奈美、男心を語る。
男心の繊細さ…かぁ。
奈美はため息をついて、焚き火をつついた。
休みで剛達と会った奈美は、アイドルについて色々聞いてみることにしたのだ。
話をふると、剛は話し出した。
世間話だと、ほとんど会話に参加しないのに、今をときめくアイドルグループの話だと、口が軽くなるから、好きなんだと思う。
先生でもないのに、若い女の子の名前と特技がポンポン出てくる。
つい、うれしそうな剛の話を聞きながら、軽く詩が出来てしまったくらいだ。
好きな人の話をするときは、不思議と上をみて、少し目を細めて、頬が明るく輝くのだ。
おっさんでも!
剛を見つめながら、「ああ素敵な顔だなぁ」なんて、思う自分に驚きながら、言葉が詩になるのを魔法のように感じる自分に照れながら、不思議の世界に浸っていた奈美だけれど、ある一言で台無しにしてしまった。
剛はスマホを操作して、一人の女の子の画像を出してこう言った。
「この娘いい子でしょ?」
で、反射的に聞いてしまったのだ。
「どこが?」と。
うわぁ…。思い出すと頭が痛くなる。
しかし、写真を見せられて、『かわいい』ではなく、『いい娘』と言われたら、女は混乱するのだ。
それは、身体的にいい(プロポーションの)娘なのか、
顔からにじみ出るような、性格の良さを表しているのか…
混乱して、つい、根掘り葉掘り聞いてしまったのだ。
そうしたら、剛は口が重くなり、あまり語らなくなってしまった…。
今思えば、仏様だって、「良いお顔ですね。」
って、仏像を誉めたりするんだから、そんなノリで
「うん。良い娘ね。」
って、なぜ言えなかったのだろう。そうすれば、貴重なアイドルに憧れるおっさんの様子をもっとDEEPに観察できたかもしれないのに…
奈美はため息をついた。
微妙で繊細な男心なんて、今まで考えもしなかったわ…
奈美の頭の中で、昔の少女アニメの主題歌が流れていた。
♪るるるっ。いじめないでね。
繊細なこの気持ち。そっと受け止めてほしいのよぅ。
くそっ。
思わず焚き火をつつく棒に力が入り、薪が勢いよくはぜて、つい、奈美は飛び退いた。
「大丈夫?」
とっさにジャンに支えられて、逞しい腕の感触にドキリとした。
ジャンは、後ろから奈美を抱き締める形になり、奈美の耳元にジャンの息が触れる。
「う、うん。大丈夫よ。」
奈美は慌ててジャンから離れようとして、ジャンもそれに気がついて、急いでもとの場所へ戻る。
今度こそ、言葉は選ばないと。
奈美は息を吐いてジャンに微笑みかけた。
考えた事もなかったが、女は女に辛辣なのだ。顔で性格をはかったりはしない。
疑うのだ。
とくに、男むけのメイクをしている女には!
だから、男が女の外見を性格として誉めると、つい、反論してしまうのだ。
で、反論された男は、萎縮する。
でも…、私だけが悪い訳じゃないわよね(-_-)
奈美は、赤裸々な周りの男どもを思い出す。
いい娘
この言葉、奈美の周辺では、エッチな写真と共に語られる。
まあ、工務店と言う男の巣窟では日常で、その言葉は奈美の母親の嫌みと、男達の非難めいた言葉で締め括られる。
男なんだから、しかたないさ。
そうよ。男を免罪符に使うから、私が「良い娘」と言う台詞に変なイメージを持つわけよ。
ちなみに、健二は奈美を「かわいい」で誉め、「いい子」と言われた記憶がない。
男は、女の顔に性格を重ねるのか…
こう考えて、ふと、ジャンヌダルクの肖像画が統一されていないことに疑問を感じた。
アイドルにとって、顔は大切なはずだわ。
それは、聖女でも同じはずで、肖像画が無いのが不思議な気がした。
このシュチュエーションで、皆好きに想像出来たって事かしら?
もしかして、故意に顔をうらないで想像してもらう戦略だったのかな?
奈美は、ジャンヌダルクのプロデューサーに思いをはせる。
シャルル7世は、母親に不義の子だとののしられ、ブルゴーニュ家との和解の席でジャンを殺して、息子のフィリップに恨まれている。
どう考えても、神様に愛されているとは思えない。
純真なジャンヌダルクを使って、イメージ戦略を担った人間が居ると考える方が自然なのだ。
そうでないなら、殺されたジャンと息子のフィリップは、やりきれない。
親を殺した男が神に祝福された王なんて!
私がフィリップだったら、絶対教皇庁をおどすわ。
教皇は、女の予言者を認めて、イングランドとブルゴーニュの信者を敵にまわすのか?と。
これは、結構な脅迫になるわよね。
「良かったら、ここで休んでください。」
ふいに声をかけられて、奈美は我にかえる。
ジャンは、自分のマントを地面に敷いて、奈美が眠れるようにしてくれていた。
「火の番は、俺、しますよ。」
ジャンの照れの入った笑顔に、奈美はつい、みとれてしまう。
底抜けに優しくて、可愛らしい笑顔に見えたからだ。
「ありがとう。でも、大丈夫よ。色々考えることもあるし。あなたこそ、眠らなくていいの?」
奈美は、どことなく疲れの見えるジャンを気遣った。「大丈夫です。こう見えてタフなんですよ。」
ジャンは、少し自慢げな微笑みを奈美に返した。
「じ、じゃあ、少し話しましょうか。こ、恋ばなとか…」
奈美は、両手を握りしめて気合いを入れた。
よしっ。今度こそ、アイドルに憧れる男性心理をモノにするわっ
奈美の気合いの入った顔を、ジャンは微かな恐怖と共に見つめていた。
何か、とてつもなく興味を持たれた自分。
が、しかし、ロマンチックとは程遠く感じるのは何故だろう?
うら若く、美しい貴婦人に見えるのに、どことなく騙されたような、不安を感じるのは何故だろう?
焚き火の光が作り出す、奈美の顔の陰影に、古の魔女キルケーを想像するジャン。
ある人には老婆
また、ある人には美しい貴婦人に見える伝説の魔女キルケー。
あながち間違いではないが、美魔女と呼んでも怒られそうな繊細な実年齢の奈美。
口は災いの元だぞ。ジャン。