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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第3章 五叉路
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3-04 学者長

 プロソデアが、顔を壁に向けた。

 壁に出来たヘッドランプの光の輪の中心に、暗い穴が開いている。

 膝当たりの高さにあり、拳くらいの大きさである。



「その声は、ゾネイア博士ですか?」

「然り。儂だ。石壁の反対側におる。貴様の精霊ならば石壁を破れよう」

「生憎とそれは無理です」

 プロソデアの声は、どことなく冷たかった。


「比類無き秀逸さ際立つと称された守護騎士であった男の言葉とは思えんな」

「ゾネイア博士は、ここが祭殿の真下だとご存じないのですか?」

「なんと、ここが真下とは道理で――。ならば仕方ないか」



 ユートはしゃがみ、手に持っていたヘッドランプを穴の奥へ向けた。

 五〇センチほど向こう側に、目が見えた。困惑と狡猾の光を宿していた老いた眼差しは、すぐに消えた。


「ま、眩しいではないか。なんだその光は」

「それより、博士はどうしてこんな所に居るのです?」



 穴を照らしながらユートが見上げると、プロソデアは無言でうなずいた。

 暗黙の了解は、昨日交わした内緒の話のことである。

 ゾネイア博士と呼ばれる人物が信頼には足りないという認識を、瞬時に共有したのだ。



「トルプ・ランプシだ。あの男は反逆者だ」

「それでそこに閉じ込められたのですか?」

「違う。宝物庫の地下室に押し込められたのだが、ぬ、抜け穴を見付け、必死に逃げ出したのだ。ところが、ここに迷い込んでしまった。行き止まりだ」

「どうしてまたそのような事に。サーリ達はどうしたのです?」

「居なかったのだ。仕方あるまい。――ともかく、トルプを止めねばならんのだ」

「トルプ殿が反逆者だと仰いましたが、王の命令とトルプ殿の行動は合致していると思います。博士は、何をなさろうとしたのです?」

「ともかく、早々にここから出せ」


「怪しい。理由を言わずにただ止めろとか、出せとか。実に怪しい」

 ユートは思わず口走っていた。



「何奴だ?」

「そいつは秘密だ、なあ、プロソデア君」

「――という事です。すみません、ゾネイア博士。私達も落とされたのです。出る方法は、これから調べます」

「左様か。ならば頼むぞ。だが、儂を蔑ろにすれば何とするか、聡明な貴様なら分かるだろう」

「ええ。分かっていますよゾネイア博士。では、しばし失礼します」

「必ずだぞ、必ず助けるのだ、いいな」



 不安げな声から、ゾネイアが臆病で弱虫だと分かる。

 偉ぶる態度は虚勢であり、権威を笠に着て有能な者に頼る。

 不安に怯える小心が顔を覗かせ、すべてを利用しようと狡猾な謀略を企てる、そんな陰湿さがある。

 他者を蹴落としてのし上がった人物のようであった。


 溜め息交じりにユートは立ち上がった。

 明かりを周囲に向けると、延びる通路だと分かる。

 通路の幅は三メートルほどある。



「少し探検だな。どっちへ行く?」

「向こうでしょうね」



 プロソデアが指さし、歩き出そうとする。

 ユートは呼び止め、バックパックからスケッチブックと鉛筆を取り出した。地下迷宮のマッピングをしようというのだ。

 プロソデアは興味深げに見ていたが、問いかけはなかった。



「待たせたな。じゃあ、行こうか」



 ユートはプロソデアと並んで歩き出す。

 ライトが照らす先はしばらく闇だった。

 二度ほど分岐を曲がり、更にしばらく歩く。



「ところで、さっきの奴は誰だ?」

「私の上司であり師に当たる人です」

 プロソデアの口調は、非好意的であった。


「ああいう奴は何処にでもいるものだな」

「ユート殿の上司もそうなのですか?」

「俺は会社勤めでも役所勤めでも無く自営業だから無縁だが、取引先にはああいう無能のくせに偉そうにする奴はいるぜ」

「ゾネイア博士は優秀な方なのです。歴史に名を残すほどに、膨大な知識をお持ちです」


「なら尊大さに陶酔して、他人を見下している訳か」

「そうしなければ逆に見下されるからでしょう」

「逆境をバネに成り上がったのかな?」


「相性の問題で精霊と契約できなかったのです。そうした人物は高い地位に就くべきではないと考える人が多いのです」

「深い事情がありそうだが、知れば同情しそうになるから、これ以上聞くのは止めよう」

「その判断は賢明です。同情されたと知れば、博士はさぞかしご立腹されるでしょうから」


「少し違うな。どういう事情があろうが、俺は人間的にあいつが嫌いだと感じた。だから、同情する要素があれば、嫌いになりきれなくなってしまう」

「やはり、ユート殿は面白い方です」


「偏屈な職人で嫌われ者さ。俺も」

「私は好感を持っていますよ」

「なら、プロソデアも変わり者だ」

「そうかもしれません」



 二人は、ヘッドランプの明かりを頼りに通路を歩き続ける。

 ユートはスケッチブックにマッピングを続けている。通路は直線ではなくわずかに弧を描いており、緩やかに坂になっているのが厄介だった。

 所々で壁が崩壊している場所を目印として記録し、先へと歩いて行く。

 不思議なことに、地下だというのに、通路の壁や天井などにも水が染みだした跡や苔は、見あたらない。

 二時間ほど歩き続け、ユートも疲労を感じた頃だった。

 考え込んでいる様子のプロソデアが、ようやく口を開いた。



「うすうす思っていたのですが」

「何だ?」

「この地下迷宮はもしかすれば――」



 プロソデアは口を閉ざして立ち止まり、ライトを消した。

 その仕草を見て、ユートもスイッチを切る。

 遠く、足音が聞こえた。

 何者かがいるのだ。


 暗闇の中、ユートは唾を飲み込む。

 近付いてくる足音が止まった。

 明かりが消え、相手も警戒したのだ。

 唾を飲む音を聞かれたせいだと思ったユートは、背筋が熱くなるほどに焦っていた。

 闇の中、目には見えないが、プロソデアの存在をユートは感じていた。熱放射が赤外線として放たれているのを、気配として感知できるのかもしれない。

 それがユートの、心の支えだった。


 耳を澄ます。

 にじり寄るような足音が、ゆっくりと近付いて来る。


 微かに金属が擦れ合う音が聞こえた。

 おそらくそれは、腰に下げる剣の音。

 不意に、その音が消えた。

 戦闘に備え、気配を消したのだ。

 トルプの部下が、殺しに来たのだとユートは思った。


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