ディナー5
「アップルパイが焼き上がりました。焼きたてをお出ししますか?」
ミズキは電化製品のように無感情に私に聞く。
「いや、少し、休ませるよ。」
少し、休ませて…あの作者が来てくれるのをまつ…。
「アプリコットジャムを仕上げに塗りますか?」
「ああ…いや、いい、そのままで。それより、お茶が飲みたいな。濃いめのほうじ茶を。」
私のリクエストにミズキは答える。
ほうじ茶を前に私は、物語の続きを話す。
「あの方は、努力家だが、その努力の方向は少し、残念で、ついでに、今は、迷走中だ。
新しく未完が増えるたびに、エターナルの深い沼から抜けられなくなる。」
ああ、私のところに来られないなんて!
キャラクターが混乱してしまいます。
とにかく、何とかしなくては行けません。
それには、強く自己主張するキャラを抑えなくてはいけないのです。
メフィストフェレスの他にベルフェゴールまで!
悪魔のキャラクターが増殖するのはいただけません。
ここでの力の源は、読者の夢…
閲覧され、応援される事が力になるのです。
向こうの作品より注目される何かを作らなくては行けません。
私は…ただ一人、作者に認められたストーリテラ。
エタの沼に沈むのは、あの悪魔の作品。
私の作品がエタることなどあってはならないのです。
「ミズキくん。私は作者を呼び戻す作品を作りたいんだ。」
「はい。」
ミズキは穏やかな笑顔で私を見つめる。そして、画像を記録、会話をテキストにおこしてゆく。
「その為には、PVを…読者を集めなくてはいけない。そして、優先される動機が必要だ。」
「はい。」
「私の作者は…今年の大賞を山場に活動してきたのだが、どうも、予定が狂い始めたようでね。」
私はそこでお茶を口にした。
そう、ここで積み上げた文字数は、この年の10万字の作品のための生け贄…
泣きながら、余暇の時間を、様々な時間をつぎ込み、積み上げた世界を創造する為の魔法の呪文…
ここで、悪魔のざれ言に左右されている時間なんて作者には無いはずなのです。
なんとか、しなくては行けません。私はミズキを見る。
「たぶん、計画通りには進まないだろう。下手をすれば、今年は…出展を辞退しそうだからね。」
5年の…思いを…文章を…このまま、放ってしまうのでしょうか…
作者の気持ちが、私にはわかりません。
「時影さんが代わりに出展するのですね?」
ミズキは、編集モードを起動させる。
「ああ、正確には…違うけれどね。ミズキ、君を主人公にした一万字程度の短編をエントリーしようと考えてる。」
「一万字の歴史短編…時代はどうしましょうか?」
ミズキはテーブルに電子の画用紙を投影し、3Dの自動筆記の仮想ペンを遊ばせる。
「時代…基本、この物語は仮想世界…つまり、ファンタジーにするつもりだよ。
大正時代をモデルにした。」
私は作者との設定を思い出した。
止まった作品の作中作品をある程度整理しておかないと。
「カテゴリーをファンタジーに変えますか?」
「いや、こちらは、プロットを作る話だから、歴史でいい。
基本は大正モダンな世界だ。新世界の赤レンガの喫茶店…これを舞台にする。」
「保存しました。」
「君はカフェのマスターで、お客さんと楽しいひとときを過ごす。」
「保存しました。」
「お客さまは…春風さんでしょうか?」
一瞬、ミズキの瞳に甘い希望の光が見えた気がした。
すがるような、諦めようとするような…人間臭い切ない気持ちが伝わる…
「いや、この話には春風は登場しない。」
そう、春風さんの話を書くのは、作者の仕事なのだから。
「はい。お客さまはどうしますか?」
ミズキはAIらしい抑揚のない質問をする。
「まだ決めてない。ただ、刀の話をしようと思っている。」
ミズキの様子が戻った事に私はほっとしていた。




