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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第3章 五叉路
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3-01 待ち人

 精霊が偉大なのか。

 それともプロソデアが優秀なのか。


 風の騎士達から奪った獣車は、プロソデアの精霊によって、見違えるほどの高級車輌になっていた。

 精霊は木材の切断だけでなく、粘土のように金属を加工し、溶着まで行う。分子レベルでの加工さえしているようだった。


 獣車にはオープンカーのように開閉できる帆と、魚の鰭のような帆が畳まれて取り付けられている。荷台部分も角形から流線型になり、ファーストクラスのような椅子がユートとリシアのために用意されたのである。

 人間の職人が数十人がかりで作業しても、この短時間でこれだけの加工を行うことは不可能と言える仕上がりだった。


 この荷台を牽くのは、ユートがシシシと名付けた四頭の獣である。

 タタ・クレユではメノスと呼ばれている。

 精霊との相性が良い動物である。

 御者台に一人で座ったプロソデアによって、獣車は、滑らかに走り出した。


 精霊の助力を得た獣車の走行は、振動もなく滑るようである。サスペンションを作ろうという発想が生まれないのも、当然だとユートは納得したのだった。


 そして、夜寝ていても、プロソデアの契約精霊が導いてくれる。

 波のない穏やかな水面にただ浮かんでいるような心地よさに、いつしかユートは深い眠りに落ちていた。


 ユートが目覚めたのは、空が明るくなってからだった。

 獣車は森を走り抜けているようだが、視認できない速度で流れゆく景色は、正確には視認できなかった。

 警戒心の強かったリシアもうたた寝していたが、周囲の明るさに気付いて目を開けると、誤魔化すように背筋を伸ばすのだった。


 ほどなく森を抜けた。

 目の前に巨大な岩の壁が広がる。

 獣車を引くメノス達は目まぐるしく地を蹴るというよりは、正しく飛ぶように駆けている。



「今どの辺りだ? と言っても、土地勘が無いから地名を言われても分からないが」

「もうじき風の祭殿に着きます。正面に見える断崖の向こう側に祭殿があります」

「あれが――」



 ユートは正直、肝を冷やした。

 グランドキャニオンを想わせる巨大な断崖が正面を塞ぐ城壁のように聳えている。遠く小さく見えていたその断崖が、見る間に大きくなり、頭上遙か上から覆い被さるような高さになって迫った。


 プロソデアだけは平然とした涼しげな顔のまま、減速することなく、断崖へと突進する。

 壁に激突する恐怖にユートの表情が引きつる。

 リシアも恐怖を感じているらしく、シートの肘掛けを握り締めた。


 だが何事もなく、獣車はするりと障害を躱し、断崖を切り裂く一筋の道へと突入した。

 ジェットコースターに似た安全な恐怖感に、ユートは慣れて行く。

 高層ビルよりも高く聳える断崖を抜けると、獣車が減速を始めた。


 目の前に広大な平野が広がる。

 よく見れば、外周を城壁のように断崖が囲む盆地のような場所だった。その中心に、小さな何かが建っている。

 小さいと見えたが、断崖の対比でそう見えただけで、近づけば見上げるほどに高い神殿のような建物だった。


 それが、風の祭殿である。


 祭殿の正面側の地表は乾き荒れているが、左右と後背に森が見える。そして、祭殿へ通じる参道と言える道の入口には、門となる柱が建ち並んでいる。左右に二本ずつあり、それぞれを繋ぐ梁を貫く柱の先端は尖っていた。


 元の世界にある大鳥居よりも大きい。


 獣車は門を抜けた。

 参道はそこから舗装路となる。

 平らな石が敷き詰められた道が真っ直ぐに社殿へと伸びる。社殿は階段ピラミッドのような石段の上に建てられ、参道はその石段の上に建つ社殿正門へと続く。


 プロソデアの説明によると、全体を社殿、一般の人が詣でる場所が拝殿、塀で囲まれた内側中央にあるのが、祭殿とされており、本来精霊王が宿る場所だという。

 巨大な石段を上った中央にあるのが拝殿となる。拝殿の両側には真っ白な壁があり、階段ピラミッドのような石積みを基礎とした上面の外周を囲んでいる。


 プロソデアは拝殿下の石段の下に、獣車を停めた。

 階段と見えたが、人が登るには段が高すぎる。

 一段が二メートル近くあるのだ。

 だがその脇に、少し低い階段が作られていた。



「到着です。上まで精霊でお運びしましょうか」

「座ったままだったから、少し体を動かしたい」

「分かりました」



 プロソデアは荷物を持たずに、御者台から飛び降りた。

 ユートはバックパックを背負ってから降りる。

 リシアは何も言わずに荷物を手に、獣車から降りた。


 脇にある階段は、中央の脇にある石段と比べれば低いが、一段が五〇センチ以上もある。階段を上ると言うよりは、岩を登るような感覚だった。

 プロソデアが先に立ち、身軽に跳ねるように登っていく。

 日々裏山で鍛えているユートも軽快に登り始めたが、プロソデアの速さには付いていけなかった。ユートが足を滑らせて落ちても巻き添えにならない距離を保ちながら、リシアが軽やかに登る。

 石段の高さと数から推定すれば六〇メートルの高さとなり、クフ王のピラミッドと比べれば半分くらいである。驚嘆するほどに巨大な建造物ではないが、これが精霊王を祀る祭殿としての、適切なサイズのようだった。


 少し息が上げながらも登り切ったユートは、偉容を放って聳える拝殿に迎えられた。装飾もなく簡素だが輝くような艶があり、石のように見えるが近づけば木目があると分かる。高さは十五メートルほどで、拝殿というが、門のような巨大な扉らしき構造物によって閉ざされている。


 不意に拝殿の脇にある通用門の扉が開いた。

 ユートは無防備に視線を向け、リシアは瞬時に身構える。

 だがプロソデアは、気付いていたように平然としていた。


 すぐに十数人の男達が外に出てくる。

 髪や肌の色はプロソデアと似ており、白地に金の線が入っている同じ意匠の服を着ている。皆腰に剣を下げていることから騎士仲間のようだが、彼等の表情はやや硬い。

 出迎えではなかった。

 リーダーとしての風格を備えた男が進み出ると、脇目も振らずにプロソデアを蔑むように見すえた。



「誰かと思えばプロソデアではないか」

「トルプ殿、何故あなたがここに――」

「知り合いか?」

「はい。天の騎士団天空帝撃隊の隊長で、騎士団長でもある優れた方です」



 トルプは鼻で嗤った。

 自嘲めいた嫌悪感をプロソデアへと向けている。

 眉を寄せ不機嫌そうな雰囲気を増したことから、プロソデアの言葉を賛辞でもお世辞でもなく、皮肉と受け取ったようである。

 そうした様子を、プロソデアは気にしていない様子だった。

 優れた方と言いながら畏まる雰囲気は微塵もなく、卑屈になる様子も見せず、普段通りの態度である。



「トルプ殿、博士とその護衛はどうしたのです?」

「奥にいる。それよりなぜ別行動していた?」

「博士に王宮の調査を命じられたからです」

「なるほど」


 そこでようやくトルプの視線はユートに向いた。次にリシアへと移り、プロソデアへと戻る。


「お前が連れて来たその男が、救世の勇者か」

「残念ながら俺はただの紙漉職人だ」

「貴公には聞いていない。が、ノイ・クレユ人であるのは間違いないようだな。その女もそうか。貴公の妻か?」

「そう見えるかい?」



 挑発するように笑みをユートは浮かべた。

 色違いだが同じデザインのバックパックを持っているので、ペアルックをするような仲と見られたのかもしれないとユートは思ったのだ。

 ユートの焦らしに苛立ったように、床石を踏み鳴らしてリシアが前に出た。


「冗談ではありません。こんな男の妻などと、思われるだけで吐き気がします」


「結構」トルプは微笑みを浮かべると背を向けた。

「皆付いてくるが良い。プロソデア、お前もついでだ。祭殿の中を見せてやろう」

「中を? ですがなぜ、トルプ殿がこの祭殿にいらっしゃるのです」

「付いて来れば分かる」



 顔だけ振り向いたトルプが挑発するような視線を向けると、プロソデアは一瞬沈黙してからうなずいた。

 ユート達は、通用門から入った。

 中は神社の境内のように、玉砂利が敷き詰められている。

 だが神社とは、建築様式や造りは異なっている。

 玉砂利の先にある正面中央は塀で囲まれ、その奥に祭殿の屋根だけが見える。その塀には門があるがそこに至る道がない。また、祭殿の左右手前側には、社務所と宿坊のような建物があった。


 外壁に沿うように石が敷かれた通路があり、トルプはそこを時計回りの方向へと歩き出す。

 祭殿の側面に回ると、中心へと続く飛び石が置かれており、その手前で待っていた部下から折れ曲がった棒のような物を受け取り、トルプが石を渡っていく。

 プロソデアは手前で一度立ち止まり、振り返った。



「踏み外さないように注意してください」

「踏み外すとどうなるんだ?」

「最悪は死ぬでしょう」

「その仕組みを試してみたくなるが、命と引き換えという条件は、脅し文句としては極めて有効だ」

「実験のために、私が突き落として差し上げましょうか?」

「俺としては君に人殺しをして欲しくないな」



 後ろから来るトルプの部下に急かされたユートは、飛び石の上へと足を踏み出した。すると臆病者めと言うようにリシアが鼻で嗤うと、ユートは笑みを浮かべ楽しそうに跳び石を伝って中央へと渡ってゆく。


 中央の塀の外側にある通路で正面に回り、門から入った。

 中は窓のない回廊となっていて、トルプは左回りに進むんでいく。

 四回角を曲がったが初めの場所に戻ったのでは無かった。そこでようやく、回廊が渦状になっていたとユートは気付いたのである。


 その内側に向かう壁にある扉を、トルプが押し開ける。


 外に出た。

 回廊の内側にある空間である。

 一歩踏み出した瞬間、空気が変わった。

 息苦しくなるような圧迫感がある。

 静寂が張り詰め、無音のようでありながら、耳鳴りのような妙な響きが佇んでいた。


 中央の一段高くなった場所に、まばゆく輝くような真っ白な祭殿が、建っている。

 それが風の王を祀っていた祭殿だった。

 祭殿の壁は鏡面に磨かれた石のようで、発光しているように輝き、直視し続けると目に刺さるような痛みを感じる。その周囲には、青白く輝く小さな丸石が敷き詰められ、枯山水のような模様が作られていた。


 ここにも、祭殿へと真っ直ぐに続く道はなかった。

 今度は回廊に沿う石畳の回遊路を右回りに半周し、裏側に回った。そこには欄干と屋根のある赤い橋が架けられている。

 橋を渡った先に、祭殿の入口となる扉があった。


 トルプが折れ曲がった棒を扉の穴へと差し込む。それは鍵であった。閂が上がる音がし、トルプが扉を押すと、開いていく。正面に見えたのは、また壁だった。


 入ってすぐに廊下が続いている。窓はないが光精石の明かりによって、淡い拡散光で照らされている。細い廊下を左回りでほぼ一周すると、行き止まりになった。またしても渦を巻く回廊だったのだ。

 内側の壁にある重厚な木の扉をトルプが扉を押し開く。


 中から光が溢れた。


 一瞬目が眩む。

 光に目が慣れると、正方形の室内が見えてくる。

 室内を照らす光は、四隅にある柱と天井から放たれている。

 まばゆい光によって陰影が掻き消されてしまい分かりづらいが、四方の壁には彫刻があった。

 一辺が二〇メートルほどある空間で、中央に祭壇のような物があり、珊瑚の枝のような支柱に置かれた黒い球体がある。

 神社の御神体を祀る場所に招き入れられたような神妙な感覚をユートは味わっていた。


「ここが本来精霊王の居られる場所ですか」


 感慨深そうに呟くプロソデアは周囲を見回している。

 好奇心を丸出しにするプロソデアを無視して、トルプは祭壇の前へと歩み寄り、黒い球体を指差した。


「ノイ・クレユ人よ――貴公には、この宝珠を持ち出してもらいたい」



 一瞬ユートの顔に浮かんだ怒りは、瞬時に隠された。

 言葉にする前に表情に表れた拒絶する視線が、トルプから逸らされる。

 ユートの目は黒い球体である宝珠を見つめるのだった。


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