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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第2章 変転
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2-04 伝承

 毛房我願の名をユートが言わなかったのは、幸いだった。

 リシアが知れば衝動的に即座に、あらゆる手段を講じて助けに行こうとしただろう。だがそれは、何の知識も準備も訓練もなく、冬山登山に挑むようなものである。

 間違いなくリシアは、ルリを助けられずに死ぬ。


 直情的な行動を誘発する要因は、ユートの存在だった。

 愛人と疑われた意趣返しが過ぎる余りに、常に全力で瑠璃を護る姿を見せ、自分の立場と忠誠を証明しようとするからである。

 もし一人であれば、冷静沈着に、より確実にルリを助けるため、万全の準備をして挑むことだろう。


 リシアがルリの状況を知る前に、現状把握が必要だった。

 彼我の能力と、事実の把握、この世界の情勢など、可能な限りの情報収集を最優先にすべきだとユートは考えるのだ。



「モッサの目的は何だ?」

「精霊王を解放し、世界を解放すると言っています」

「胡散臭い話だ――」

「そのために精霊王を中央大樹に集めると言っていますが、私達が知る限りにおいてそれは、世界の消滅を意味します」

「――モッサは人を騙しているのか?」

「はい」



 プロソデアの表情に迷いは無い。

 立場が違うから、モッサの目的と対向するのは当然である。

 確信という盲信による正義感かもしれないが、世界が滅ぶ可能性があると知りながら、検証のために実行させる訳にはいかない。

 それにモッサが言う解放が、この世界の人々の幸せと同義である保証はない。漠然としたお題目を標榜するのは、利己的な善意をさも公益と装う詐欺師のやり方でもある。

 信じる者によってもたらされるのは、信じられた者の儲けである。



「モッサに従う者は多いか?」

「増えています。風の王が民衆を見捨てて逃げたからでもありますが、モッサが風の精霊王と共にあるのが大きいです」

「風の王は、本当に民を見捨てたのか?」

「真意は分かりませんが、そう見えるのは事実です」


「王に人徳が無かったのか」


「精霊王を失ったので、王の権威が失墜したのです」

「民衆はそうでも、王の臣下はどうなんだ? モッサを討とうと立ち上がっているのか?」


「風の騎士団は精霊王の移動を阻止するために戦い、為す術無く敗れ、騎士は精霊を失いました。契約精霊がいなくては、騎士とは言えません」

「この世界は、精霊の力がすべてなのか?」

「はい。力のある精霊と契約した者が力を持つのです。風の王の権威は風の精霊王から助力するとの言質を得る事で成り立っています」


「その風の精霊王がモッサを認めたのか?」

「いいえ。モッサが精霊王を従えているのです」

「モッサが、精霊王の上に立った訳か」

「恭順を示せば爵位とそれに見合う精霊を与えるとモッサは宣言し、契約精霊を失った貴族や騎士は、モッサに従う動きを見せています」


「強大な力の前に靡き跪く。よくある話だ」

「精霊王とはそれだけ偉大な存在なのです。問題なのは、精霊王ご自身の意志ではなく、モッサが操っている事です」



 ユートは腕組みをして、考え込んだ。

 推測するなら、モッサはルリを依代にして、精霊王を操っていることになる。精霊王という権威を手に入れるために必要なのがルリだとするなら、モッサが雁皮紙を欲した理由が分からなくなる。

 必要な情報が、まだ足りていないのだ。



「それで、君はどうすべきだと考えているんだ?」

「どうにかして精霊王には祭殿にお戻り頂くのが最良です」

「その方法が、分からないんだな?」

「恥ずべき事ですが、その通りです」


「君が恥ずかしがる事はないだろう」


「私はこれでも学者ですから。過去の記録や伝承などを収集し分析し、この先の方針として王に助言や進言をする役割を担っています。ですが、精霊王を祀る祭殿に手掛かりがあると示唆する文献があるだけで、具体的な記述も伝承もありません」


「精霊王に取り込まれた少女のことは?」

「できれば助け出したいと考えています」



 プロソデアは、その方法も知らないようだった。

 それだけに、「助け出したい」という発言は、ユートとリシアの心情を察した上辺の言葉なのか、あるいは本心からそう思っているのか、分からなかった。

 耳に心地良い言葉を用いて、利用しようと企んでいる可能性は、否定できないのだ。



「さっき猶予と言ったが、どれくらいあるんだ?」

「分かりません。ですが王宮精紋がいつまでも効果を発揮できないのは間違いありません。仮にそうでなくても、モッサは王宮精紋を破る方法を考えるでしょう」

「その前に精霊王を精の循環に返して消滅させようというのが、君が仕える王の考えなのか?」

「はい。その方法を調べるために天の王の命令が下り、私は師の護衛を兼ねた助手として、協定を破り風の領域へ来たのです」



 ユートは目を閉じて唸った。

 少ない判断材料を念頭に浮かべて思案しているのだ。

 現状、一時的な膠着状態にあることが、プロソデアの言う猶予であった。

 そしてユートが懸念するのは、この世界にも複雑な政治対立があり、それぞれの領域に属する者達にも意見対立があることだった。

 いずれにせよ、精霊王をどうにかする方法を発見すれば、局面を打開し優位に事を運ぶ武器になるようだった。


 ユートは結論を出し、プロソデアを見た。



「祭殿は近いのか?」

「いいえ。遠いです」


 ユートは首を傾げた。

「君の師匠とやらは?」

「祭殿の調査をしています。私は邪魔だからと、追い払われました。そこで、この地域に伝わる伝承を調べに来たのです」

「どんな話だ?」

「世界の危機に、ノイ・クレユから救世の勇者が現れるという伝承です」


「都合のいい話だ」

「伝承ですから、細かい経緯は省略されたのでしょう」

「しかし伝承があるなら、過去に事例があったのか?」

「精霊王が災厄をもたらす滅びの危機は幾度かあったと記録にあります。その都度、勇敢なる者が現れ世界を救ったのです」


「それが勇者だと?」

「そう考えられます。ただ、救世の勇者という名称が文献で確認出来るのは、数百年前が最も古い記録です」


 数百年前という微妙な過去がユートには引っかかった。

 元の世界よりも時間の流れが速いなら、モッサが関与している可能性がある。

 世界に危機をもたらしそして救えば、人心掌握は楽になる。

 マッチポンプの陰謀によくある話になる。



「それで、救世の勇者は、現れたのか?」

「はい」



 ユートの表情が驚きに変わった。

 想定外の言葉だったからである。

 自作自演によって救世の勇者を演出するなら、危機は大きい程都合がいい。世界を絶望のどん底に落とす災厄であればある程、人々は救世主のような存在を無条件に受け入れるようになる。

 だが、世界に危機が訪れて十五日では、早すぎると思えたのだ。



「まさかこの男ではないでしょうね」



 唐突にリシアが声を発し、ユートは指を突き付けられた。

 ノイ・クレユから現れるのが救世の勇者なら、ユートも該当する。

 幼き日の憧憬がユートの心に蘇る。

 中二病と揶揄される思春期の記憶は、大人になっても少しだけ尾を引いていたからだった。


 大人と子供の端境期。

 親や先生や大人達や世界への不満、周囲からの抑圧と強要に対する鬱憤、あらゆる負のエネルギーが溜まり続ける。

 親でさえ敵だと感じ、飲み込もうと襲ってくる世界に抵抗した。


 不条理との戦いを強いられる怒りは破壊衝動を生み出し、現実世界リアルへの発散を理性で辛うじて抑えるために、空想世界バーチャルという妄想で解放する。


 それでも逃れられない不条理に直面する。


 だから、未熟な精神性と無知の無謀さを糧に、何者にでもなれるという自惚れを強化して鎧うのだ。

 それでも最後は追い詰められ、不満と鬱憤をバネに、無敵の自尊心に身を固めて飛び出すことになる。

 大人の世界へと。


 だが、逆境によって狭い世界で最強だった鎧は砕かれ剥がれ落ちる。それでも殻を破った自信を抱き、未来を活きる力とするのだ。


 ユートは奢りを誇りと勘違いして飛び出したが、体勢を崩して着地に失敗したのだ。飛び出せずに引きこもりになってしまうよりは、良かったのだろう。

 それでも、無力さによって取りこぼした幻を手に入れるため、無敵の力に憧れる心は、ユートの中で未だに燻っている。



「それはないです」

「だろうな」


 即座に同意の声で応じたユートの表情には、そこはかとない寂しさが滲んでいた。

 言葉の上で、想定内だと虚勢を張っただけだったのだ。

 救世の勇者ではないと即座に否定され、少なからずユートはショックを受け、落胆していたのだ。


「伝承では、救世の勇者は、幻の存在と言われる、光の霊獣を連れているとされているのです」

「光の霊獣か――」

「八日ほど前、ノイ・クレユから光の霊獣を連れた少年が現れました」



 少年と光の霊獣。

 その二つの言葉によって、ユートの意識は少年期の幻想から引き剥がされ、大人として親としての現実に引き戻された。

 少年と光の霊獣が、トーマとファロウの組合せに符合したからである。伝承になぞらえられて誤解された可能性に、ユートは気付いたのだ。だがトーマは、世界を救えるような特別な力を持って無いし、この世界を救うためでは無く、ルリを助けるために来たのだ。



「それでも世界はまだ救われていないんだな」

「そうです。救世の勇者は風の王宮に行き、精霊王とガガン・モッサと戦い、敗れて遁走しました。ですから、その少年は救世の勇者ではないと言われています」

「君も偽物だと思うのか?」

「判断しかねています。ただ、光の霊獣には秘めた力があるのを見ました」


「それで、救世の勇者はどうしているんだ?」


「共に戦った風の騎士を伴って、風の祭殿か風の王が避難した離宮を目指しているようです」

「風の騎士に捕まったのではなく?」

「風の王が救世の勇者を探し出して連れてくるよう、命令を出していたからでしょう」

「モッサの追撃は無いのか?」

「ありましたが、危機は脱したと思います」



 ユートはまじまじとプロソデアの顔を見た。

 隠している何かを見定めようとしているようだった。

 個人の人間性だけではなく社会的しがらみを含めなければ、人物評定は定まらないからである。立場が人を変えるというように、個人的思想だけで行動できないのだ。

 それは独裁者であっても、同じである。


 すぐにでも息子トーマの無事を確かめに行きたいと思うのが、ユートの本音だった。だが、窮地を救おうと思ったところで、ユートにもそんな力はなかった。

 更に言えば、光の霊獣の力を認めているプロソデアは、救世の勇者と共闘する道を選ばなかった理由を考えなければならない。

 つまり、光の霊獣の力だけでは、足りないのだ。



「ところで精霊王が祭殿に戻ると、どうして問題が解決するんだ?」

「そのための祭殿だからです。精霊王が吸収し消費する精の量と、周囲から集まる精の量が均衡する、特殊な場所なのです」


「そもそも精霊王という存在は、必要なのか?」

「精霊王が居なければ精が大地に滞り、飽和した精によって世界の生きとし生けるものは死滅すると言われています」


「重要な存在なのに、精霊王を消滅させようとするのか?」

「時が経てば精霊王は再臨なされます。精の循環とは、凝集し精霊となり遂には王となっても、悠久を経て精へと散ずることを言うのです」


「精霊王とは、危険だが都合よく利用しようという、人間の欲望の象徴だな」

「ユート殿はなかなか面白い視点をお持ちですね」



 プロソデアは驚いたように目を見開いた。

 共感したのではなく、新たな視点を得て喜んでいるようだった。



「それで、救世の勇者はどうやって世界を救うんだ?」

「分かりません」

「矮小な世界だ」



 ユートは呆れたように呟いた。

 結局は、新興勢力と既存勢力の権力争いでしかない。

 新興勢力のモッサが精霊王の力つまり権力を手に入れ、奪還しようとする既存勢力である天の王が、精霊王を消滅させてでも阻止しようとしているだけなのだ。

 そして救世の勇者とは、既存勢力にとっての世界を守る者に過ぎない。

 保守派と革新派の争いと言ってもいい。

 要するに、右翼と左翼の対立である。



「それでプロソデア、君はどうしたいんだ?」

「私は、誰かを犠牲にしなくてもいい方法を探すべきだと思います」



 プロソデアは、探究者であり求道者だった。

 理想と現実、個人の思想と職責との間で葛藤しつつも、実現できる方法を探している。暗中模索だからこそ、異世界から来た人間に興味を抱いたようである。

 そしてユートは、向こうの世界の知見こそが自分の価値だと悟ったのだ。



「それで、わざと捕まったのか?」

「分かりましたか?」

「君からは、捕らわれの身でありながら、余裕が感じられるからね」

「ユート殿も、平然としているように見えますが――」

「俺のは、虚勢だ。女性の前で男が狼狽えていては、格好がつかないからな」


「ごもっとも。ですがあなたは、大物だと思います」

「世の中生きて行くには、はったりと騙し合いが必要だからだ。汚れた生き方さ」

「同感ですが、ノイ・クレユからの来訪者と話してみたかったのは、本当ですよ」

「学者らしい答えだ」

「どういたしまして」



 ユートはプロソデアの目を見る。

 誤解させたと、心の内で詫びた。

 ユートにとっての学者とは、真実の全てを語らずに一部を誇張する事で学説を補強し、学閥を築き上げていくものだからである。

 言うなれば、揶揄である。

 それを賛辞と受け取れるプロソデアの人間性は、純粋であった。しかも悠然とした表情からも、根底にある確固たる自信が感じられる。檻の中に囚われた逆境でさえ、日常にある起伏程度でしかないようであった。



「それなら、そろそろここを出て、救世の勇者の所まで案内してくれないか。道中、もっと話ができるぜ」

「では、一通り話も済みましたし、外に出ますか」

「任せていいのか?」

「自助努力は適度にお願いします」

「いい答えだ。気に入った」



 能力に自信はあっても過信はしていないのだ。

 慢心しているよりは信頼に値する人物なのだと、ユートはプロソデアに好感を抱いた。



「ではシディロウ、この檻を開けなさい」



 極めて自然な所作でプロソデアが言うと、地面から土の腕が生えるのをユートは見た。


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