悪霊2
静かな夜です。
9月と言っても、まだ、暑いですが、夜空の月は遠く、幻想的に輝いています。
私はバイオリンを取り出しました。
この夜に合う、美しい曲を奏でようと思いました。
本日は思い出深いリストの『愛の夢』を。
そういえば、音楽には、心の健康に効くものがあるそうで、『愛の夢』は、疲れに良い影響があるとか…
暗い部屋で、作者は月を眺めていました。
驚かせないように…静かに…演奏を始めました。
が、音に敏感なコオロギは、一斉に鳴くのを止めてしまいました。
私の曲が辺りに響いて行きます。
作者は黙って月を見つめ、私は月明かりに照らされて、幻想の世界に旅をします。
リストの『愛の夢』は、3つの夜想曲と言われ、三曲あるのですが、特に、3番目の曲が有名です。
これは、伯爵婦人に道ならぬ恋に落ち、別れた後に作曲された曲です。
あたたかい涙のような曲…
そんな風に作者は私に話してくれました。
優しい旋律と思い出が、あの人の心を癒してくれる事を祈ります。
「お疲れさま。たまにはハイボールでもどう?」
作者が私にグラスを差し出します。
「はい。」
私はそれを受け取り、静かな9月の月夜を見上げました。
しばらくすると、安心したようにコオロギが鳴き始めました。
「ねえ…江戸川乱歩って、『二銭銅貨』を小銭稼ぎの為に書いたらしいわ。」
作者が苦笑しながら話しかけてきました。
「小銭稼ぎ…ですか。」
「うん。なんか、無職で小説デビューとかするから、相当、自信があるんだって思い込んでいたけど、実際は違うみたいなのよ。」
作者はそう言ってため息をつく。
「では、貴女と同じですね。」
私がからかうと、困ったように甘く睨む。
「そうね。実力は違うけど。なんか、『新青年』って雑誌は、主に海外の推理ものを和訳して載せてたんだって。で、江戸川乱歩は、日本で始めて推理小説をかいた人…らしいわ。しらんけど。」
作者は少し酔いがまわったのか、リラックスした笑みを浮かべる。
「ちょっとした小遣い稼ぎですか。でも、それが歴史に残るのですから、凄いですよね。」
「うん。そうね…私のサイトだったら…本格ファンタジーで成功する…とかになるんかなぁ。
まあ、どんな分野でも、初めにやる人は凄いのよ。」
作者は自分の意見に頷いた。
「そうですね。けれど、もう、目新しい話なんて、令和の時代、無い気がしますけれど。」
私は出し尽くされたようなネットに溢れる情報を思った。
「うん。まあ、乱歩も、そんなに気負って書いたわけでも無いみたいだし。
たまたま、好きだった物語を書いて、当てた…見たいな印象だもん。」
作者は私の顔を見て、ため息をつく。
「ねえ、時影、やっぱり、異世界ファンタジーを書かないと、ワンコインも無理なんかなぁ。」
作者は真顔でボヤきますが、今の散らかった状況を少しは整理しないと、逆に混乱する予感がします。
「今の流行りは異世界恋愛…しかも、貴女が理解できない婚約破棄ものですよ。しかも、書くのが遅いのですから、完結して、評価をもらう頃にはブームが変わっている可能性もありますよ。まずは、『悪霊』いきましょう。」
私の言葉に、作者はため息を…深い吐息をはいた。
「そうよね…。あの話、短編なんだけれど、調べると、いろんなものが見えてくるのよね。」
作者はクスリと笑い、そして、グラスを置いて目を閉じた。
私は作者に肩を貸しながら、ぼんやりと物語の行方を想像した。




