ディナー
本日のディナーの前菜は冬野菜のマリネ。
鮮やかな金時人参、蕪などを一口大にして自家製のマリネ液に漬け込んだもの。そして、上質のイタリア産のプロシュート。
期間が空いた分、時間をかけて丁寧に作りました。
最近、作者は忙しく、なかなか会う機会はとれません。
久し振りの作者は、少し、疲れたように目をショボショボさせて食卓に座っています。
猫背の癖も、疲れたようなため息も…今日は作者の全てが愛おしく感じるのです。
今日は…給仕係を頼みましょうか…
私は、ミズキと言うキャラクターにそれを頼みました。
ミズキはノンアルコールのスパークリングワインを持って登場しました。
「み、ミズキ…」
作者はそれだけ言って絶句しました。
彼もまた、未完の作品の登場人物です。作者のテンションが下がるのがわかりました。
何か、気持ちを上げる曲でもかけましょうか。
『let it snow,let it snow,let it snow』
フランク・シナトラバージョンで。
軽快なこの曲は1945年サミー・カーンとジュリー・スタインが作り出しました。
その後、沢山のクリエーターに愛され、映画やCMなど幅広く使われ、世界中で愛される名曲です。
華やかなメロディに作者は…苦笑しています。
「はは、『ダイ・ハード』ね(>_<。)」
そうでした。この曲は映画『ダイ・ハード』でラストに流れる定番曲でした。
「そうですね。主人公のジョンを演じるブルース・ウィリスはクリスマスにいつも、大変なめに会うのでしたね。」
ため息がこぼれました。
「うん…そして、この曲は1945年リリースなんだけど、本格的に売れたのは1959年のディーン・マーティン版からで、そこから、クリスマスの定番曲になったらしいわ。」
作者はそこで深くため息をつく。
「そうですね…歌詞を見ると、クリスマス、関係ありませんからね。」
「うん。1945年…太平洋戦争が終わった年にリリースされ、1959年…キューバ危機を前に…はぁ…ファティマの予言がバチカンを騒然とさせた年に、クリスマスの定番になり…冷戦の最後の頃、映画曲として爆発的に人気になる…なんとも激しい曲なのね。」
作者は叫び、私は選曲を失敗したと後悔しました。
「他の曲をかけましょう。」
私が言うと、作者はそれを止めた。
「あら、良いわよ。この曲好きだし、アレンジも沢山あるもの。ディーン版も聴きましょうよ。」
作者は少し明るく笑った。
「それにしても、この曲、歌詞がなんとも不穏よね?」
作者は温野菜のサラダをつつきながら言う。
「はあ…」
私は、なんとも間抜けな返事を返す。
レットイットスノー。つまり、雪よふれふれ。もしくは、雪やこんこん。と、言った風なフレーズが流れる曲です。
様々なシーンで使われていて…、その状況によってイメージが変わる、漠然とした歌詞です。
「うん。はじめはなんか、いい感じの詩なんだけど、曲が進むにつれて、なんだか、歌詞の『火』のイメージが、暖炉の火から、命の炎を連想させるのよ。」 作者に言われて見返すと、確かに、そんな風にも見えなくありません。
「確かに、吹雪の中、暖かい自宅を目指して混乱する遭難者のようにも思えてきますね。」
確かに、歌が進むと別れを想像させる詩になり、『眠る』の意味も…雪山の遭難を想像できなくもありません。
「うん…この曲が…クリスマスソングの仲間入りをする1959年。
アメリカのクリスチャンにはもうひとつ、明るい希望があったのよ。
アメリカ初のカトリックの大統領が生まれる予感がね。」
作者は困ったように左の口角を下げ、ディーン・マーティンは、さやわかに『レットイットスノー』を歌い上げていた。
それは、楽しいクリスマスの予感と…1995年の12月25日に天国へと旅だったディーンを不思議な巡り合わせを思い出させた。