一度降りてから登るのはかなりしんどい。が、第一階層での修理が一番不慣れのままだから、不完全である可能性が高いんだ」


「それでもユート殿にやって頂くしかありません。ですが、地下精紋を用いた精流脈の制御が利けばいいので、繋がっていればどうにかなると思います」

「壊れた基板を素人半田でジャンパー配線するような物かな」

「言葉の意味が分からないのですが――」

「とにかく凄い自信だとでも思ってくれ。適当にどうにかするさ。例えば、こんな感じで」



 ユートはスケッチしてきた壊れた壁の絵を剥がし取り、壁の穴からプロソデアへと渡した。

 壁から落ちたレンガのような石を積みから同じ材質の石を選び、繋がるように並べて配置するように矢印が描いてある。


「いいと思います」

「なら、どうにかなる。という訳でプロソデア君。腹が減っては戦は出来ぬと言う話だ」


「誰と戦うのです?」


「諺だ。空腹だと、いい仕事が出来ないとう喩えだ」

「すみません失念していました」

「それだけ集中していたんだろう」

「いえ、騎士になるために精のみを吸って生き抜く訓練をしているので、十日くらいは何も口にしなくても平気だからです」


「そいつは、凄いな」

 まるで霞を食う仙人だとユートは思った。

「だが俺には真似が出来ない」


「ですがすみません。私は荷物を置いてきてしまいました」

「少しなら俺が持っている。口に合うかは分からないが、食うか?」

「ノイ・クレユの食べ物には、興味があります」

「なら、腹ごしらえだ」


 ユートはバックパックからフリーズドライの雑炊とペットボトルの水とコンロを出した。

「水でもいいんだが、お湯の方が旨いからな」


 ユートは携帯コンロを出しライターで火を点けようとする。

 だが、何度ホイールを回しても、火が点かなかった。

 オイル切れでもない。


「強風の中でも火が消えないとか言うオイルライターだが、湿気ったか?」

「ノイ・クレユの道具ですか。面白そうですね。ここでも火を起こせるのですか」

「そのはずだが、火花も散らない。おととい久しぶりに使って問題なかったんだが――」

「火花が出るのですか?」

「発火石といって、こすったりすると火花が散る合金だ。火打石みたいな物だ」

「火打石というのは文献で読んだことはありますが、それでしたら無理でしょう」


「無理とは?」


「火というのは、火の精が集まって生まれるのです。ところがこの祭殿紋となっている地下迷宮では精の流れが速すぎて一箇所に留まれませんから、火は生まれません」

「そうなのか? 燃えるというのは、酸化反応だろう?」

「サンカとは、何でしょう?」


「酸素との結合だ。多くの場合、発熱反応となる」


「どういう事でしょう」

「熱で可燃物が分解する。分解した可燃物が酸素と結合する。これを酸化という。この時に光と熱が発生し、その熱でまた可燃物が分解される。この繰り返しが燃焼だ。初めの熱を与えると、可燃物が無くなるまで燃え続ける。燃焼とはそういう現象だろう」

「そういうものですか――」



 プロソデアは考え込んだようだった。

 科学常識が違うのだ。

 この世界の常識レベルは、物質の根源である精を基準に構築されているようであった。



「この世界では、違うのか?」

「はい。燃えるとは、精が集まった所へ火の精霊が力を与える事だと考えられています」



 ユートは少し考え込んだが、精というエネルギーが介在すると理解することにした。



「精はあるが留まれない。だから火が点かないと言うが、本当に今も精が流れているのか?」

「ユート殿には感じませんか? 強い風が吹いているような感じです。ものすごい量の精が吸い込まれるように流れています」

「強風ねえ」

「はい。緩やかになったとはいえ、外と比べれば遙かに流れが強いので、契約精霊は宿玉の中から出られないのです。出ると押し流されてしまうからです」


 ユートは目を閉じて感覚を意識する。

「残念ながら俺は鈍感らしい。精の流れとやらが感じられない」

「ノイ・クレユ人は、そうなのでしょうか。だから宝珠を持てるのかもしれません」

「俺だけが特別に鈍感なだけかもしれないぜ」

「いいえ。私から見れば、ユート殿はやはり優れています」

「買いかぶりだ。だが食い物は他にもある。今はビスケットにしよう」



 ユートはコンロと雑炊のパックを仕舞うと、真空パックされたビスケットを壁の穴からプロソデアに渡した。


 優れてなどいない。

 ユートの自己評価は変わらなかった。

 急ぎたいと逸る心は今もある。

 だが、この先の長丁場を想定すると、焦って半端に仕事を片付けるよりも、着実に仕上げる事が重要だと考えたのだ。

 必要と知った後よりも、無駄になったとしても今努力して修復した方が楽なのは間違いない。その楽を手に入れるため、作業中に空腹で集中力が途切れないように、備えるのだ。


 ユートは携帯食をかじる。

 いつになく味気ない。

 これが最善だと言い聞かせながらひと噛み毎に焦燥をなだめた――。


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