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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第2章 変転
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2-08 遠慮

 火を纏う人のような姿が一瞬見えて消える。

 プロソデアの前に集められていた木の残骸が燃え始めた。

 焚き火の明かりに周囲が照らされる。

 プロソデアが調理を始めるのをぼんやりと眺めながら、ユートは空に太陽がないのを思い出していた。



「この世界では、どうやって時間を計っているんだ?」

「精霊が教えてくれます」

「どんな風に? 何時何分何秒と教えてくれるのか?」

「ええと、そういう単位はなく、感覚的に分かるのです」

「腹時計みたいなものか」



 プロソデアの同意を待たずユートは納得し、空を見上げる。

 月も星もないが、時折、光る筋が見える。

 しばらくユートは眺めていた。

 その様子にプロソデアが気付いたのは、調理を終えてからだった。



「あれは遙か上空で循環する、精の流れです」

「どこからどこへ流れているんだ?」

「消費された精の残滓が天に昇り、空の上を流れながら活力を取り戻し、世界の果てで地に降り注ぐと言われています」

「誰が調べたんだ?」

「昔からそう言われています」

「謎は多いようだな」



 足音が聞こえたので、ユートは体を起こした。

 リシアが戻ってくる姿が見える。

 空腹を呼び醒ますいい匂いに獣車の荷台から飛び降りたユートは、リシアが手ぶらなのに気付いた。



「武器は気に入らなかったのか?」

「何故かしっくりきません」

「風の騎士が使う武器の多くは、周囲の精を集めて風を生み出す力があるからでしょう」

 プロソデアの言葉にリシアは足を止め、向き直った。


「どういう意味です?」

「精を導く技能が求められます」

「普通には使えないのでしたら、不要ですね」

「では、食事にしましょう」



 未練を見せずにリシアは、焚き火の周りに置かれた椅子に座った。

 精霊が作った、木の椅子である。

 用意された食事は、レデーブと呼ばれるパンのような物とスープだった。

 レデーブはこの世界における主食で、粉の配合や練り方と焼き方で、様々な種類があるという。出されたのは保存用にレデーブで、固くやや酸味がある。スープと共に食べるのが一般的だという。

 噛むほどに味わいが増してくるが、ユートの味覚を基準にすれば、空腹であれば食べられるという味だった。

 リシアは一口食べて少し眉を顰めたが、すぐに何事も無かったように食べている。



「食事が済んだら出発しましょう」

「朝を待たなくてもいいのか?」

「何か待つ必要があるのですか?」

「暗くて道が見えないし夜行性の獣に襲われる。と、俺たちの世界だとそう考える」

「それでしたらご安心ください。精霊は夜も道が見えますし、獣や毒虫も遠ざけてくれます」

「なら、御者役は徹夜か?」



 プロソデアは怪訝そうに首を傾げる。

 またしても常識の違いがあるのかと、ユートは食べる手を止めてプロソデアを見た。



「精霊が導いてくれますから寝て起きた頃には、追いつくでしょう」

「自動運転機能が付いた車かよ」

「ジドウウンテンとは?」

「なんと言えばいいんだ。人の代わりに車を動かしてくれる仕掛けといえば通じるか?」

「仕掛けですか。興味深いですね。あとで詳しく教えてください」

「悪いが、詳しくは知らないんだ。それに、精霊がやってくれるなら、不要だと思うぜ」


「そうですか。残念です」

「とはいえ、出発の準備だな。用事は先に済ませておこう」

「どんな用事です?」

「備えあれば憂い無し、という諺を知らないか?」

「ノイ・クレユの諺は知りませんが、意味は分かります」

「なら、そういうことだ」

 食べ終えたリシアを尻目に、ユートはお替わりを求めた。


「それはそうと、精霊は便利で強すぎるから、人間なんて無用のお荷物にならないのか?」

「部分を見ればそうでしょう。ですが精霊とは肉体のない、儚い存在なのです」

「儚いのか?」


 プロソデアは微笑みを浮かべてうなずく。

 焚き火を囲む椅子に、リシアの姿はなかった。

 足音を立てずに動ける体術を身につけているようである。



「精霊とは精が凝集した存在ですが、精の凝集と人格の取得は別の問題なのです。ただ精が集まっても、精霊にはなりません。そこには、人間の介在が必要なのです」

「なぜ?」

「人間が名前を付けて初めて個となります。それまではこの世界に満ちている精の、密度の違い、ムラのようなものです。ですが人間が名を付けると自我が芽生えます。ただ、その時点ではまだ赤子のような状態で、何ができるというようなものではないのです」


「精霊は、人間が育てる存在なのか?」

「ある意味そうです。存在が認められて個を確立し、共に生きると人格が投影されます」

「投影なのか? 模倣ではなく」

「はい。親子や兄弟のように、似るのです。名付け親とその精霊は」


「すると悪い人間に名付けられた精霊は悪い精霊、つまり悪霊になるのか?」

「一世代だけでは、そうは影響されないでしょう。精霊は何百年何千年と存在し続けます。その間、何人もの人間と契約して、個性を身に付けていきます。そうして人格を身に付けたのが精霊です。たった一人の人格だけには影響されません」


「なかなか奥深い話だ」


「ちなみに、精霊は嘘をつけません。なぜそうなのかは分かりませんが、嘘と言う概念を持てないか、あるいは嘘は自己否定に繋がるのか、とにかく嘘をつけないのです」


「面白い存在だな。だが、人格を身に付けた精霊が大きな力を持てば、人間と契約する意味がないだろう」

「いいえ。やはり、彼らは存在を認められる必要があるのです。肉体がないから、拠り所となるのは、名前と存在の肯定なのです。詳しくは、道中お話しましょう」

「そうだな。百聞は一見にしかず、とも言うし。さて、そろそろかな」


 ユートは懐中電灯の光が揺れながら近付いてくるのに気付いて立ち上がった。

 旅立つ前に必要な準備を終えたらしいリシアが澄ました顔で、これから乗る獣車の側に立ち止まる。



「お待たせしました」

「よし、出発しようか。寝台列車か夜行バスに乗る気分だ」

「無邪気に楽しそうですが、そういう事態ではないでしょうに」

「ようやく、納得したか?」

「あなたの仮説を否定する根拠が、不十分なだけです」


「それで十分だ」


「いずれにしても私の目的は、お嬢様を無事に連れ帰る事です。ですからまず、精霊王に捕らわれたのが本当にお嬢様なのか確かめるべきなのです」

「何の話です?」



 まだ話していなかったと、ユートは気付いた。

 土のドームの中でユートはリシアと相談し、プロソデアが敵か味方定かではないが、事情を話して協力を求めることで、合意していたのだ。

 ルリを助けるには、どう考えても、精霊を使える協力者が必要だという結論になったからである。



「これは内緒の話なんだが」



 ユートの言葉に、プロソデアは真摯な表情になった。

 他に聞く者が居ないのに誰に何を内緒にするのかと批判する冷ややかな視線を、ユートはリシアから向けられた。

 だがそれだけだった。リシアの態度は少し変化していた。ユートを小馬鹿にするような言動をしなかったからである。



「元の世界とこの世界では、時間の流れが違うらしいんだ。つまり、こっちの世界の十何日が、向こうの世界での半日よりも短い時間でしかないという、仮説だ」

「では、精霊王の宿玉にされた少女が、リシアさんの捜しておられるお嬢様でしたか」

「まだ仮説だが」

「では、救世の勇者と光の霊獣は?」

「俺の息子と居候のネコだろうな」

「ネコとは、獣の種別名ですか?」


 ユートはうなずいた。

 プロソデアは納得したように何度も一人うなずきながら、少しして首を傾げた。


「ところで、誰に対して内緒なのです?」

「事実を知られたくない奴らに対して」

「では、私は信頼して頂けたのですね。嬉しいです」

「信じなければ始まらないからな」



 ユートの言葉は、本心だった。

 ただ、受手によって、異なる理解をする言葉でもあった。

 信じるしかないから信じることにしたのか、心底信じたのか。

 両者の意味が含まれている曖昧な言葉だが、プロソデアは後者として受け取ったようである。



「ではもし、私があなた方を騙していたとしたら?」



 瞬時にリシアが殺気を放つ。

 分かりやすい挑発に乗るのを諫めるように、ユートはリシアに掌を向けて制した。

 プロソデアという人物は、表情からは真意が読み取りづらいのだが、ユートにはそれが冗談を言っていると分かたのだ。



「そうなったら、残念だが俺とプロソデアは友達ではなくなる」

「それは嫌ですね」

「だろう? 俺もプロソデアとは親友でありたい。おお、心の友よ。という感じだ」

「それはつまり、体よく利用しようというのですか?」

 余計なことを口走ったリシアに、ユートは皮肉の笑みを向けた。



「君は美人で賢くて正直だが、性格が悪いのが難点だ」

「失礼ね」

「かわいげがあると思うから俺は許容できるが、プロソデアはどう思う?」

「リシアさんは素敵な女性だと思いますよ」

「だそうだ。良かったなリシア」

「何がいいんです?」

「嫌われるよりいいだろう。それより、目的地だが――」

「ですから、先にお嬢様の無事を確かめに――」


「楽観的に言えばルリちゃんは無事だし、悲観的に言えば既に有事だ」

「その口、縫い付けてあげましょうか」

「目には目をと言うように、口を塞ぐなら口で頼む」


「セクハラですか?」

「ただの願望だよ。だが、物事は簡単な方から片付けるのが基本だ」

「それが縫うより楽だと?」

「その話じゃない」


 ユートはわざとらしく咳払いをする。


「精霊王に取り憑かれたのがルリちゃんなのか確かめるために風の王宮へ行くのと、精霊王からルリちゃんを助け出す方法があるかもしれない風の祭殿へ行くのと、どっちが簡単かという話だ」


 プロソデアは愉快そうに微笑んでいる。


「当然ながら、風の祭殿です。精霊王には、私でも近付ける自信がありません。それに、ガガン・モッサはあなた達を捕らえたいようですから」

「トーマ君かも知れない救世の勇者を探すのでもないのですか?」

「向こうが先発で風の祭殿を目指していれば、こっちが着く前に着いているだろう?」

「契約精霊を失っていますから、こちらが先に着くでしょう」



 プロソデアの意外な言葉に、ユートは口を閉ざした。

 位置関係ではなく、速度が問題のようである。

 一瞬ユートの決断が揺らいだが、結論は変わらなかった。


 トーマの無事をこの目で確かめたいという思いがユートにもあったが、無事を確かめたところで物事の解決に繋がらない現実は見失っていなかった。

 先に着くならば、何があるか分からない風の祭殿へ行き、露払いしておくべきだとユートは考えたのである。

 この世界では、契約精霊の有無が優劣を決める。

 複数の契約精霊を持つプロソデアと先行し、風の祭殿における安全性を確保する方が、どう考えても有益だった。


「ルリちゃんの無事を確かめても助ける術がないと、無駄足になる」


 ユートが顔を向けると、リシアは「仕方、ありませんね」とうなずいた。

 決定的な情報不足が、最大の問題だった。

 風の祭殿に行けばルリを助ける方法が分かるという期待が、リシアに自制心をもたらしているのだ。だが、一秒でも速くルリを助けたいと想う、リシアの生き様を否定する選択でもある。

 そのため、いずれ耐えきれなくなる。

 リシアの弱さがそこにあるとユートは見ていた――。


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