春分6
静かな冬の夜は更けて行きます。
ああ、この深くなる闇が…私達をこのまま、包んでくれたら、そう願ってしまいます。
が、作者にはそろそろ限界のようです。
ザントマンがブラームスの『眠りの精』を歌いながらやって来ました。
ザントマンとはドイツの眠りの妖精で、老人の姿で夜更かしする子供の目に眠りの砂を撒くのだそうです。
「ダメですよ…作者は私がベッドにつれて行きますから、砂をかけないでください。」
私の言葉にザントマンは肩をすくめた。
「どうしたの?」
作者が目をさまし、不意の来客に驚いて声をあげました。
「ドイツの…妖精さんかぁ…
日本は砂をかけるのは婆さんなのに、ドイツは爺さんなんだね。」
作者の言葉にザントマンは不満そうでしたが、体の大きさほどのマロングラッセを貰うと、嬉しそうに帰って行きました。
「はぁ…そろそろ寝ようか。」
作者は立ち上がり、ハンガースタンドの小さなテントを片付け始めました。
「どうぞ、そのままで…もう、眠ってください。」
私が作者を止めます。
そう、貴女が帰ってしまったら…私には片付ける暇が沢山あるのです。
「いいよ。さすがに悪いし。」
作者の言葉に、他人行儀な寂しさを感じてしまうのは…なぜなのでしょう。
「はい…それでは、私は洗い物をしてきましょう。」
私が食器などを手にすると作者は嬉しそうに頷きました。
食器を洗いながら、どことなく寂しく感じるのは、作者が忙しくなったからでしょうか…
私も人気の作品のキャラクターになったら…いつも一緒にいられるのでしょうか…
不毛な疑問が頭をもたげます。
ため息をひとつ…白い息がバラの姿になって冬の空気に溶けて行きます。
昔、作者とよく聴いた歌が思わず口から飛び出しました。
小林明子さんの『恋に落ちて』
ドラマ『金曜日の妻たちへ』の曲として人気を博しました。
物語は不倫などの内容があったと記憶していますが、この歌は現在でも、恋に迷う無垢な心が輝いているのです。
気がつくと、作者が拍手をし、楽しそうに私に話しかけてきました(///ー///)
「なつかしい…小林明子かぁ…ねえ、なんか他の曲も歌ってよ。」
作者の無邪気さに…なんだか悩むのが馬鹿馬鹿しくなってきました。
「もう、遅いですよ。部屋は片付きましたか?」
私の言葉に作者は笑って頷いた。
穏やかな冬の夜…
屋根を伝う雪解け水が滴る音だけが辺りに響きました。
「そうね…でも、なんか目が覚めちゃったの。
屋根裏部屋に行こうよ。星を見ながら一緒に寝落ちしよう。」
作者は甘えるように言った。
「仕方ないですね。では、皿を拭くのを手伝って下さい。」
嬉しい気持ちを隠しながら私は言った。
冷たく澄んだ冬の夜風に微かな春の予感を感じました。