ミシェル・ノートルダム2
少し、肌寒い風が流れて、奈美はミシェルに自分のストールをかけてあげた。
「もう、秋ね…。新学期はどう?」
奈美はミシェルに穏やかに聞いた。ミシェルは、奈美を見つめて、数秒考えてから、
「わからない。」
と言った。
やはり、剛との融合キャラね。
奈美は、ため息をつく、剛もよく「わからない」と言うけれど、こう言う所は似て欲しくはなかった。キャラを作るのも一筋縄ではいかない事を理解した。それで、質問を変えてみる。
「学校は楽しい?」
「ん?わからない。」
ミシェルは、みんな分からないようだ。どうしたものか、
奈美は、こんなところだけ剛に似なくてもいいのに…と、思いながら質問の仕方を考える。職人の家に生まれ短気の奈美は、剛にはイライラして怒鳴ってしまうが、小さなミシェルにそれをするような教育は受けてない。弱い奴は守る。闘うなら強いやつ。これが奈美の家の教えである。それにしても、どうしよう?ミシェルを見つめて、奈美は彼を理解しようと考える。
多分彼は抽象的で曖昧な話は、上手く通じないのだ。
「じゃ、アヴィニョンに流れる川の名前は?」
奈美は、破れかぶれでクイズ形式で質問する。
「ローヌ川。」
これには即答して、奈美の気持ちを落ち着かせた。
質問の仕方を間違えなければ、ミシェルはキチンと答えてくれる。
川…これ、わりとヨーロッパを理解するには大切な知識だ。
ネットより、本を読んだ方が知識が身に付くとか言うが、ぼやっと本を読んだところで、大人になって「なろう」の短編ひとつ書けない。
それだったら、WEB小説を考えていた方が、よほど身に付く知識もあると、今の私は思う。
まあ、それも、私の場合は、子供の頃の読書の下隅があるからだが。
まあ、とにかく、ヨーロッパの地理を理解するなら、国の名前より、川の名前と都市を知る方が、理解しやすい…ような気が最近はする。
現在の国の配置とルネサンスでは違う。
ドイツも
イタリアも
スペインも
ルネサンスにはない。私の読んだ歴史関連の小説は、現在の国の名前で表記されていて、それで理解しようとするから、知識として記憶するだけなら、それでいいが、歴史小説を書くとなると使えない。イタリアまで続く広大な神聖ローマ帝国と、北欧のゲルマン人の作った国のドイツでは、関連する知識がイメージとして同じようには出てきてくれないからだ。
アヴィニョンは、中世からアヴィニョンでも、国名はフランスとは限らない。
でも、ローヌ川は、誰が統治しようとそこに流れている。
「それぐらい分かるよ。あの川の向こうにはリヨンがあるんだ。僕も大学に行ったら、リヨンに遊びにいくんだ。印刷工場があって、沢山の本が見つかるはずだよ。」
ミシェルは、夢見るように笑顔で語る。
「本、好きなんだ?」
その可愛らしい笑顔に、つい、自分もつられながら奈美は聞いた。
「うん。本は好きだよ。」
その笑顔につられて、奈美も微笑んだ。
「私も、本は好きよ。」
清々しい風が二人の頬をなでる。その中に秋を感じさせる冷たさがあるのを奈美は切なく感じていた。
どこからともなく、ハーブの香りを風がつれてきて、日差しの力が弱まり、静かに昼下がりの終わりを告げるようだ。
「でも…ラテン語だから、少し面倒くさい。父さんは色々な地域の人と話せて便利だっていうけれど、僕はフランス語が楽でいいのに。」
不満そうなミシェルを見て、奈美は笑った。
やはり、楽がどうかが大切なんだ…
「そうね…。あなたの望むような本が出るといいわね。いっそ、書いちゃえば?」
奈美は、いたずらっぽくわらう。後にそれが物凄いベストセラーになって、後生に残るなんて、小さなミシェルは考えても無いのだろう…そう考えて、ふと、奈美は思った。
ノストラダムスは、本当に…500年も先まで自分の本を残したいなんて、考えたのかしら?
奈美の読んだノストラダムスの関連本では、彼は子供の頃からの予知のチート力があり、凄い話だと人助けまでしてしまうのだが、剛と融合している奈美のミシェルには、そんな壮大な野心はない。
「ダメだよ…。紙は高いんだから、僕の文章なんて無駄なものには使えないよ。それに、ラテン語をしっかりと覚えないと、父さんにおしりを叩かれちゃうよ…。来年はアヴィニョン大学に行くんだし、クリスマスまでに聖書の詩編を暗唱できないと、僕、馬を買って貰えないんだから。」
ミシェルはため息をついた。
「父さんみたいな公証人に早くならなきゃいけないのに…」
そ、そうよね(-.-;)
絶対にこれが自然だわ。
なんで、いきなり医者を目指す展開になるんだか、よくわからなかったのよ…
いや、当時は、予知とビジョンとカッバーラのチート能力に隠されて、つい、信じてしまったけど…
大人になって見ると、普通、長男が家業を継ぐのが当たり前で、それを望むのが自然だわ…
と、そこで、奈美は左手で器用にチョコレートの銀紙を広げるミシェルを見た。
ダ・ヴィンチ…
そういえば、ダ・ヴィンチも左利きで父親が公証人。
共に、ルネサンスの西洋史に名を残し、世紀末前後に話題になった人物。
けれど、ダ・ヴィンチは、私生児で親の家業を継げなかった代わりに、自由に左手を使い、天才として生きることになる。
かたや、私のノストラダムスは、父親に愛され、家業を継げるかわりに、左手を矯正されて、混乱ばかりしている(フィクションです)
この二人は、私の頭の中では対照的で、対になってるんだわ。
奈美は、自分の頭の中を不思議に思いながら、銀紙を興味深げに見つめるミシェルを見つめた。
「ねえ、ミシェル、あなた、ライン川とドナウ川は知ってる?」
奈美は、はやる心でつい、脈絡もなく聞いてみる。
「知ってるよ?ライン川もドナウ川も、ローヌ川も…みんな大陸を横断する大切な道だよね?ついでに、ロワール川。僕の家は昔は商人だったし、知らないわけないじゃない。親族や友人も川沿いの町に沢山いるんだよ。たまにパパが出掛けて、お土産をくれるから忘れるわけないよ。」
ミシェルは少し自慢げに微笑み、それを見つめながら、奈美は忙しく頭を働かせていた。
そう、1517年、この年の秋、ルターが「95カ条の論題」を発表し、仲間内に喧嘩を売るわけだ。
ルターがそんな事をする背景には、腐敗した教会と、免罪符で集められた大金、メディチの力が弱まるイタリア半島を狙うローマ帝国がいるわけで、アヴィニョンにも、そんなきな臭い噂はまわっているに違いない。
なにしろ、免罪符のお金を使って、坊さんを懐柔しようとしていたらしいから、アヴィニョンでもなにかしら、画策はしていたと考えるのが普通だ。
なら、ミシェルの父さんだって、いち早く情報を集めていたに違いないわ。
キリスト教に改宗しても、それがどこまで自分と家族を助けてくれるかなんて、分かりはしないわ。
500年も時がたってもなお、改宗した事実より、じいさんのユダヤ不思議能力のフィクションの方が、民衆には心地いいのだから。
予知能力も、チートも無くたって、90年代のノストラダムスの関連本では、チョイ役だって、
ミシェルのとーちゃんはやるしかないわ。
ローマ帝国より早く、教皇庁を出し抜いて、フランスやイスパニアの連中から財産と可愛い女房子供を守らなきゃ。
歴史の本が無くたって、情報を集めて、冷静に分析すれば、リスクは少なくなるはずだわ。
とりあえず、逃げ道確保。その為に川があるわけだ。奈美は、子供たちに川に関連する土産を渡し、知識を増やそうと頑張る、ミシェルの父の涙ぐましい努力を感じた。
川について知ることは、逃走経路を知ることでもある。
ドナウ川は、シュヴァルツヴァルトから黒海に…
ライン川は、アルプスから北海に…
家族と財産を導いてくれる。
この時代、都市の力は強く、国王だってそうそう手を出せるものでもない。
あれ?なんだか、ミシェルからオカルト臭がますます消えて行く。
そして、私をこんな混乱に導いたミシェルパパ…
なんか、格好よくない?