ジャンヌダルク考幼少期9
夜も更けたと言うのに、村はこうこうと松明の光が溢れ、男の怒声とおんなのすすり泣きに溢れていた。
村の中心にある小さな教会には、村中の女子供が集まり、
教会の周りには、成人を前にした少年たちが、張り詰めた空気を醸しながら、警備をしていた。
フィリップは、教会の椅子に座り、木製の粗末なキリストに見守られながら、女の赤子を抱いていた。
父親に内緒で、教育係りのシメオンに着いてここに来るまでは、激しい戦闘を期待していたが、
いざ、村に入る頃には、大方の夜盗は、先陣の人間に確保されていた。
我が儘を言って…40キロ近くを黙って歩いてついてきてまで得られるものなど、
兵士としてのフィリップには無かった。
が、現在、その手には、小さな命が希望の光を笑顔に変えてフィリップを照らしていた。
少し前に、村にある妖精の木下で拾った命だった。
生まれてそれほど月日はたっていないかもしれない。
柔らかくて小さかった。
戦の続く小さな村で、初夏の収穫を前に、
食べさせる事が無理だと戦に乗じて親が棄てたのだろうか?
それとも、道ならぬ恋に神の理を外れて生まれた魂なのか…
どちらにしても、発見時の赤ん坊は
誘拐されたと言うより、棄てられた、と言う雰囲気が現場に漂っていた。
その時、フィリップは安全と言う意味で、この何もない村の外れの警備を任されていた。
父のジャンはフィリップをとても愛していて、
なかなか、戦場に出陣することを許してはくれなかった。
そして、フィエレンツェや、ギリシア辺りからわざわざ呼んだ学者をつけて、沢山の本を与えてくれた。
それは、とても嬉しいことではあったが、
年頃のフィリップからすれば、早く出陣し、
一人前の男として認めて欲しいのが正直な気持ちだった。
でも、フィリップの少年の日々を、
消えかけの蝋燭の炎を惜しむように見つめる父王の瞳に、
強くそれを言うことは出来なかった。
父ジャンは混乱する国内で戦い、
偉大なるカール大帝が神の大陸……ヨーロッパを異教徒から守るためにも戦っていた。
最後の十字軍…そう言われたニコポリスの戦いは、残酷な異教徒に弄ばれる結果に終わった。
それについて、父は誰にも語ることは無かったが、
その徹底した姿が逆に、吟遊詩人などから漏れ聞こえる戦の凄まじさをフィリップに感じさせたのだ。
ある意味、こうなる事は分かっていた。
あの有能なシメオンが、無怖公ジャンを怒らせ、
自分と隊の兵士の命をかけてまで、フィリップを危険な戦場へ連れてなど来ないことを。
今回、驚くほど簡単に着いてくるのを許されたのは、この結果を彼は知っていたからかもしれない。
でも、それを責める気持ちにもならなかった。
腕の中の小さな命は、フィリップに人の温もりと愛しさと、その脆さをフリップに伝えていた。
母親に棄てられたのだろうか?
戦の時期を前にして、春を売る外国の女たちも移動を始めたと噂を聞いた。
繊細な人形のような小さな手で、フリップを…この世にしがみつこうと動かす赤子の指に、
自らが、愛されて育ってきた事を自覚して胸がつまる。
この小さな魂は、この先どうなるのだろうか?
フリップの胸に広がる焦燥感を感じたように、赤ん坊は、目を開き、悲しそうに彼を見つめる。
フリップはその瞳に、慈愛の微笑を投げかけて、
静かに抱き直すと聖歌を口ずさんだ。
フリップの張りのある美しい発音の言霊が、小さな教会に巡ると、
誰となく、それに続き、悲しみとも、癒しとも言えない、切なくも清らかな世界をそこに作り出す。
グレゴリオ聖歌と呼ばれるその清らかな調べは、生きている人々に、勇気と夜明けが近いことを感じさせ、
かつて命を奪われたものに、一時の安らぎを与える。
敵方の王領の人々を混乱させないよう選ばれたのは、赤地に白十字のヨハネ騎士団の面々だった。
それを反転するように、白い服に大きく縫いとられた赤地の十字を体にまとい、100年の眠りから目覚めたモレーは、人々の心を一時、暖かく照らす少年と赤ん坊の姿を悲しそうに見つめていた。
人の世界の言い伝えとは真逆に、
悪魔に身を売ったと言われた、テンプル騎士団総長、ジャック・ド・モレーの魂は、イエスの傍らに近いところでそれを眺め、
教会の外の闇の中で、かつて、彼を火炙りにしたギョームの魂は、
なかに入ることすら許されず、漏れ聞こえる聖歌の響きに身を焦がす。
少し離れた闇の中から、半狂乱に叫びながら、一人の女が教会へと走ってくる。
彼女はイザベル。
農夫ジャック・ダルクの妻である。
少し前に、女の子を亡くして心を病んでいた。
が、小さな女の赤ん坊が、騎士に助けられたと知ると、
無気力だった瞳に光を宿し、教会へと走って行くのだった。
ギョームは、聖歌の清らかな青い炎に焼かれながら、神と言う存在の残酷さを見つめている。
今日、少年が助けた命を
成人した彼が焼き滅ぼすのだ。
かつて、ギョームがモレーにそうしたように。
この清らかな調べを口にする、穏やかで優しい少年を闇の住人へと追い落としたもうのか…
ギョームは、体を信仰の炎で焼かれながらも、自らも100年の時を経て、口ずさむ。
神を称えるその歌を。
時と情報を経て語られるこの話、この先が気になる。
書いている本人が言うことでは無いけれど、なんかモレーとギョームと語られる
ジャンヌダルクの物語は続が気になる。
この物語では、ジャンヌダルクは、捨て子の設定のようだ。
これは、のちに、お兄さんがジルに偽ジャンヌを紹介するとか言う話なんかを思い出して
綴られる。
今回、無怖公を無怖王と間違えてしまったが、混乱の中、シメオンの視点では、既にジャンこそが王
みたいなイメージが頭を回ったからだ。
だから、なんとなく、公になおしたくなかったりした。
なんだか、余韻が残る、面倒くさい話だなぁ。