大丈夫です
「――そんな。だって、全然違うじゃないですか。ざまぁして、愛されて、玉の輿に乗って、お姫様生活のはずだったんですよ。……何で、誰も私を好きにならないんですか」
「それは、君が誰も好きじゃないからだよ。クラリッサ」
未だショックを受けている様子のクラリッサに、ディーノがさらりと言い放つ。
「あなたが好きなのは、設定であり、肩書であり、自分だけ。……そんな人のそばにいたいと願いますか?」
エドモンドの言葉を聞くと、それまで呆然としていたクラリッサが神の使いだった少年を睨みつけた。
「そんなの、認められません。何がラッキー転生キャンペーンですか、嘘つき!」
「――あなたが願った内容は叶えられました。ここからは、自分の力で頑張ってください」
エドモンドは顔色を変えることなくそう言うと、ニーナの背を押してクラリッサから離れようとする。
「待ってください! それじゃ、私はどうしたら良いんですか」
クラリッサは半べそ状態で、その場に座り込んでしまった。
彼女の言いたいこともわからないではないが、契約自体は正しく履行された。
それに、一文目に『悪役令嬢は才色兼備の侯爵令嬢で、王子と婚約している』とあるのだから、それらはすべて契約のおかげで手に入ったものなのだろう。
ニーナからすれば、既に十分な見返りはあったと思う。
ディーノに恋しているような様子もあまり見られないし、やはり本人が言うように『ざまぁして、愛されて、玉の輿に乗って、お姫様生活』自体が目的だったのかもしれない。
だが、『どうしたら良いの』と言う言葉に、思わずアイーダを亡くした自分を重ねてしまう。
気が付くと、エドモンドの手をかわしてクラリッサの元に戻っていた。
膝をついて視線を合わせると、半べその美少女がこちらを向く。
「何ですか。あなたに用はありません」
「――クラリッサ様は、美人です」
「は?」
「家柄も良く、お金もあります」
「な、何?」
「そして何より、生きています」
「何を言っているの?」
「だから、大丈夫。何でもできます。何にでもなれます。私とは違います。……個人的には、クラリッサ様はドジっ子ヒロインが天職だと思います」
そう言ってクラリッサの白い手を取ると、ぎゅっと握る。
「クラリッサ様は、大丈夫です」
「ヒロインって、あなたもしかして」
それは、この世界では知るはずのない言葉だ。
微笑むニーナに、自称悪役令嬢の美少女が困惑している。
そこに、攻略対象だった美しい王子がやって来た。
「……婚約、どうする?」
ディーノが優しく問いかけると、クラリッサは涙を拭って顔を背けた。
「何ですか、わざわざ。ディーノ様は、私が嫌なのでしょう?」
子供のような態度に、ディーノも苦笑する。
「俺はクラリッサのこと、好きでも嫌いでもないよ」
ディーノの素直すぎる酷い発言に、思わずニーナも眉を顰めた。
「それは、どうでも良いということですよね」
「君がそう思うのなら、それで良いよ」
そう言って微笑むディーノを、クラリッサはじっと見つめている。
「……違うんですか?」
「どうだろうね。そのままでも結婚していたのに、わざわざ拗らせようという気持ちはまったく理解できないし、付き合わされた方としては気分が悪い。……今度は、契約の力を借りずに頑張ってみるんだね」
「そ、それは。……ディーノ様も、ご存知だったんですか?」
「ああ。君が悪役令嬢を望んだから、俺は攻略対象の王子として契約させられた」
契約に巻き込まれたことに対しての苦情に、クラリッサも弱気になっている。
だが、ニーナは寧ろディーノの言葉が意外だった。
婚約はしていたが、ただそれだけという雰囲気だったのに、この言い方だともう一度やり直そうと言っているようにも聞こえる。
『好きでも嫌いでもない』と言うのはただの照れ隠しか、腐れ縁ということか、あるいはこれからに期待という意味なのかもしれない。
ニーナはクラリッサの手をもう一度しっかりと握りしめると、その翡翠の瞳を見つめた。
「クラリッサ様は、大丈夫です」
困り顔も泣き顔も美しいし、やはり彼女はヒロインの方が向いている。
今度は一度嫌われるなんて面倒なことをしないで、まっすぐに愛されて欲しい。
じっとニーナを見ていたクラリッサは、はっとしたようにその手を振りほどいて立ち上がった。
「あ、あなたみたいな平民に、声をかけられる謂れはないわよ!」
これはまた、王道のセリフがやってきた。
ニーナは微笑みながら立ち上がると、一礼をする。
「そうですね。何と言っても、天下無双のクラリッサ様ですからね」
「待って」
そのまま離れようとしたニーナを、慌てて呼び止めたのは良いが、何やらクラリッサがもじもじとためらっている。
「あなたもよ」
「……はい?」
「だから! ……あなたも、大丈夫よ。天下無双の私に比肩するヒロインなんでしょう?」
顔を真っ赤にして呟くクラリッサを見て、ニーナも笑みがこぼれる。
詰めが甘くてせっかちでドジっ子な上に、どうやらツンデレ属性も持っているらしい。
「――はい。ありがとうございます」
顔を背けるクラリッサを見て、ディーノも苦笑している。
好きでも嫌いでもないのかもしれないけれど、きっと、情はあるのだろう。
それが伝わってきて、ニーナは何だか幸せな気持ちになった。





