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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第3章 五叉路
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3-09 音頭取

 ユートは深呼吸をした。

 心を落ち着かせ、サーリを見る。

 先駆者と経験と情報を共有すれば、無駄が省ける。

 だがそれよりも、すでに地下迷宮の攻略法を見付けているのを期待した。



「君たちはどれくらい彷徨っている?」

「五日になります」

 それでも出口が見つからずに、また戻ってきたというのだ。

「難題だな」

「それは苦労を掛けたね、サーリ」

「お陰で地下迷宮の調査ができましたから、プロソデア様の役に立てます」

「ありがとう、サーリ」


 二人だけの親密な雰囲気を、ユートは手で払う。

「ポジティブシンキングはいいが、俺は無駄な苦労はしない主義なんだ。だから、ここに落としてくれたトルプに感謝なんかしないし、ゾネイアがプロソデアを厄介払いしたから俺が助けられたのだとしても感謝はしないし、すべきじゃない」


「ですが、恨んだところで何も生み出しません」

「分かっている。心の内で感謝するのは構わないさ。けど、本人に言えばつけあがる。嫌味を言って嫌味と受け取ってくれない恥知らずも結構いる。ゾネイアはそう言う手合いだ」


「やはりユート殿の人物鑑定はすばらしいですね」

「誉められると俺は調子に乗ると言わなかったか? だから止めてくれ」

「そうしましょう。それでサーリ、地下迷宮の様子はどうでした?」


「全部で三階層あります。複雑ですので言葉での説明は難しいでしょう」

「ユート殿、紙と筆記用具を貸してください」



 プロソデアに言われ、ユートは手に持っていたスケッチブックと鉛筆をサーリに手渡した。

 ヘッドランプで照らす中、サーリは左手にスケッチブックを持ち、線を描き始める。


 迷いのない筆運びで、線を描き出していく。

 白紙の紙に描き出されていく線を見ながら、プロソデアは時折唸ったり、うなずいたり、感嘆の声を上げる。

 見守っていた全員が疲労を感じるほどの時間が経過したが、サーリの集中力は途切れる事なく、スケッチブックを見開きで計六枚使い、地下迷宮三階層分の地図を仕上げてしまった。

 しかも見るからに正確で、ユートが描いていた地図とは、雲泥の差があった。


 各階層の地図は、渦巻きを描いたようであり、バラの花びらの輪郭を模したようでもあり、年輪や葉脈を模したようでもある。

 階層ごとに形は異なっており、一階層は堅牢な印象、二階層は奔放な印象、三階層は精緻な印象となっていた。


 空白部分が半分近くあるが、そこは行けなかった場所である。



「シーニはこれをどう見ましたか?」

「精紋だと見ています」

「やはりそう見えますか」

「この地下迷宮と地上を合わせた巨大な紋様こそが、噂に聞く祭殿紋なのでしょう」


「複合精紋ですか」

「そうです。精を集める集精紋、精を封じ込める封精紋、精を発散させる放精紋、精を吸収する吸精紋、それらが複合的に相乗効果となるように配置されています」


「初めて見ました」

「私もだよ、シーニ」



 難問に挑む天才少年のように嬉々とした表情をして、プロソデアは地下迷宮を指でなぞるように見入っている。

 サーリが描いた三枚の地図は、階層ごとの位置関係が一致しているため、重ねてライトで透かせば通路の重なり具合も分かる。



「恐らくサーリ達が行けなかった場所は完全に分離されているのでしょう」

 言いながらプロソデアは、地図の三箇所に丸を付けた。


「ああ」とシーニが納得したようにうなずいた。

「祭殿紋の機能を損なわず、修繕のために出入り出来るとすれば、この三箇所です」



 何十年何百年も使っていれば、何処かは劣化か風化で壊れる。

 定期的な修繕は、必要になる。

 そのためのメンテナンスハッチのような物を探そうというのだ。



「ですが、久しく使われていなかったのでしょう。この精紋は少し壊れています」


「点検項目はリスト化してルーチン化してなかったのか?」

「秘伝なのでしょう。数千年に渡って口伝継承されるなかで、失伝したのだと思います」


「本質が抜け落ちて表層だけ伝わるというのは、良くある話だ」

「精紋が壊れていた上に人間という宿玉を得た事で、精霊王は祭殿から出たのでしょう」

「今起きている問題は、偶然の産物という可能性もあるのか」

「ですから祭殿の仕組みを調べれば、精霊王と少女を分かつ方法が分かるかもしれません」


「光明が見えてきたのか」

「そうです。明かりを点け、そして祭殿紋を直して外に出ましょう」



 微妙に言葉が通じていないようだとユートは思ったが、プロソデアの思考は既に先へと向かっているようだった。

 壁の他とは異なる石を叩いた。



「壁に光精石が埋められています。精の流れが断絶した箇所を修復すれば、地下迷宮のようなこの祭殿紋の経路を照らしてくれるでしょう」


「優秀な仲間が居るというのは嬉しいね。無知で無力で無能な俺一人だったら、早々に飢え死にしていただろうな」

「そんな事ありませんよ。ユート殿にはユート殿だけにしかできない事もありますから」


「なあプロソデア。慰めはいらないぜ。俺は何も、自分の今を悲観している訳じゃないし、俺に出来て君たちに出来ない事があるのも知っている。だから、親友ならそういう言葉は言わないんだ」


「ではなんと?」

「例えば『これは貸しにしておくからいつか返せよ』とか」

「私が何を貸した事になるのでしょうか?」


「サーリ。君はこんな男が師匠で、苦労しただろう」

「いいえ。プロソデア様はとても優秀なのです。天の領域で、いいえ、タタ・クレユ全体を見渡しても比類する者が居ないほど、素晴らしい人なのです」


「だが、軽口の一つも言えない」

「嘘を言わない真摯な方なのです」


「俺は軽口ばかりだから、嘘まみれなのかな?」

「そうは言いませんが」

「だからプロソデアは、俺と相性がいい。唯一無二の親友だ」

「そうかもしれません」

 プロソデアの口調はしみじみとしていた。



「そこは『自惚れるな』とか『悪友の間違いだろう』と言うべきだ」

「そんな心にも無い事を――」

「もっと人生気楽に行こうぜ。それが俺の本気さ」



 プロソデアは虚を突かれたように絶句している。

 気楽に本気などと矛盾する宣言は、ちゃらんぽらんで軽薄な奴と言われるのが普通である。

 気楽にと言うのを、リラックスしてとか自然体でと言い換えた方が恐らく多くの人に伝わることは、ユートにも分かっている。だが、力むな前のめりに意気込むなというようなありきたりな表現を用いるのは、ユートにとっては定番過ぎて面白くなかったのだ。



「ユートさん男前だねえ」

 アグリアは悟ったらしく、うなずいている。


「分かる人には分かるようだな」

「しかし、一つ間違えば世界が滅ぶというのに、気楽にとは――」

「プロソデア様、ユート殿は、固くならずに力を抜けという、剣の極意と同じ事を仰っているのだと思いますよ」

 サーリのフォローは、的確だった。


「あたいもそう思う。だからどうにかなるって」

「そうか。二人がそう受け取ったのに私は、ユート殿が深刻な情況を理解していないのだと思ってしまった」

「プロソデアの見立ても合っている。俺は君たちほどこの世界を知らないから、どれほど深刻なのかは知らない。けど、俺が何しに来たのか忘れないでくれよ」


「そうでした。すみません」


「なんか、脳天気な人が二人になると、疲れそうだわ」

「ゾタニ、あなたはそんなの気にもしないでしょうに」

「うん。まあね」


 シーニは必要最小限しか語らない寡黙な女性であり、ロソチは問われなければ意見を口にしないという態度を保っている。

 モーティス騎士団とは、そういう個性的な人材を集めている。

 同じ視点と意見を持つ者だけが集まるような、心地よい同調を生まない組織。

 そういう個性を認めてまとめているサーリの度量は広く、優秀なのだ。


 対してユートは無才だと自覚している。

 だからといって、悲観はしていない。

 向こうの世界の知見を元にした視点からの意見を言えば、少しは役に立つと考えているのだ。


「じゃあ、地下迷宮攻略と行こうか」


 苦難を楽しむように、ユートは率先して口火を切る役を演じた。

 唐突に主導的立場となったユートを、皆が驚いて見つめた。

 だがすぐに落ちは着く。


「という訳でプロソデア、後は任せる」


 苦笑するプロソデアに向けて、これが最善だろうというようにユートは微笑んだ。


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