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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第4章 世の表裏
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4-02 立志表明

 壁の前で止まった。

 後続の仲間の四人が遅滞なく後ろで止まる。

 サーリは地下迷宮の最も外側の端に向かって立っていた。


「プロソデア様、着きました」


 サーリの声は精霊によって運ばれ、遠くにいるプロソデアに届けられる。

 地下迷宮内の精の流れが緩やかになり、力の弱い通訳精霊も宿玉から出られるようになったことで可能になった伝達方法である。


 調査の結果、下の階層で仕掛けを動かせば目の前の壁が開くと判明したのだ。

 サーリ達はここから脱出しようというのだ。


 落とされた穴から祭殿に戻る道は、トルプ旗下の天空遊撃隊が待ち構えている可能性が高く、戦いを回避できないからである。


 天の騎士団の精鋭で構成されたトルプ率いる天空遊撃隊は強く、まともに戦えば、たった五人のモーティス騎士団に勝ち目がないのは自明の理であった。


 だからこそサーリは、外の状況を確かめ、不意を突く行動をしなければならなかった。

 なぜなら、モーティス騎士団は、不殺の理想を掲げているからである。


 厄介な理想を抱いていると、サーリは自覚している。

 騎士団と称する時点で、理想に反しているのだ。

 未知の山脈に挑むようなものだった。


 ただ、不殺を貫く方法を、一つだけサーリは知っていた。

 相手を圧倒し屈服させる力を持つ事である。

 しかしそれは、征服し抑圧し隷属させるようなものであり、目指すべき理想は遠退く道だった。


 やはり矛盾だらけだ、とサーリは想う。

 それでも、目指している。

 サーリにとって、ニチェア・モーティスの行いが理想だったからである。



 ニチェア・モーティスとその守護騎士ファロウ・ニーグが生きたのは、人と精霊の間で存亡を懸けた戦争が始まろうとしていた時代だった。


 王位継承権を得るには、血統の他に、四属性の精霊との契約が必須だった。そして、契約するには、それぞれの精霊に力を示す必要があった。つまり、戦って勝利することだった。

 そしてニチェア・モーティスは、四属性すべての精霊王と契約したのである。


 この世界に精霊王に勝てる者はいない。


 そのため、精霊王との契約は、人類すべてが驚愕する事実だった。しかも、ニチェア・モーティスは、戦うことなく成し遂げたのである。

 その功績は今も語り継がれている。


 そんな戦わない理想を、サーリは抱いていた。


 夢物語の幻だと言われるだろう。

 だが、サーリは前例があると反論する。

 実現できるかと問われるだろう。

 それでも、成し遂げてみせるとサーリは答える。

 覚悟があるかと疑われるだろう。

 迷うことなくあるとサーリは断言する。


 不確実な道筋でも、踏み出さなければ決して辿り着けない。

 あとは、突き進むだけである。



『ゆっくりと開けるよ』



 地の精霊でなければ動かせない仕掛けを操作するために、プロソデアは下層にいる。

 その声にサーリは決意を胸に「はい」と応える。


 重苦しく石が擦れ合う音を響かせながら、壁が下がり始める。

 可動部の隙間に詰まっていた砂が舞う。

 だが、開いた隙間から明かりが見えない。

 新鮮な外の空気が風と共に吹き込んで来ることもなかった。



「まだ壁があります。おそらく祭殿の石垣です」

『やはり外壁の石積みは、修繕のために後から作られたようだね』

「ですが、わずかに風の流れがあるので、精霊に外の様子を探らせます」

『気をつけて――』



 サーリは風の契約精霊に意識を向けた。

 プロソデアの声が遠退いたのは、風の精霊が力を発揮するため、プロソデアとの声の伝達に従事させていた通訳精霊を内に戻したからである。


「タギーダ!」


 サーリが風の精霊の名を呼んだ。

 ベルトケースに納められた宿玉から煙のように精が流れ出し、凜とした優美な男の姿が現れた。


〈ご命令を、サーリ様〉

「外の様子を探りなさい」

〈このような小さな隙間では、出られませんな〉

「宿玉は置いていきなさい」

〈ああ、なんという冷たいお言葉。サーリ様との永劫なる別れは嫌ですぞ〉

「つまらない冗談は不要です」



 凜と響く声でサーリはタギーダを叱責した。

 総じて精霊は長命であり、人間に比べて多くの経験と記憶を有しているのだが、どこか幼稚な面がある。わがままを言い駄々をこねるのである。

 だが、それを許容せず、強い意志を示して命じなければ精霊との関係は続かないのだ。



「音を拾いなさい」

〈それならば〉



 風の精霊タギーダが腕を触手のように細長く伸ばして石垣の隙間へと差し込んだ。

 集音マイクを近づけているようなものである。

 そして、微かな音がタギーダによって増幅され、サーリの耳に届けられた。

 声が聞こえる。

 トルプと、初めて聞く誰かとの会話。

 遠いだけでなく隙間が小さいために、所々声は途切れる。

 声の主は、プロソデアが言っていた救世の勇者だとサーリは想った。

 しかもどうやら、トルプ達は契約精霊を失ったようなのだ。



『――ですから戦うのは僕とファロウの二人です』

『なるほど、光の霊獣も共に戦うというのでは、手加減はできないな――』

『――ですから僕は、ファロウの助言を受けて戦うのです』



 少年が口にした名に、サーリはハッとした。

 光の霊獣の名はファロウだという。

 ファロウとは、ニチェア・モーティスの守護騎士の名である。

 気まぐれの偶然ではなく、運命という必然だとサーリは思った。



『――生け捕りにせよ。だが、あくまで抵抗するならば、殺しても構わぬ』



 トルプの言葉に、有余はないとサーリは悟った。

 サーリは心の中でタギーダに命じる。

 プロソデアに声を届けろと。



「プロソデア様、救世の勇者を助けます。この石積み、壊してください」

『分かった。シディロウに破らせる』



 少し遅れてプロソデアの声が届いた。

 理由を聞かずに決断してくれた師にサーリは感謝し、仲間を振り返る。



「ゾタニ、行ける?」



 サーリは最年少の仲間を見詰める。

 天の騎士団では実力不足だと言われた少女だった。

 お飾りの第七護衛騎士隊ならと連れてこられた時から、不安そうにしていた。

 入隊を断ればゾタニが騎士になる道は閉ざされていただろう。

 だがサーリは、彼女の目の奥に宿る強い意志の光を信じたのだ。


 その判断は正しかった。

 武術の腕はきちんと教えるとすぐに上達したのだ。これまでの教官はどんな指導をしていたのか疑問に思うほど、ゾタニの素質は素晴らしかった。

 だが仕合では、しごかれ叩きのめされたトラウマのため、萎縮して実力を発揮できずにいた。

 そんなゾタニを同行させたのは、旅の経験によって心身の成長を促すためだった。想定外の状況となったが、地下迷宮に落とされ、精霊を使えないという特異な情況で共に行動できたという経験が自信になったことをサーリは期待している。



「もう平気。今度は精霊も使えるし」

 ゾタニの表情から卑屈な影が消えているのを見てサーリはうなずく。


「モーティス騎士団の初陣だ。皆心せよ」

 表情を引き締めたサーリの言葉に、全員が声を上げて応える。

 その声に合わせたように、音を立て石積みの壁が崩れた。

 光が差し込む。

 外への出口が開いたのだ。



「続け!」

 先頭切ってサーリが飛び降り、精霊に命じる。

 即座にアグリアが続き、ゾタニの肩を叩いてシーニも外へ出る。


「タギーダ!」

 背後に現れた風の精霊タギーダにサーリは抱きかかえられ、飛んだ。厳密には放物線を描く緩やかな落下である。



「行きましょう」

 ロソチの声にゾタニはうなずき踏み出す。

 二人は同時に飛んだ。



 サーリは振り返らずに、全員が遅れずに付いてきているのを感じていた。

 目を向ける先は、祭殿の正面。

 ざっと見渡して、天空遊撃隊に取り囲まれている一人の少年と光の霊獣、そして五人の風の騎士の姿が見えた。

 メノスに跨がるトルプ・ランプシの姿は、少年の前にあった。



「包囲を割る!」



 タギーダの起こす風を先陣に、サーリは少年とトルプの間に割って入った。

 直後に着地したアグリアが火の精霊を呼び、火炎を生み出して怯ませ、風の騎士の前に割り込む。

 シーニは包囲の輪を割くように精霊によって突風を吹かせる。

 場が膠着する前に動いた部隊はロソチが精霊に風圧を起こさせて牽制する。


 風の騎士を人質にしようと動いた俊敏な騎士をゾタニが体術で投げ飛ばし、剣を奪って遠くへ投げ捨てる。お飾りのおまけ騎士と揶揄していたゾタニの技に動揺したのか、騎士達は動きを止めた。


 場が収まったと判断したサーリは、隣に風の精霊タギーダを従えたまま、左手を鞘に添える。四人の仲間も同様に、多勢の天空遊撃隊に精霊の力を示威し、剣を抜く気構えによって戦う覚悟を示したのだ。


 今はこれしか無いと、サーリは思っていた。

 精霊の力を背景にした威圧に過ぎない。

 力によって戦意を封じる事しか出来ていない。

 それでもサーリは、誰も傷つけかなかった結果に満足した。

 トルプは動揺して静止し、他の騎士達も動きを止めた。



「どういうことだ」

「我等モーティス騎士団。故有って助勢する」



 初めてだった。

 公に宣言したのは。

 心に力が湧き立つ。

 すべてはこの日のため。

 後戻りが出来ない理想を追い求める苦難の道程が始まる。

 それでも軽やかな心の充足を、サーリは感じた――。


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