3-08 探究心
「一度情報を整理したい」
意識を切り替えて提案したユートに、反対する者はいなかった。
「まず、ゾネイアの事だが、世界統一学派とは何だ?」
プロソデアはゆっくりとうなずいてから口を開いた。
「タタ・クレユが五つの領域に分けられているのが不自然で、争いの根幹がそこにあるという考えから、世界を再び一つにまとめる方法を研究する人の集まりです」
「世界統一というのは甘美な理想のようで、世界征服と言い換えられる強迫思想だな」
「やはりユート殿は素晴らしいです。端的に本質を見抜いてしまうのですから」
「そんな風に言われると、俺は木に登ってしまうだろう」
「どうして木に登るのです?」
「気にしないでくれ。一部の人にしか通じない冗談だ」
「それは残念です。いずれどういう理由なのか教えてください」
「余力ができたらいいぜ」
「ではいずれ。話を戻しますが、天の領域の王、つまり天の王が世界の王を自称しているのですが、これも世界は統一されるべきだという思想に基づくので、学派としては最大です」
「賛同者が多ければ正しい訳でもないし、多過ぎれば細かい意見の違いで内部分裂するだろう」
「その通りです。議論する中で、あえて逆説を用いて論拠の抜けをあぶり出す方法があるのですが、その一つに、中央大樹に四大精霊王を集め、融合させてひとつの大精霊王にするという考えがあるのです」
「危ういな」
ユートは、その方法が帰結する先の危うさを見ていた。
否定を否定して真実を見出そうとするのは弁証法にある。
正対する立場を演じてディベートによる思考実験とも言える。
だが、プライドと自尊心が高い者同士が対論をぶつけ合えば、相手を言い負かす事を主眼に置くようになる。本来の主旨を逸脱し、自らの才能を示すために、論述を磨き論戦に勝利することが目的になりかねないのだ。
いつしか自己暗示に似た信念により、主旨を見失い、正論と信じてしまうようになる危険性を孕んでいる。
そうならないためには、対論をぶつけ合う喧嘩腰の議論ではなく、目的を主軸に据えつつ、視点を変えながら方法論を見つめ、目的に到達するかという観点で議論しなければならない。
「その通りです。その方法は一般に信じられている世界が滅ぶ条件を満たすため、異端にして禁断の思想とされています。ですが、裏付けを探して正しさを証明する研究は続けられているとの噂を聞いています」
「ゾネイアの根底の思想はそこにあると?」
「はい。風の精霊王が祭殿を出た極めて稀な事象を有効に使い、四大精霊王を中央大樹に集めようというのは、考えの一つとして持っているでしょう」
「失敗できない情況で実験はさせられないな。世界が滅べば取り返しが付かない」
「安心しました」
「ん?」
「ユート殿は、タタ・クレユが滅んでも構わないという考えをお持ちなのかと思っていました」
「あれは、トルプの覚悟の程度を測ったんだ。世界が循環していようが、輪廻転生があろうが、今生きている人々の人生はたった一つの人生だ。思い上がった人間の道楽で強制終了させてはいけない」
プロソデアが笑みを浮かべた。
すでに見慣れた金の目は、穏やかである。
そして、ユートがトルプを測ったように、今度はプロソデアがユートの為人をはかろうというのだ。
「トルプ殿を、どう見ましたか?」
「ゾネイアよりは分かりやすい。単純だというよりは、簡潔だと言うべきかな」
「では、ゾネイア博士はどうでしょう」
「ある意味、無邪気で純粋なんだろな。ただ、思い込みも強いように思う。自尊心が邪魔をしているようだが、尊大ぶる心理の裏は劣等感だ。その点では、ゾネイアとトルプは同類だろう」
「いやあ、すごいねえユートさん。あたいが漠然と感じていた事を簡単に説明してくれたよ」
拍手しながらアグリアは、満面の笑顔を見せている。
「美人に誉められると有頂天になるが、末路は転落の人生だな」
「あたいは持ち上げて貶めたりしないよ」
「俺が浮ついて足元を見失うだけさ。アグリアは素直ないい人だと思っている」
「そうやってあたいを落とすつもりかな?」
「落ちてくるなら俺は優しく受け止めよう」
「それなら、あたいは心置きなく高みを目指すよ」
「だったら俺は、下から声援を送る事にする」
「う~ん。あたいの負けかな」
「勝敗なんてないさ」
「面白いお考えですね」
「変わり者と言われて久しい俺だが、あまり肯定されると、ひねくれ者の俺は前言撤回して真逆の事を言い出すから気をつけてくれよ」
目を輝かせながらサーリは、微笑んでうなずいた。
「では、ゾネイア博士の話に戻しましょう」
「どこにどう戻ればいい?」
「世界統一学派の、異端とされる考えの実践についてです」
困惑を誤魔化すように、ユートは頭を掻いた。
「人の思考を一〇〇パーセント言語化はできないんだ。言葉や文字に置き換えた思想の正しさだけを見ていると、現実から乖離する。それを机上の空論とか、頭でっかちな考えと言うんだ」
「的確な指摘ですね」
プロソデアは考え込むように口を閉ざした。
世界が滅ぶかも知れないリスクを知りながら、精霊王を中央大樹へ近づける訳には行かない。
必然的に世界を救える可能性があるのは、宝珠を使う方法となる。
しかしそれでは、ルリを救えない。
手詰まりだと諦めかけたが、その前に本質を知るべきだとユートは気付いたのだ。
「プロソデア、宝珠とはそもそも何だ?」
「巨大な吸精石と見えました。壁の彫刻すべてを調べてはいないので確かな事は言えませんが、周囲から集まった厖大な精があふれ出て天へと昇っていました。人が精霊王を祭殿に留め置くための仕掛けだったのでしょう」
「その宝珠を、トルプはどうするんだ?」
「王宮精紋に囚われている精霊王に宝珠を捧げるのです」
「それでどうなる?」
「最終的には自我を失い、意識が四散し、精を留め置けなくなり、宿玉となった少女と共に世界の根源たる精に還元されて消滅と思います」
「それでこの世界は救われるのか?」
「伝承による滅びが回避できるだけです。精霊王の消滅によって精の均衡が崩れますから、一時的に世界は荒れるでしょう。最善の方法はやはり、祭殿にお戻り頂く事です」
「保守的な考えだが、それが妥当なんだろうな。トルプはそれを知らないのか?」
「精霊王を祭殿にお戻しする方法が分からないからこそ、宝珠を用いた方法を実行すると決断したのだと思います。世界を滅亡から救えと言うのが、天の王の命令ですから」
「愚直な訳か。だが、トルプとは話せば分かり合えそうだ」
「難しいでしょう。王の命令に背いてもすべきとトルプ殿が確信する何かが無ければ、命令を遂行するでしょう」
「ギリギリまで待ってくれと言う交渉はできないのか?」
プロソデアは難しい表情を見せた。
「いずれ王宮精紋は機能しなくなり、風の精霊王は抜け出して天の領域へ向かいます。領域の境界に精霊王の侵入を防ぐ備えはあるとは聞いていますが、誰も試していないものですから、過信は出来ません。天の領域を守りまた世界を守るため、打てる手立てはすべて打つべきとトルプ殿は考えているでしょう」
「そうなると宝珠をいつ持ち出すかだが、その猶予はありそうだな」
ルリを助けられると納得しなければ、リシアは宝珠を持ち出さないと、ユートは考えていた。
つまり、納得するためには会話が必要であり、そのためにはリシアが言葉を習得しなければならないはずだった。
「救世の勇者と言われる少年がここに向かっています。明日か明後日には着くと思います」
プロソデアの指摘に、ユートは歯を食いしばる。
救世の勇者はトーマのはずである。
トルプの話法に騙されて宝珠によってルリを助け出せると信じれば、トーマが宝珠を持ち出すのは間違いない。
祭壇の間の彫刻を見てプロソデアのように気付けなければ、疑問を抱く余地はない。リシアと会話ができれば別だが、トルプならば二人が会わないようにするのは間違いない。
すぐにでも地下迷宮から脱出しなければいけないと、ユートは焦るのだった――。




