ジャンヌダルク考少女期6
倒れた元隊長は、しかし、天国への道を讃美歌一曲分だけ昇ったところで我に返る。
と、止めないと!
軽い目眩はしていたが、格闘を生業に生きてきた人物だ。なんとか持ち直す。
そして、殴った方も元は同じ隊の仲間だった男。
盗み働きの仲間割れで、年長者を殺したとあれば、これから何処に行っても、その悪名から生涯逃れる事は出来ない。
いい感じに手加減はしている。
しかし、若者たちはこの年配の日雇い兵士のスキルを本当の意味では知らないでいる。
激戦地に派遣され、四十路を生き延びてきた、この男は、ずる賢さと独特の先見の明がある。
その感のようなものが、さっさと、この国から逃げろと告げていた。
だから、少し、危険を犯しても略奪に荷担したと言うのに。
男は、気配を消して屋敷の方へと闇をまとって進む。
が、時既に遅し。
屋敷の中は激しい捕り物の音が聞こえ、遠くから馬の走る音を感じる。
逃げなくては!
男は、目まぐるしく頭を回転させながら、騒がしくなる前に屋敷から急いで離れる。
船で待機する仲間の元に走る。
全く、ろくでもない。
最近の若い奴は、年配者の話をバカにして、よくよく考えずに行動する。
まあ、そんな人間と略奪行為に至る自分も言うほど賢くもないのだが。
と、男は自虐的に笑い、そして船へと急ぐ。
やはり、あの噂は本当なのだろう。
イングランドは寝返ったのだ。
仲間の現場の配置に不自然さを感じたのは間違いなかったのだろう。
なんとなく、ノルマンディーやイングランドと関係のある人間が、中央からはずされている気がしたのだ。
偉いさんの難しいことは分からないが、各所の会話の音が微妙に変わったのは何となく感じだ。
男は、船へとたとりつくと、事情を知りたがる仲間を圧して岸を離れる。
あのバカ共のおかげで助かったのかもしれない…。
あまりにも上手く行き過ぎた計画に、誰かの策略を感じる。
俺たちは、はめられたのかも知れねぇ。
男は、眉を寄せて考える。もし、イングランドがあのお方を裏切ったとしたら、我々は、フランス王家との和睦のための小さな贄だったのかもしれねえ。イングランド系の略奪者として王族に渡される。
「どうしたんです?」
随分と下流へ流れたところで部下の一人がランタンを布から取り出しながら、男に恐る恐る声をかける。
「いや、悪かったな、ワイン樽を持って帰れなくて。」
男は、昔からの馴染みの部下に素直に謝った。
考えれば、けっして良い上司とは言えない自分に、この男は長年、誠実に尽くしてくれる。
「全く、どうしたんですか、親方。アタシに謝るなんて、悪いことがおこりそうで気持ち悪いですよ。」
部下は子供のように素直な表情を男にむける。
その無邪気さに毒を抜かれて男は笑い、胸にしまっていた上等のワインを忍び得物を器用に使い開けると一口含み、部下に回した。
「そうだ、なにか、嫌な事が起こる気がする…。が、まあ、今日はこれを飲め。これは、王さまやお姫様が飲む上等なワインだ。
俺らが一生働いても、飲める代物じゃ、ないんだぞ。」
男は、そのワインを売って一人で儲けようと考えていた。
が、この部下の間抜けな笑い顔をみているうちに、なぜだか、ワインをこの男と味わってみたくなったのだ。
なんどか、略奪で手に入れたことはあるが、高級なワインとは、金に変えるもので、飲む事なんて考えた事も無かった。
「!ふっ…。親方、これ、なんだかかび臭いきがしやせんか?」
同じく安酒しか知らない部下は、本気で文句を言っている。
「これでいいんだ。」
男は、面倒くさそうに言う。
「本当ですか?王さまって言うのは、あんまり良いもんじゃありやせんね。」
と、ワインをゴグゴク飲む部下の頭を、男は、軽く叩いて瓶を奪うと、
「だったら飲むな。」
と、残りのワインを惜しむように捨てぜりふを吐いた。