表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

3.5 市長の長い話

この回で物語が進むことはありません。

 市長の話はまだ続いている。高齢の方の舌というのは、回り始めたら永久機関だからな。ほとんど振り子のようなものだ。

 それにしても、幽霊ねえ・・・。幽霊なんているはずがない、と言いたいところだが正直怖い。これまでの人生、心霊現象なんかに見舞われたことなんてなかったのに、幽霊が電気なら俺はゴムみたいな感じだったのに、効かないねぇ・・・って感じだったのに。何たる不幸。どうしてあの教室に居ちゃたんだろうなあ。最近は後悔することばっかりだ。


「次の話で最後になります。人間というのは後悔する生き物です」


 いやにタイムリーな話だな。そう思いつつ市長の言葉に耳を傾ける。


「これから先、大学生として、社会人として、あるいはそのどちらでもない道を進む者として多くの選択をすることになるでしょう。人生は選択の連続と言いますが、特にその時期は人生にとって大きな選択を迫られることになります。大きな選択をして、多くのものを得る代わりに多くのものを失い、その失ったものの価値に人間は苦しめられる。それが後悔です。後悔することは無駄だと考える人もいるでしょうが、私は後悔が無駄とは思いません。後悔することによって、深くなる。それもまた人間の在り方であり強さだと、私は考えています。ただ、過去を悔やむばかりで、自分を追い込んでしまうのは良いこととは言えません。それで心を病んでしまったり、自ら死を選んでしまうことはとても悲しいことです」


 長い・・・。老人の話は長いというか、前置きが長くて聞くのが辛い・・・。早く結論を言ってくれよ。


「だから皆さんには、後悔して、追い込まれて辛いと感じたら、今から言うことを思い出して欲しいのです。‟人とは元来、物である”ということです。これはどういうことか、説明します。皆さん、化学反応は知っていますか?塩酸に水酸化ナトリウムを入れると水になるみたいなことです。それでは、なぜ化学反応が起こるのか、考えたことがありますか?」


 まだ続くのかよ。卒業式で化学の話始めちゃったよこの人。何で起こるか?そんなのそこにあるからでしょ。もしかして知能って脳のしわじゃなくて髪の毛の本数で決まるんじゃないか。片足だけじゃなくもう片足も棺桶に突っ込ませてやろうか。


「なぜ化学反応が起こるのかというと、塩酸と水酸化ナトリウムは水になったら、とっても楽だからです。難しく言うと、‘不安定’なところから、水という‘安定’なところに落ち着いたということです。この現象を人に置き換えて考えてみましょう。‘選択しなければいけない’ところから‘選択した’という変化。これは、‘人は元来、物である’と考えると、‘選択した’状態は楽でないとおかしい。もっと大きく捉えると、生まれて死ぬ、というのも人生という変化ですし、もっともっと大きくすると、今という時間は、ビッグバンから始まった変化の途中と考えることもできますよね」


 zzz・・・


「つまり私が言いたいのは・・・」


 はい、このじじいが結論を言うまでに932文字かかりました。


「先ほどの話から二つの重要なことを知っておいてほしいということです。一つ目は、どんな選択をしても、それは他のどんな選択肢よりもよっぽど楽、ということ。二つ目は、自分が何を選択するかは、もともと決まっているということです。これは、塩酸と水酸化ナトリウムは水になるという結果が初めから決まっていることから分かります。‘人は元来、物である’と考えれば当然のことです。もともと決まっていると考えれば、とても楽になれます。これで私の話を終わります。卒業生の皆様の未来がより明るいものになることを心から願っております。話が長くなってしまいました。先生方、卒業生と保護者の皆様、在校生、そして何より、この文章をお読みの読者様。誠に申し訳ございませんでした」


 俺からも謝ります。ごめんなさい。


 市長の下げた頭が会場全体を照らしている。もしかしたら、俺たちの未来を明るく照らしてくれているのかもしれない。

ぜひ、評価を下さい。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ