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1 夜の学校は怖い

 

 死んでしまいたい。


 そう思うことは誰にでもあるだろう。失恋や、何かに失敗して心が沈んだとき。学生であれば、テスト前のプレッシャーから逃げてしまいたいときにそう考えるかもしれない。逆に、プレッシャーが全く無い状況でも、自分の存在価値の薄さを感じて・・・ということもあるだろう。

 だが、それで本当に死んでしまう人がどれだけいるだろうか?

 失恋した者は、数年後には別の恋人を見つけて幸せそうにしていることはよくあるし、そうでなくとも、失恋を甘酸っぱい思い出として消化していることだろう。失敗した者は再度挑戦したり新しい夢を見つけたりするし、テストが終わったら、その開放感によって空がより青く染められる。

 つまり、そんな一時の感情をも退ける人間の生存本能は凄い、ということである。

 人間最高。人間万歳。


 そんなことを考えて絶賛現実逃避中の俺も、まさに今、ため息交じりにその文言を繰り返しつぶやいている。


「死にたい・・・」

 

 机に突っ伏してぼやく男のいる教室を、夕日が照らしている。吹奏楽部が活動している上の教室からは、何の楽器の仕業か定かでない重低音が鳴り響き、校庭から運動部の掛け声が聞こえてくる。部活動に所属していない者はとっくに下校しているから、教室には俺一人。

 なぜ、こんな悲しい状況で死を望んでいるのか、簡潔に説明すると失恋である。さらに大学受験にも失敗した。この後の人生どうしようかというプレッシャーもあるし、誰にも必要とされていないことに気付いて、存在価値の薄さも感じている。こんなにも要素が重なると、流石の生存本能でも死を退けることができるのか心配になる。頑張れ本能。

 大学の方はこれまでの模試の成績でもしかしたら・・・とは考えていたのだが、まさか失恋まで重なるとは想像しなかった。同じ予備校で仲良くなった子に試験が終わったときに告白したのだが、返事を保留され、不合格の通知とほぼ同時に断りのメッセージが届いた。測ったかのようなタイミング。

 先ほどまで、俺と同じく学校に受験の結果報告をしに来ていた友人に愚痴をこぼしていたのだが、そいつも合格祝いのためにさっさと帰ってしまった。妬ましい。

 本当にこれからどうしよう。

 

 吹奏楽部からの音色や、運動部の声がしないことに気付く。寝てしまっていたのか。もうかなりの時間が経過したようだ。教室に差し込んでいた夕日は月光に姿を変えて、漂う雲に微かな輪郭を与えていた。

 そろそろ帰らなければいけない。帰った後、親になんて言おうかと考えると足が重い。本当に死にたくなってきた・・・。

 立ち上がり、椅子に掛けておいた上着を取ろうと振り返る。途端、驚いた身体がビクッと跳ねて、2,3歩後ずさりする。


 女が立っているのだ。教室の後ろ側の窓際に長く黒い髪を胸の高さまで垂らした女がこちらを見ている。女は驚く俺を見て薄く笑った。


「あなた、死にたいんでしょ?」


 

 その問いかけに対して、驚きのあまり言葉を失った俺は女をただじっと見つめていた。背中を向けるのが怖くて逃げることもできないし、そもそも足が動かなかった。女はそんな俺を見て微笑を浮かべていた。よく見ると、女は整った顔立ちで透き通るような白い肌だ、この学校の制服を着ている。背は俺よりも少し低いだろうか、遠くではよく分からない。線が細く、月に照らされた姿はどこか儚げだ。この学校の生徒と分かって、体のこわばりが少し解けた。


「は、はひ・・・?」

 

 問いかけに対する返答を試みたが、見事に失敗。恥ずかしい。体のこわばりは解けたが、舌が上手く回らなかった。


「死にたいのなら、協力するわよ」


 女は微笑みを崩さずにそう続けた。美しく通った声だ。

 この女、怖すぎる。なんなんだ、死ぬ...?協力ってなんだ?とにかく怖い。

 電柱に群がるモズの鳴き声が聞こえてきた。

ぜひ、評価を下さい。お願いします。明日も0時に投稿します。

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