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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第4章 世の表裏
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4-03 学者の罠

 地下迷宮に靴音だけが響く。

 一人、バックパックを背負うユートが歩いている。

 スケッチブックに描かれた地図を見て、地下迷宮に落とされた場所へと向かっている。


 地下迷宮は三階層になっているとサーリは言っていた。だがその一階層だけでも、立体的な構造になっている。層と言うよりは、区画と呼ぶ方が合っている。


 ユートはむなしさを振り切るために、歩み続けている。

 優秀な人物の足枷に成るだけの愚者にはなりたくなかった。

 そして、トーマが無事であることを願った。


 無事とは、トーマが心穏やかに人生を送れることにある。

 そのためにはルリも無事でなければならないし、リシアもそうである。だが、その対価として、この世界の人々を不幸に陥れるような結果になっても、トーマは心を痛める。そういう子だった。


 可能な限り全員を――、


「助けないといけない――」

 ユートは無意識のまま声にしていた。


「殊勝だな」

 ユートの呟きに応えるような声が聞こえた。

 ざらついた耳障りな声は、心を一〇〇番の耐水ペーパーで撫でるような感触だった。


 ユートは煩わしそうにため息を吐いた。

 ゾネイアの存在を失念していたのだ。

 現実に引き戻されたユートは、救うべき人々の中にゾネイアも含めなければならない理想に、苛立った。


 それでも理想は理想だった。

 優生思想に陥れば、独裁へと繋がる道筋を歩むことになる。

 それを知るからこそ、ユートは嫌でも受け入れるしかなかった。

 それが社会人となった大人の作法だった。

 ただし、嫌いな相手は、物理的あるいは心理的に、遠くに居てもらうようにする工夫をこらすようにはしなければならなかった。


 ユートはしゃがんで壁に空いた穴から向こう側を覗き込んだ。

 向こう側に、皺の深い瞼に半分隠された鋭い眼光が見える。老獪と表現すべきなのか、老いながらも野心的な向上心を感じさせる目であった。



「ところで、プロソデアはどうした?」

「まだ奥でやる事があるらしい」

「ほう」


 ユートを見つめるゾネイアの瞳に、狡猾な光が宿った。

 悪巧みを予感させるが、壁の向こう側にいては何も出来ないと、ユートは軽く見ていた。


「それより、何故お前は、サーリたちを地下迷宮に落とした?」

「あの者達に遭ったか。まだ生きていたとは、しぶとい」

「つまり、殺す気だった訳か」

「凡人には分からぬのだ。あの者らは、数万年に一度の機会を無にしようとした」

「何をしたんだ?」

「何かと儂の調査の邪魔をする」

「利己的だな」

 蔑むように鼻で嗤うゾネイアに、ユートは憐れむ目を向けた。


「領域を分かち巴の如く反目し合う世界が、万難を排し融和する黎明に向かうと、何故気付かんのだ。トルプも然り。王の命令への忠実さが忠臣の証にならぬと、気付いておらぬ」



 ゾネイアの発言は、プロソデアから聞いた、世界統一学派の異端的思考によるものだった。言葉の端々に自尊心が溢れ、彼の言葉こそが正しく、異なる思想は議論する余地なく切り捨て排除する。

 そういう思想の傲慢さが、眼差しに満ちていた。


 共通認識が得られない相手とは会話が成立しない現実に、ユートは悩んでいた。言葉を重ね議論を尽くしたところで、焼け石に水となるように、相手の心の内に届く前に蒸気のように霧散してしまうのだ。

 それでも会話を続けるには、共通点を見付けて歩み寄るしかない。そのためには、一致できる視点を見出さなければならなかった。


 面倒な事である。


 そんな事をずに済むように、無敵の力を求める心がユートにもまだ残っていた。ただそれが支配の道筋でしかないと、ユートは知っていた。それは、パワハラがまかり通る、力による独裁を行う道筋だった。


 ユートは、偉そうにトルプに言った言葉を思い出していた。

 自分の言葉が、自分に返ってくる。

 自分を戒めては先に進む道をユートは探るのだ。



「そういえば、あんたは俺の言葉が分かるんだな」

「至極当然だ、儂は学府の長よ。あらゆる言葉を知る精霊と契約している。愚者の極みたる問いだな」

「それなら、精霊王を元に戻す方法を知っているのか」

「容易き事だ。精霊王は、中央大樹を目指している。行かせれば良い。さすれば、精霊王は元に戻り、世界が等しく平和になる」


「等しく?」



 誰もが等しいというのは、自他の差に苦しむ者にとって救いであり希望の言葉となる。

 だが、努力した者と努力しない者が等しく扱われるのを、多くの人は平等だとは思わない。不公平だと感じる人は、平和とは真逆の方向へと心が誘われる。

 また、誰もが等しく努力をやめれば、社会は停滞し荒廃するため、破滅へと向かう。それも平和ではない。


 あり得ない。

 と、ユートは思った。

 ゾネイアの真意を探るように、ユートは壁の穴からゾネイアの目を見詰めた。



「ところでノイ・クレユ人よ、お前は精霊との契約はないのか?」

「だったら、どうなんだ?」

「ならばこの変化にも気付かぬと思ってな」



 一瞬、停電したように暗くなった。

 再び明かりが点いた時、しゃがんで壁の穴を覗いていたユートの目の前から壁が消えていた。

 驚いた様子のユートは、立ち上がってキョロキョロと見回した。



「ふう、ようやく出られたか」

 ゾネイアの声が聞こえた。


 声が聞こえた方向を探して振り返ったユートの目の前には、壁があった。その壁の腰の高さに穴が開いている。

 しゃがんで覗いたユートは、向こう側で黒い布が揺れているのを見た。光沢があり揺れると紫に見える黒で、金糸で草花が刺繍されているローブは、ゾネイアが着ていた物である。



「何をした?」

「転移紋よ。無知とは無力」

「悪いな、無学で。だが折角なので偉大なゾネイア博士に、どういう仕組みかご教授願いたい」

「ほう。探究心は誉めよう。無知なノイ・クレユ人も居ると新たな知見を得た故に。ならば、一つ教えよう」


「ご厚意に感謝する」

「殊勝な事だが、プロソデアに付き従ったが過ちよ。それはさておき、要するに敷設されていた転移紋に精を導いたのだ。精霊を用いてな。転移紋とは、居場所を入れ替える」

「どういう原理なんだ?」

「知りたくば、儂の学府を訪ねて参れ」


「そんな精霊がいるのに、どうして昨日はプロソデアに壁を壊せと言った?」

「やはり無知とは愚かだな。精紋を破壊してはならぬのだよ」

「矛盾しているじゃないか」

「授業は仕舞いだ。プロソデアが一緒でなくて、良かった。ではさらばだ。トルプなどに任せていては、世界が滅ぶ道を避けられぬ」

「おい、俺を出してくれないのか?」

「邪魔されては困るのでな」


「プロソデアにか?」



 ユートが覗く穴の向こう側を、ゾネイアに蹴られたのだ。

 反射的に顔を逸らしたユートは、苦笑を浮かべながら肩をすくめていた。

 図星だったのだ。

 その行為にはプロソデアを嫌う心理が背景にあると、ユートは確信していた。だが嫌っていながら、プロソデアがユートを見捨てない人物だと見抜いるほどには知っているのだ。



「あれは儂の指示に逆らえない。仕来りや指示に従順な男なのだ」

「程度問題だろう」


 ゾネイアはユートの会話には応じず、鼻で嗤い、壁から離れて行く足音が聞こえた。

「我が精霊よ、あれを退けよ」


 続いてユートが聞いたのは、重く固い物が擦れ合う音だった。

 力のある精霊とは契約できないはずのゾネイアが、精霊を呼び出し、祭壇の奥の間に通じる穴を塞ぐ、石の祭壇を動かしているのだ。


 ユートは立ち上がり、壁を蹴った。

 壁はびくともしない。

 回転ドアのような仕掛けではなかった。

 再び石の祭壇が床と擦れ合う音が聞こえ、ユートは穴が閉じられたと知った。

 ユートは項垂れ、壁に頭を突く。


「どうして、俺はこうなんだ――」


 有能な者たちの更なる足枷になった自分を、ユートは蔑んだ。


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