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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第3章 五叉路
23/97

3-06 繋ぎ手

 祭殿真下の地下迷宮。

 何者かが近づいてくる気配がする。

 二人、三人――それ以上。

 トルプの部下が殺しに来たのだと、ユートは緊張に汗ばむ。

 精霊が使えない情況では、プロソデアの優位性は薄れる。

 微かな衣擦れの音が、すぐ側で聞こえた。

 プロソデアが左手を剣の鞘に添えた音である。


「そこに居るのはどなたですか?」


 均衡を破ったのは、相手の方だった。

 ユートの予想に反して、女の声だった。

 音の反響具合から真正面では無く、暗闇の通路の先が曲がっているようだった。

 プロソデアが緊張を解いたように、雰囲気が和らいだ。



「その声、サーリですね。私です。プロソデアです」

「プロソデア様! 今そちらへ行きます」

 弾む声がして駆ける足音が近付いてくる。


「味方です」



 プロソデアがヘッドライトのスイッチを入れるのに倣い、ユートも点灯する。ユートとプロソデアが照らす光の中に現れたのは、五人の騎士だった。

 光に混じって輝くような金髪は美しく、それぞれ異なる雰囲気を纏い髪型も異なっているが、皆美人である。



「この世界の女性と初めて会ったが、いい世界じゃないか」



 天の騎士やプロソデアの服と似たデザインであり、腰に剣を下げていることから、彼女達も騎士だと分かる。

 服に水色の線が入っているのが、違いである。


 サーリと呼ばれた先頭を来る女性がリーダーで、最も金色が濃い髪色で、それを一つに編んで背中に垂らしている。聡明さを宿す目の輝きに、無駄がなく気品さえ漂わせる所作が優美だった。



「すみません、この方はどなたでしょう」

「ノイ・クレユから来た、ユート殿です」

「それは……失礼しました。私は天の騎士団所属のサーリと申します。女性ばかりで構成された部隊を率いています。プロソデア様の教えを受けた者です」

「そいつはご丁寧にどうも。ユートだ、よろしく。さっきのトルプという野郎とは偉い違いだ。それはそうと、君たちは何処からここに入ってきたのか教えてくれないか?」



 友好の笑みを浮かべてユートが語りかけたが、彼女たちは全員キョトンとしている。

 言葉が通じないのだ。



「すまない、サーリ。共有をしよう」

「はい」



 うなずくサーリにプロソデアが近付くと、再会の抱擁をするように、サーリを抱きしめる。キスをするような顔の近さに、ユートは動揺を見せるが、他の四人は平然としていた。

 よく見れば、抱き合っているのではなく、右手を相手のベルトに当てているだけだった。お互いの左手は相手の右手に重ね、分からない言葉で囁きあっている。

 少ししてプロソデアから腰に回した手を外し、離れた。



「お待たせしました、ユート殿。これで会話ができるでしょう」

「どういう事だ?」

「私の精霊をここでは分けられませんし、それだと何かと不便ですので、ディミが覚えた言葉を彼女の精霊と共有させました」

「そんな事もできるのか」

「この場でなければもう少し、楽にできます」


「役得だったという訳だ」

「ヤクトク?」

「気にしないでくれ。冗談だ。それより紹介してくれよ」

「私の教え子達で、今回ゾネイア博士の護衛として選別して連れてきた、騎士です」


「腕は立つのか?」

「はい。私の知る限り、騎士の中では上位に入ります」

「あのトルプ何たらという奴よりも?」

「サーリが本気になれば勝てるでしょうが、仕合ならば負けるでしょう」


「本気になれない事情でも?」

「彼女たちは、モーティス騎士団を称しているのです」

「プロソデア様、それは――」

 サーリと呼ばれた女性が困惑した表情を見せた。


「トルプ・ランプシ殿が祭殿にいた。関わった以上、君たちは覚悟を決めなくてはならない。志を秘めて死んだように生きるか、胸を張って宣言して困難を活きるか」



 プロソデアは、毅然とした顔をサーリに向けた。

 甘えとも言える中途半端な情況から決別しろというのだ。

 サーリが覚悟を問うように四人の仲間を見と、全員が真剣な眼差しとなり、うなずく。向き直ったサーリの表情は、吹っ切れたような清々しさを纏う輝きに溢れていた。

 その真っ直ぐで外連味のない表情に、ユートの心は清められるような爽快さを感じていた。



「改めて自己紹介を致します。私はサーリ・フォルネと申します。天の騎士団第七護衛騎士隊の隊長をしておりましたが、今よりモーティス騎士団の団長を称させて頂きます」

「おお、いよいよだねえ、決起式にしては地味だけど」


 少し赤みがかった金髪をポニーテールにした女性が手を叩いた。

 緊張していたような雰囲気が緩み、彼女たちの表情が笑みを取り戻した。


「あたいはアグリア」


 彼女は人見知りをしないらしく、極めて友好的な態度を示し、ユートに屈託のない笑顔を向けた。


「それでこっちが副団長」

 アグリアが隣に立つ女性を指した。


「シーニと申します」

 ショートボブのヘアスタイルで、少し薄い金色の女性である。

 冷静沈着さを感じる人物で、立ち位置と声を発する間合いの取り方が絶妙だった。優秀な中間管理職として適任のようである。


「ワタシはロソチと言います」

 紹介の前に名乗ったのは、やや黒っぽい金髪の女性だった。

 寡黙な雰囲気を纏っている。生真面目そうだが堅さは見えず、マイペースを保てる柔軟さが感じられる。


「あたしは、ゾタニ」

 青く見える長い金髪をまとめて頭の後ろに止めている女性である。

 所作に無駄がないように見えるが、少し不機嫌そうにしている。

 睨まれているのかと思ったがその視線の先は、何やら会話しているプロソデアとサーリに向けられていた。


 ユートは五人の美女を見比べるように流し見ると、緊張をほぐすように咳払いした。



「俺はユートだ。ふらふらっとこっちの世界に迷い込んだ旅人さ」

「面白い御方ですね。プロソデア様と気が合っているのが分かります」


 サーリが柔らかな微笑みを浮かべている。


「何て言ったんだ?」

 アグリアの問いにサーリが仲間の方を向いた。

「この御方はユートというお名前で、タタ・クレユに迷い込まれたそうです」



 自分が言った言葉をサーリが意訳して語るのを聞きながら、羞恥の棘で心が刺されるような思いをユートは抱いていた。

 聞いた三人が気の毒だと同情する表情を見せると、ユートは恥じ入るように俯いて頭を掻いた。

 だが、一人アグリアだけは大声で笑い出したのだ。

 サーリの言葉だけを聞けば不謹慎だが、ユートが話した時の態度から、冗談交じりのおどけと悟ったのだ。

 アグリアの笑い声に気を持ち直したユートは顔を上げ、感謝の微笑みを返し、プロソデアの肩に腕を回した。



「それでプロソデアと出会ってすぐ、親友になった。なあ」

「はい。そうみたいです」

「そう固くなるなよ。もう少し喜べ。暗く陰気な地下迷宮で、これだけの美女と出会えたんだ。先行きは明るいだろう」



 ユートの言葉は、逐次サーリが通訳して仲間に教えている。

 自分の言葉が翻訳されて伝言されるような状況に置かれたユートは、客観的に自分の言葉を聞く機会を期せずして得ていた。

 だが、聞いていてユートは気が重くなる。

 軽薄な言葉をばらまき、雰囲気と共に一過性で消費される何気ない会話と軽く扱っていた現実を突き付けられ、ユートは自分の言動の過ちに気付かされていたのである。

 反省し自嘲の笑みを、ユートは漏らしていた。



「プロソデア先生、あたいの精霊にも言葉を教えてよ」

「そうだね。アグリアの精霊なら受け取れるだろう」



 プロソデアは先ほどサーリと同じように、アグリアに近付いた。

 その様子をサーリが無表情で見つめている。

 そんな彼女に、ユートは顔を向けた。



「あとの三人には出来ないのか?」

「はい。この中では難しいのです。外に出れば出来るはずですが――」

「そうなるとやはり、俺はもっと、言葉に心を込めるべきだと気付いたよ。ありがとうサーリ」



 ユートの言葉を翻訳して仲間に伝えてから、サーリは不必要な通訳だったと気付いたらしく、恥ずかしがる様子を見せた。

 真面目な優等生に見えるが、お茶目な部分がある。

 そんな一面に早くも気付いたユートは、ニヤけた笑みを浮かべた。



「変なおじさんだね」



 初対面のユートに配慮の欠片もないゾタニの言葉に、サーリが慌てている。

 サーリが判断を仰ぐようにプロソデアに視線を送るが、アグリアの精霊に言葉を伝え終えたプロソデアは、渋い顔をしているだけである。

 彼女は、部下の非礼を団長として謝るべきか、親友を侮辱したとプロソデアが諫めるのを弟子として待つべきか、という判断を迷っているのだ。

 プロソデアを立てて一歩引いた位置に立とうとするサーリに、プロソデアは、まるで気付いていないのだ。



「優秀な異常者より魅力的だろう?」



 気分を害してないし怒ってもいないと告げる代わりに、ユートが言葉を返す。ようやくほっとしたようにサーリは表情を緩め、通訳に徹した。

 ゾタニは「かもね」と興味なさそうに答える。


 だが瞬時に笑い声を上げたのは、アグリアだった。

 精霊が通訳できるようになったと分かる、生の反応だった。

 そして、意図を読み解く鋭い感性の持ち主でもある。ユートが意図した優秀な異常者が、トルプやゾネイアだと察してアグリアは笑ったのだ。



「いやあ、いいねえ。あたい気に入ったよ、ユートさん」

「俺も君には魅了されてしまったよ」

「なら一度、お互いを知ってみる?」

「俺に惚れたら火傷するぜ」

「あたいが燃えたら灰にしちゃうかもよ」

「一夜では俺を燃え滓にできないさ」



 相手が純真なリシアなら、赤面を隠すように怒りを露わにしていただろう。

 対してアグリアは、こういった言葉の応酬を得意としている。それはふしだらな性格だからではなく、男を測るためである。

 そして察しが良く、引き際も心得ているのだ。

 ユートが二〇歳若ければ気付けなかったそれは、罠である。



「ならやめた。今は忙しいから」

「気が合うな。俺も少しばかり忙しい」

「少し? ノイ・クレユの男って、そんなに余裕があるんだ。もしかして救世の勇者?」

「生憎と俺は紙漉き職人だ」



 ユートは話の落し所を付けた。

 この世界で起きている問題解決の主役にはなれないと伝えたのだ。

 アグリアは、敵を知るために探りを入れる先鋒役として、気まぐれな女を装っていたのだ。優秀な人材である。



「カミスキ?」



 アグリアが首を傾げる。

 この世界では紙の作り方が違うのかと、ユートも首を傾げる。



「アグリア、詳しい話よりも、ここを出るのが先だよ」

 人物評定の会話は、プロソデアによって打ち切られた。

「ですがその前に、プロソデア様がユート殿と出会った経緯をお伺いしてもいいでしょうか」



 サーリの言葉は、より現実に即していた。

 地下迷宮攻略のためには、情報共有と現状把握が重要なのだ。

 合理的かつ効率的な、当たり前の手法である。だがプロソデアの思考は、人よりも一段か二段思考のレベルが上にあり、その必要性が理解できないと言う表情を見せる。


 悩むように今度は、プロソデアが首を傾げた。


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