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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第4章 世の表裏
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4-01 精霊の力

 風の祭殿の地下迷宮。

 行き止まりの部屋のような広い空間を、LEDランタンが照らす範囲は狭い。

 ユートはバックパックからレジャーシートを出して床に敷くと、居残り組の道連れとなったアグリアを見た。



「ずっと突っ立ってるのもなんだし、座るかい?」

「ではありがたく」


 ユートのすぐ隣に、アグリアが座った。

 肩を抱ける距離に座られ、無防備すぎるとユートは緊張した。



「君は、良かったのか?」

「ゾタニが言ったことなら、気にしなくていいって」

「おじさんと呼ばれるのには慣れている。子どもがいるしね」

「へえ。子持ちなんだ――」

「ダメな父親だけどね」


 意外そうな表情を見せたアグリアにユートが自嘲を浮かべて見せたのは、謙遜ではなく事実だと念を押すためであった。

 だがすぐに、余計な事を口走ったと後悔したのである。親であれば子どもの手本として振る舞うという倫理観は幻想だと、言った後に気付いたのだ。



「俺は一人で待っていても良かったんだ。淋しいと言ったのは、半分冗談だから」

「サーリの思惑通りだよ」

「初めから君が残る予定だったと?」

「そう。ゾタニはすぐ弱音吐くんだ。こういう極限状態でさえ必死になれない。筋はいいのに契約精霊の力が弱いからって、少し卑屈になっているところがある」

「卑屈か――」


「それを見透かされているから、契約精霊も本気を出さないってところもある。あの子が自分で思っている限界が実は本当の限界のずっと手前にあると悟らせる、いい機会だとサーリは判断したんだよ」



「サーリは、やはり優秀な人なんだな」

「分かるのかい?」

「直感しただけさ」

「あんたも感覚重視で生きているんだ」

「屁理屈の方が多いけどな」

「ふふ。やっぱり面白いね、ユートさんは」

「俺は単に、息子に見られても恥ずかしくない生き方をしたいだけさ」

「なら、安心だ」

 言うなりアグリアは寝そべる。

「しばらく寝てなくてね。少し眠らせてもらうよ」


 ユートはバックパックからエマージェンシーシートを出した。

「寝ると体が冷えるだろうから、これを掛けるといい」

「優しいんだな。ありがとう」

「野暮なだけさ」



 寝そべって目を閉じているアグリアの体に、ユートはそっとシートを掛ける。

 アグリアは無警戒であり、俗に言う据え膳食わぬはなんとやら、という情況である。


 誘われているのではない。

 試されているのだ。

 それは間違いないとユートは想っていた。


 理由はある。


 皆の足手まといにならないように居残り役になるとユートが言った直後、天の騎士が口封じのために地下に降りてくる可能性を想定したプロソデアは、護衛を一人残すように言ったのだ。


 初めに居残りを命じられたのは、ゾタニだった。


 だが彼女は、「おじさんと暗闇の中二人きり」は嫌だと頑なに拒んだのである。


 そのため、アグリアが代わりに残ることになったのだ。

 彼女は、赤みがかった金髪ポニーテールの美しい女性で、サーリが描いた地図を一目見て暗記し人間コピー機のように模写してしまう才能だけでなく、騎士としてサーリに次ぐ実力があるという。


 とはいえ、契約精霊が使えない地下迷宮の中なら、純粋な剣術ではアグリアを上回るというゾタニでも護衛役は十分務まるのだ。

 それでもアグリアが残ると初めから想定していたのなら、別の危惧をしていたのだとユートは悟った。

 要するに、ユートが情欲に負ける男であった場合である。


 ゾタニに嫌がられたのも、暗がりに乗じて痴漢や強姦をするような男だと思われたというのが真相のようだとユートは気付いたのだ。それほどまでに、女性にとっては危険人物だという雰囲気を、ユートが醸し出していたことになる。


 仮に二人だけという状況を利用しユートがゾタニに関係を迫った場合、彼女が初めから抱いていた嫌悪感も手伝い、身を守ろうとして殺されてしまう可能性が高いのだ。そうなれば、モーティス騎士団の主義に反し、ゾタニは挫折の道に落ちてしまうことになる。


 だから、アグリアなのだ。


 初対面の男の横で無警戒に寝てしまう胆力があるアグリアには、何か有っても適当にあしらえる、技量と心構えも備わっていることになる。だが同時に、ユートの人間性が試されていたのである。


 ユートは、LEDランタンの照度をLOWにした。

 ムードを高めるためでは無く、節電のためである。

 そして、立てたバックパックを抱きかかえてその上に頭を乗せ、目を閉じる。アグリアの隣に寝そべるのは、理性と主義に反するからである。

 そして、何か有ればすぐに起きて、アグリアを護ってみせると、ユートは心に決めていた。


 だがユートは、眠れなかった。

 考えるべき事が沢山できたからである。

 女性を不快にさせるオーラを纏っている要因を、見出したかったからである。

 よこしまな情動をさらけ出す危険人物に見られていた現実を嘆き、改善する方法を模索した。

 だが、どうしてそう見えるのか、いつからそう見られていたのか、どう改めればいいのか、それらを考えても良案は浮かばなかった。

 そしていつしかユートは眠っていた。


 半日ほどの時が経った。

 覚醒の縁に上がったユートの意識が、光を感じた。

 暗闇の地下迷宮にいるはずという違和感に、ユートが目覚める。

 

 目を開けた顔を上げたユートは、壁の明かりに照らし出された地下迷宮の様子を見回した。

 すぐに、プロソデア達が石壁の光精石を点灯させる仕組みを修復させに行ったのだという記憶が、ユートの脳裏に蘇った。


 立ち上がろうとしたユートの背中で、カサっという音が聞こえた。

 振り返って背中から滑り落ちたエマージェンシーシートを見たユートは、自嘲の入り混じった苦笑を浮かべた。

 何か有ればアグリアを護るつもりでいながら、結果は護られていたと知ったからである。


「情けない」


 だがそれが、ユートの立ち位置であった。

 七人の中で、最も弱く、護られる立場にいるのが現実だった。

 ゆっくりと立ち上がったユートは、不自然な体勢で眠って固まった体をほぐしながらアグリアの姿を探した。


 微かにヒュッという鋭く風を切る音が聞こえてくる。

 部屋のような行き止まりの部屋のような空間から出た通路の方からの音だった。

 ユートは点いたままのLEDランタンのスイッチをオフにして、行き止まりの部屋から通路に出た。

 そこでは、アグリアが剣を振っていた。

 聞こえていたのは、剣が風を切る音だった。



 耳に心地良く、剣舞のように美しい身のこなしだった。

 ユートが通路に姿を表すと、アグリアは動きを止め、剣を鞘に収めた。



「起こしたかな?」

「起きたのさ」

「なら、良かった。ユートさんも慣れない世界に来て、疲れが溜まっていたんだろうね。地下だから分からないだろうけど、日が変わって今はもう朝だよ」

「自堕落な寝坊助なのさ、俺は」


「出来る時に出来る事をするのが基本だから、いいんじゃない。あたいも、サボる時はサボるから」

「その割には、熱心だ」

「剣を振っていると無心になれるし、剣術はあたいが一番下手だからね」

「下手には見えないが――」


 ユートは不意に異変を感じた。

 静寂が訪れたのだ。

 これまでも静かだったが、無音でありながらどことなくざわめくような感覚があったのだ。それが消え、静かになった。



「あれ? 変わったね――」



 アグリアがユートの背後に続く、通路の奥へと視線を向けた。

 程なく、遠くから、ターンターンと石の床を蹴る音が聞こえる。

 通路の角から、誰かの姿が現れる。

 そう思った時には、ユートの目の前に迫っていた。

 サーリだった。


 サーリが立ち止まると、ユートの周りを風だけが吹き抜ける。

 息が上がっている様子もなく、昨日よりも圧倒的に速い走りに、ユートは驚いていた。

 そしてサーリの表情から柔和な雰囲気が消えており、決意と覚悟に引き締まる適度な緊張を湛えていた。



「精の流れに乱れが生じました。外で何かが起きたようです」

「ああ、やっぱり。精霊も使えるんだね」

「宝珠が持ち出されたのだと、プロソデア様は予想しました」

「まさか――」

 ユートが危惧したのは、トーマが到着して持ち出したか、リシアが焦って結果を求めた、可能性だった。


「プロソデア様が隠し扉を開くので、私達は外の様子を確かめに行きます」


 何か言いかけたユートは、サーリに穏やかな眼差しを見て、言葉を飲み込んだ。


「俺は待たせてもらうよ」

「ユート殿は、地下迷宮に落とされた最初の場所に戻って待っていて欲しいとの事です。後ほどプロソデア様が迎えに行くと仰っていました」

「ちゃんと気遣ってくれるのが嬉しいね。君たちは、気をつけて」

「では、地図とこれを」


 サーリから差し出された、スケッチブックの地図と二つのヘッドランプをユートは受け取った。



「じゃ、ユートさん、またね」

「気を付けて」



 サーリとアグリアが地下迷宮の奥へと駆け出す。

 風のようだった。

 二人の姿はすぐに見えなくなり、足音も遠くに消えた。


 一〇〇メートル走の金メダリストよりも速い。

 人間でも精霊の助力を得れば、恐ろしい程速く走れる。車やバイクでなければ並走できない程の速度である。鍛えたところで埋められない、圧倒的な差である。

 わずかに燻っていた功名心を、ユートは捨てた。

 みんなの邪魔をしないようにするのが最善策だと心底思い知らされたのだ。


 ユートはスケッチブックを開いた。

 改めて自分が初めに地図と、サーリが描いた地図を見比べる。

 子供の落書きと測量のプロが描いた程の差がある。

 ユートは思わず笑っていた――。


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