ディナー3
燕尾服…
こんなものを着て食べる食事と言ったら、晩餐会くらいではないでしょうか?
小さなレストランで食べるような格好ではありません。しかも、ホワイトタイ。なのですから、結構な格式が必要です。
私は釣り合わない作者の衣装を晩餐会用のドレスに変更しようと考えました。
が、それでは、登場人物が増えるばかりです。
考えた私は音楽ホールの楽屋に背景を変えました。
演奏者なら、燕尾服でも不自然ではありませんし、楽屋での食事なら、作者の格好でも問題はありません。
問題があるとしたら、フルコースは合わないことでしょうか。
まあ、仕方ありません。
「ピアニスト…か。なるほどね。」
作者が感心する。
「で、演奏前の私に何を食べさせてくださるのでしょう?」
私は苦笑した。
このシュチュエーションでは、前菜のえびのカクテルすら食べられません。
作者は私を見つめて肩をすくめる。
それから、持っていたバックから綺麗な箱を取り出した。
チョコレートの箱のようです。
作者は、その箱を開いて私に差し出した。
「これが…夕食ですか?」
私の問いに作者が苦笑する。
「まあ、演奏前なら、それくらいでしょ?
服…汚すわけにもいかないし。」
作者はそう言って、自分が1つ、チョコレートを口にする。
その幸せそうな笑顔に目をほそめながら、私も1つ、頂いた。
「これは…バラソースですか?」
チョコレートの中には甘いソースが入っていました。
それは、口の中で華やかな香りを放ちながら、懐かしい昔の気持ちを思い起こさせるのです。
「うん。食事の名作で思い出したの『赤いバラソースの伝説』を。」
作者は懐かしそうに笑い、私は自分が作者の気持ちと同調していることに気がついた。
『赤い薔薇ソースの伝説』は、メキシコの作家ラウラ・エスキベルの作品で、90年代に映画化もされ、ヒットした、少し、不思議なラブロマンスです。
主人公のティタの作る食事は、彼女の気持ちを食べる者達に伝えるのです。
悲しい気持ちでティタが作れば悲しく、
楽しい気持ちでティタが作れば楽しく
恋する気持ちで作れば、食べたものは皆、恋する気持ちになるのです。
「なるほど、貴女は、子供時代を懐かしんでチョコレートを作ったのですね。」
私の言葉に作者が笑う。
「正解!ふふっ。薔薇ソース。昔、憧れたわ。
まるで、恋をソースにしたような赤く、素敵な香り」
作者は目を細めますが、日本食に薔薇ソースが合うわけもなく、何かのイベントで買ったソースはしばらくして冷蔵庫に埋葬され、消費期限を随分と過ぎたあと、干からびた姿で発見されるのです。




