2-02 虜囚
程なく、一時騒然とした理由が判明した。
檻を乗せた獣車の前に、何者かが連行されてきた。
緑人達がこの男を捕らえるためであった。
ユートは石突で突かれて奥へと追いやられると、檻の扉が開かれてその男が中に入ってくる。
檻の収監人が増えることになった。
明らかに緑人とは違う人種であることが理由のようであった。
緑人達が何か言い、御者台に戻ってゆく。
そしてまた、獣車が動き出した。
獣車は揺れ、ユートは檻の格子を掴んで体勢を保つ。
檻の奥のユートとリシアは並んで座ったまま、初めて見る男の容姿に驚きつつ警戒していた。
髪は金色に光り輝き、白い肌もラメのように光って見える。
瞳は虎のような金色であり、感情が読み取れない。
猛獣に射竦められた獲物になったように、二人は動けなかった。
身につけているのは、ローブのような服だった。淡い黄色地の布に紫の線が入っており、ゆったりとした作りで戦いには向かない仕立てである。
逃げ場が無い狭い檻の中、得体の知れない人物との距離感を、ユートは測りかねていた。
男は平然とあぐらを掻き、ユートとリシアを交互に見ている。
同じ境遇にはあるが、味方とは限らない。
未知との遭遇は、探り合いである。
敵か味方か判別しがたい情況の中、警戒心だけが心を占めて行く。
リシアの態度から、そうした雰囲気がより強く感じられる。
敵を知るから警戒するのであり、痛みを知るから保守的になる。
外界からの刺激を拒絶する方向に心が向かうのは、自己防衛の本能である。
見知らぬ相手は、まず敵として認知する。
そして痛みを恐れる意識が、過剰防衛を生む。
だが、お互いに異質だが、捕らわれた者同士という境遇は共通している事実は変わらない。
異質な存在への恐怖に抗いながらユートは、リシアと同じ態度を示してはいけないと考え、微笑みを向けたのだった。
変わらず男の目は、無機質に見える。
それでも見続けていると、次第にそれが穏和な表情に見えてくる。
さらによくよく見れば、嬉しそうでもあった。
「やあ」
ユートは声を掛け、右の掌を向けた。
意味の無い言葉による挨拶だが、男は首を傾げた。
用心しながら、ユートは未知の人物との距離感を測っていた。
笑顔を見せていた相手が、唐突にキレて殴りかかってくるケースもある。
一方的に話しかけて鬱陶しがられ、意味も分からず殺されるのはユートも願い下げだからである。
お互い探り合うように言葉をためらっていると、今度は男が言葉を発した。
ユートは頼るようにリシアを見たが、彼女も言葉として理解している様子はなかった。
するとすぐに男は、鉄格子を指差して何か言う。
次に空を指してまた何か言う。
続けて、遠くの山を指さしてまた何か言った。
「どう思う?」
ユートはリシアを見た。
「単語を教えようとしているように思えます」
「そうだな」ユートはうなずいた。
逆に、こちらの言語を知ろうとしているようにも見える。
男が指差すままに、ユートは空とか青とか、草とか緑とか、鉄格子だとか、あるいは性別についてだとか、とにかく話した。
喉が渇くほどの間話し続けると、男は横を向いて、誰かに話しかけるような仕草を見せた。
それから再び二人に顔を向けると、微笑んだ。
「しからばこれにて如何か。我が言、通じるか否か」
唐突に男が聞き慣れた言葉を話し始めた。
「まさか、もう話せるように?」
リシアは驚愕の表情をユートに向けた。
「学習したにしては、早すぎるな。しかも古くさい」
「否、通訳也」
「通訳? 君が?」
「我がしもべ、風を操りし者が行いし技なり」
「一応、会話は成立しているようだが、意味が分からない」
「意が伝わらずとは、妙なり」
「というより、言葉遣いが古い」
通常の言語学習プロセスと違うと感じながらも、ユートは説明をする。
どう古いのか、意味合いの違いなどをユートはなるべく多面的な示唆を用いて教えた。
三〇分ほど会話を続けている内に、男の言葉遣いが馴染みのある単語や語調に修正されてくる。
遂には、ネイティブ同士と遜色ない会話ができるようになったのである。
驚くべき学習能力だった。
「では改めまして。私は学者のプロソデアと言います」
「俺はユートで彼女はリシアだ、よろしく。ようやく言葉が通じる相手が見つかって嬉しいよ」
ユートが微笑みを向けると、プロソデアと名乗った金髪の男も微笑んだ。
笑顔は万国共通のコミュニケーションツールである。
そして、異世界の人類に対しても、笑顔の意味合いは共通しているようだった。
警戒を緩めずにいるリシアの逆張りをするように、ユートは大いに警戒心を緩めたのだった。
「私も、ノイ・クレユの方とお会いできて光栄です」
「ノイ・クレユ?」
「あなた方がいた世界のことです。ちなみにこちらはタタ・クレユです」
「知らないことだらけで困っていたんだ。色々教えて欲しい」
「はい。喜んで」
ユートが右手を差し出した。
友好の印である。
だが、プロソデアはきょとんとしている。
元の世界とタタ・クレユでは文化と風習が違うのだと悟ったユートは、握手の意味を説明した。
すると、プロソデアは差し出したユートの手を握りしめる。
その上でプロソデアは、タタ・クレユでは、右手を出して不用意に近付けば敵対行為と認識されるのだと二人に教えたのだった。
敵意を示さない挨拶は、両手を服の袖の内に隠して重ねたまま頭を下げるという。
昔の中国であった、拱手礼のようである。
また、恭順の意を示す場合に跪くのは同じだった。
「それで、通訳というのは?」
「ディミ、自己紹介をなさい」
風が渦巻くようにユートとリシアの間に集まり、朧気ながら人の姿が浮かび上がる。
「初めまして。風の精霊のディミです。ボクがプロソデア様の声を、言葉を換えて、あなた方の耳に届けています。同様に、あなた方の言葉を換えてプロソデア様に届けています」
「驚いたな」
この世界での精霊を喩えるなら、亡霊のような姿をしたスマートフォンだった。
AI(人工知能)による同時自動翻訳をしてくれているような存在だと言える。
言葉とは概念の囲い込みツールなので、そう捉えて相互理解が出来れば問題はない。
「それで君はどうして俺たちと同じように、捕らわれたんだ?」
「私が天の種族の学者だからです」
「天の種族というのは?」
「一言で言えば、世界の均衡を保つ役割を担う種族です」
「なら、この世界で一番偉いのか?」
「いえ。どの種族も対等です。ですが、精霊王を戴かない天の種族が一番下位であると言えます」
「精霊にも王がいるのか。それで、他の種族は?」
「地の種族、水の種族、火の種族、風の種族がいます。それぞれの種族はそれぞれの領域に住み、他の領域への不可侵協定を結んでいます。ちなみにここは風の種族が暮らす、風の領域になります」
プロソデアは、不法侵入で捕まったのだそうである。
この世界でも、人間同士で争っている事実に、ユートは虚しさを感じていた。
だがリシアの表情には、苛立ちと焦りが溢れている。
世界情勢や歴史や事態の背景は、リシアにとって優先順位が低いのだ。
「そんなことより、先に私の質問に答えて。お嬢様は、どこ?」
「あなたがおっしゃるお嬢様がどなたかは存じませんが、ノイ・クレユから来た少女は、今起きている危機の元凶になっています」
リシアは動揺し、だがすぐにプロソデアに襲いかかりそうな敵意を放ち、身構えるのだった。




