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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第3章 五叉路
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3-03 探求者

「入れ」



 騎士に言われる前にプロソデアは喜々として奥へと入っていく。

 両腕を引かれているユートは、ためらうように、足を動かさなかった。再び「入れ」と両腕を強く引かれ、よろけるように奥の間へと入った。


 中は薄暗く、天井は低く、狭い。

 不穏な空気が漂い、清々しさよりは禍々しさに満ちている。

 中央に人が寝られるほどの大きな石造りの台は、ベッドというよりは、生け贄を捧げるための祭壇のようであった。

 血生臭い凄惨さはないが、表向きの静謐さとは真逆で、居心地が悪く神経が逆撫でされるようなおぞましい雰囲気に満ちていた。



 隠し戸の出入り口を四人が塞ぐように立ち、二人が祭壇に両手を掛ける。


 ユートの表情は、いついなく固かった。

 未知なる世界の未知なる状況に置ける未知なる出来事に、死を予感しているのだ。

 対するプロソデアは、興味深そうに奥の間の壁に触れながら、歩き回っている。そうした自由を騎士達は容認していた。


 二人の騎士が踏ん張ると、ずりずりと床を擦りながら、祭壇が動き始めた。祭壇の下から地下へと通じる穴が、徐々に現れる。

 ただそこには階段はなく、ただ穴が空いているだけだった。


 壁を調べていたプロソデアの興味が、穴へと移った。

 感嘆の声を上げながら祭壇の下に現れた穴を覗き込んでいる。

 祭壇を動かし終えた騎士が、プロソデアの背後に回る。そのまま突き落とすようなことはせず、隠し戸の出入り口をより確実に塞ぐように、立つだけだった。


 ユートとプロソデアの待遇は、真逆だった。

 抵抗できないように両腕を抑えられたユートに対し、プロソデアは自由であり腰の剣も取り上げずにいる。

 それでいて、六人の騎士は、ピリピリとした緊迫感だけを漂わせているのだ。


 ユートを人質にして、直接的には手が出せないプロソデアを従わせているようであった。

 常に彼等は、プロソデアに向けてユートを立たせ、盾にするようにその背後に立っているのだ。



「降りろ」



 騎士の一人が発した声は、無機質に天井に響いた。

 ユートは腕を強く極められ、痛みに顔を歪めた。



「なあプロソデア。昨日みたいにこいつらどうにかできないのか?」

「残念ですが、祭殿の中では精霊を使えないようです」

「ああ、そうか」とユートはうなずいた。



 トルプがプロソデアを祭殿の中に招いた理由が、ユートにも分かったのだ。

 プロソデアの圧倒的な戦力は、精霊の力によるものだった。その力を封じてしまえば、六人の騎士で対抗できるようになるのだろう。

 加えて、人質を取れば大人しく従う人物であると、トルプは考えているのだ。

 同行者を見捨てないいい奴だと知って嬉しくなり、ユートは笑みを漏らすのだった。



「何をニヤついている」

「友情が面はゆくて――」

「早く降りろ」



 プロソデアがユートを見て、笑みを浮かべる。

 隙を突いて逃げる目配せと思いきや、アトラクションを楽しむような表情を見せ、飛び降りた。



「おい、素直すぎるだろう」



 唐突に腕を放されたユートは、穴の縁に近づいて見下ろした。

 地下室のようだった。

 底は、二メートルくらい下にあるが、明かりがなく、地下室の広さは分からない。そして、石の祭壇で穴を塞がれてしまえば、下から動かせそうには見えない。


 ためらうその背中を、騎士が蹴った。

 ユートはよろけて、穴へと落下する。

 咄嗟に空中で体勢を立て直し足から着地する。衝撃で痺れる痛みにユートは顔を歪めつつ、見上げる。

 騎士の行動は素早く、祭壇が押され、穴が塞がれつつあった。

 跳び上がって縁を掴もうとするのを見付けた一人の騎士が、剣を抜き払い、ユートの手を斬り捨てようと払う。

 ユートは慌てて手を引っ込めた。


 すぐに入口は閉ざされ、ユートとプロソデアは闇に包み込まれた。

 ユートは諸々の感情を捨て去るように、ため息を吐いた。



「なあ、ライトはあるか?」

「ライト?」

「明かりだ。光精石といったか?」

「残念ながら、ここでは使えないようです」

「仕方ない、ヘッデンを使うか。電池が切れたらただのガラクタになるが」

「ヘッデン? デンチ?」

「これだ」



 ユートは手探りでバックパックを探り、ヘッドランプを取り出してスイッチを入れる。

 まばゆい光が闇を照らした。

 向き合っていたプロソデアの顔が照らし出される。

 ユートはすぐに光を脇に逸らした。



「眩しいですが、どういう仕組みなのです」

「簡単に言うと、電気を流すと光を放つ物だ。光精石に精を流すと光るのと似た理屈だろう。LEDも石みたいな物だし」

「興味深いですね。その電気というのが、ノイ・クレユにおける精なのでしょうか」

「さあな。似てる部分もあるが、似てない部分が多いだろう。電気は集めても精霊にはならないからな」

「ではどういう特性を持つのでしょう」

「学者だな」

「その通りですが、どういう意味です?」

「好奇心旺盛って事だ」

「私は、知らない事を知るために学者になったのです」



 ユートは肩をすくめながらヘッドランプを頭に付け、リシアに突き返されたヘッドランプをプロソデアへと差し出した。

 受け取ったプロソデアは、ヘッドランプの明かりの下で回しながら興味深げに観察している。

 ユートがスイッチの場所を教え、点灯すると、嬉しそうな顔を見せ、すぐに頭に付けた。周囲を照らして使い心地を確かめている様子は、無邪気な子供のようだった。



「知ってると思っていても、学び直せば新たな知見が得られる事もある」

「確かに、そうです。すべてを知ってからで無ければ今持っている知識がどの程度か、分かりませんからね」

「そういう訳で、今すぐには行けない向こうの世界の事よりも、この世界のこの場所について、まずは考えようぜ」

「仰る通りです」

「ところでプロソデアは寒く無いのか?」

「はい」

「そうか。鍛え方が違うんだろうな」



 ユートは荷物の中から上着を取りだした。

 バックパックを背負い直したユートは、ヘッドランプを頭から外した。頭に付けたままで向き合えばお互いに眩しいからである。



「まずは、精霊が使えないのに、どうして俺たちは会話ができるのかを知りたい」

「ディミがあなたと私の耳に別れて宿っているからです。精が満ちた人に宿っている場合は平気なのです」

「自動翻訳機能付きのインカムみたいなものかな?」

「いんかむ?」


「まあ、喩えだ。妙な物に取り憑かれた気がするが、それならリシアも会話はできるのかな」

「ディミの本体はあくまでも私が持つ宿玉の中ですから。隔たれた向こうには行けません」

「電波が届かないようなものか」

「でんぱ?」


「気にしないでくれ。俺が理解するための喩えだ。だが、トルプは俺たちの言葉は分かっていたようだが――」

「ユート殿の発した声をディミがタタ・クレユの言葉に変えていたからです」


「同時吹き替えみたいなものか。すごいな」

「それが普通なのです。ただ、精が満ちた空間でなければできません。また精が満ちていても、速い流れのある場所では駄目です」

「つまり?」

「この地下空間では、誰かが発した言葉を耳の奥でディミが通訳するだけです」


「やっぱりAIの同時通訳みたいだな。トルプも出来るのか?」

「トルプ殿とその通訳精霊はノイ・クレユの言葉を知らないでしょう。ディミですら、ノイ・クレユの古語しか知りませんでしたから」

「万能とは行かないか。となると、リシアは困ってるだろうな」

「すみません」


「君のせいじゃないし、好都合だと思う」

「好都合なのですか?」

「そうだ。時間稼ぎができる。その間に俺たちはこの地下室から出ようぜ」

「地下室という割には、広すぎるようですけどね」


 プロソデアが暗闇の一方に顔を向けると、ヘッドランプの明かりが先の見えない石造りの通路を照らし出す。光は壁に当たる事無く、遠くの闇へと吸い込まれて行く。


「なら地下迷宮か? なんかラスボス倒した後の隠しダンジョンみたいだな」

「らすぼす?」

「悪い奴らの親玉のことだ。それより、モンスターは出てこないか?」

「もんすたあ?」


「猛獣よりも恐ろしい生物だ。架空の話だが」

「生物は潜んでいないと思います。ここでは命ある者はそう長くは生きられないでしょうから」


「どうしてだ?」

「激しい精の流れによって少しずつ体内の精が吸われていますから。ですが、ユート殿は精を保っていられるのが不思議です」

「それは、俺が特別だからだ」

「やはりそうですか。ノイ・クレユの中でも秀でた御方なのですね」

「いや冗談だ。忘れてくれ」



 中二病の名残をユートは恥じた。

 異世界に行ったら特別な力に目覚めたというような夢物語を、ユートは捨てきれずにいるのだ。

 息子には恥ずかしくて知られたくない妄想を、事実と認識される前に、冗談という嘘に紛らわせて隠したのである。



「ですがディミが通訳する力を留めていられるので、ユート殿は特別だと思いますよ」

「そうなのか――」


「そこに居るのはプロソデアか?」


 不意に地下迷宮に、声が響いた。

 プロソデアが驚いた表情をし、ユートは不審そうな顔をした。


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