赤い鳥逃げた
作者はソファに転がってヘッドフォンで曲を聴いていました。
私は、少し寂しい気持ちでホットケーキを作り始めます。
今日は3段重ねのアイス付き。
きっと元気になってくれるはずです。
私はホットケーキをラビットの絵皿に乗せ、飾り立てると作者のもとに行きました。
作者は空虚に天井を見つめていましたが、メイプルシロップの甘い香りにヘッドフォンを外して私を見ます。
成功です…
「お茶にしませんか?」
私の言葉に作者は疲れた笑顔で答えました。
「うん。」
「何を聴いてたのですか?」
私の質問に解き放たれた曲が部屋を踊ります。
『赤い鳥逃げた』中森明菜さんの曲です。
「中森明菜さんですか…」
「うん。この曲、楽曲は『ミ・アモーレ』で、歌詞が違うんだよね。
昔、『赤い鳥』を探して図書館をさ迷った記憶があるよ。」
作者は笑ってお茶をのむ。それから、さらに暗い顔でボヤいた。
「まあ…今さ、『愛のバラード』を歌いたい気持ちなんだけどね。」
「『犬神家の一族』ですか?」
1976年映画『犬神家の一族』のテーマが『愛のテーマ』です。
大野雄二の作曲のこの曲は、オーケストラなどのイメージがありますが、歌詞があります。
金子由香利さんが1976年にリリースしました。
シャンソンを思わせる、切なげで、甘い雰囲気の曲に仕上がっていますが、生きるの死ぬのと、暗い歌詞が気になります。
「うん…私、とうとう…ストレスで体調崩して会社で暴れて、期待の星から流れ星になったよ…。」
作者は本当に『愛のバラード』をかける。
「あーあ。やっちゃった…でも、耐えられなかったんだもん。なんか、さ、『蜘蛛の糸』思い出したわ。」
金子さんの切ない声に、作者の怒号が…悲しく響きます。
「ストレスで体調くずして…暴れるって…」
「暴れるっても、ものを壊したりはしてないわよ。
ブー垂れたけど。色々あって、でも、これでよかったわ。偉い人が…悲しそうに私の事を切り捨てるんだけど…その時、『蜘蛛の糸』が切れた瞬間のカンダタの視線が見えた気がしたわ。」
作者の暗い言葉にため息が出てきます。
「地獄に…落ちたんですね。」
『蜘蛛の糸』は、悪人で地獄で苦しむカンダタと言う男が、生涯、1度、助けた蜘蛛の糸で天国へと向かう話です。
ネタバレすると、他の霊が上ってきて、糸が切れそうになり、自分より下の糸を切り捨てようとして、お釈迦様に自分の糸も切られる…悲しい話です。
「うん。地獄に…落ちる…お釈迦様の悲しげな顔を見ながら落ちて行く中で、こう思ったの。
『ああ、あそこは極楽だ…死後の世界だ。私は生きていて…いきる世界こそ、地獄なんだ。』と。」
作者は達観した顔で笑った。
「笑ってる場合、なんですか?」
「分からないわ。でも、今まで、あの話は、カンダタが悪役にしか見えなかったの。でも、ここに来て、違う見方を出来たことに感激したわ。」
作者はそう言ってホットケーキをパクつく。
「また、変なことを…」
「あら、状態は良くないけど、悪くもないの。
毎夜、心臓が痛くて目が覚めてね、死ぬんじゃないかって思っていたから。
そっちの心配がなくなったから、プラマイ0なんだ。」
作者は疲れたように笑った。