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公務員の独り言

 この社会は、人間の頭が作ったものばかりだから、すべて虚構だ。意味のあるものなんか、本当は何もないと僕は思っている。生きていく上で一番必要なものは、もちろん金だ。

 僕は公務員だが、役所に来るやつは、ほとんど馬鹿ばかりだ。役所に来たって、金が儲かるはずもないし、大体貧乏人はどうしたって貧乏から逃れられないものだと、僕の短い人生経験でも分かる。そして、金持ちは何もしなくたって金が入ってくる仕組みになっている。僕の担当部署は福祉関係だから、頭の悪い、貧乏人ばかりがやってくる。業務上親切に対応しているが、こいつらは一生浮かび上がれないと思う。先を読むことを知らないのだ。自分の置かれている状況をまったく理解していない。安定ばかり求めたって、世の中、確かなものなどひとつもないのだから、自分の身は自分で守れよと言いたくなる。国や地方の財政状況を見れば、おのずと答えが出てくるのに。この国はヨーロッパの福祉国家とは違うということが、なぜ分からないのだろう。まあそんなことをいちいち気にしていたら仕事にならないし、苦情処理だけでも大変なのだから、変な同情心を起こせば、自分自身が回らなくなる。公務員に必要なものは、想像力をもたないことだ。このことを僕は職場で学んだ一番のことだ。スムーズに仕事をするには、善悪ではなく、必要かそうではないかを瞬時に判断することだ。だいたい、物事の善悪の基準ほど曖昧なものはない。同じ神様を信じていて、平気で殺し合いをしているじゃないか。一応、法律とか規則とかあるけど、そんなもの破るのは日常茶飯事だし、ドストエフスキーだったか、有名な作家が言っていたが「人間は罪を犯したいものだ、法を破りたいものだ」と。


 何かの折に思い出す出来事がある。

 冬の寒い朝だった。勤め始めて一年目のことだ。お気に入りの喫茶店でモーニングを食べて出勤しようと、歩いていると白装束の老人が倒れていた。四国のお遍路さんの格好のようだったが、詳しくは覚えていない。短く刈り込んだ髪の右側から少し血が流れていた。

「・・・・・・・・」

 僕に何か言ったようだった。おそらく、助けをもとめていたのだろう。僕はしばらくその老人を見ていたが、そのまま通り過ぎて、いつもの喫茶店に入り、モーニングセットを注文した。そして、スポーツ新聞を読みながら、トーストを食べ。ゆで卵を食べ、サラダを食べ、熱いコーヒーを飲んだ。その間、倒れていた老人のことは、思い出さなかった。そして、そのまま定時に出勤した。

 翌日、新聞の地方版を読んだが、老人の行き倒れの記事はなく、職場でもそのことについて、何も話されなかった。おそらく、誰か他の人間が手当てをしたか、救急車を呼んだのだろう。そして、大したこともなかったのだろう。僕が助けなくても、誰かが助けたということだ。

 どうして、僕はあのとき、あの老人、血を流していた爺さんを助けなかったのだろう。出血量はそれほどではなかったし、意識もあったのだが、彼は確かに僕に助けを求めていた。

 そう、僕は冷酷な人間なのだ。

罪を犯したい人間なのだ。

 人が血を流している場面を楽しめる人間なのだ。

 巡礼の覚悟をしている人間が、安易に助けを求める、その甘えた精神に唾を吐きかけては喜んでいる合理主義者で、物事の本質を追求する詩人なのだ。

 そして、職場の同僚には感じよく見られ、応対するお客さんには高感度抜群で、恋人にはとても優しい、まともな人間なのだ。

 公僕=公務員とは、そういうものだ。


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