諸世紀
ああ、この本について語る時がやっときたか…
と、言うか、やはり、ここに戻るのか…
私は、オカルト気質の自分に笑いたくなる。
初めての連載で失敗し、混乱しながら、設定をさらしてなんとか繋いでいる現在。
どうして、そこまでして続けてきたのか…
忘れていた気持ちを思い出している。
コイツのせいだ。
「ノストラダムス大予言 原点 ー諸世紀ー」たま出版
この本から、私のノストラダムスの話は始まるのだ。
と、言っても、私とこの本との関わりは、21世紀に入り、恐怖の大王の事なんてギャグにもならなくなった、そんな夏場の話だった。
大型古本店の100円の棚にこの本を見つけたのだ。
1999年を過ぎて、恐怖の大王の夢から覚めた人たちは、一斉にノストラダムスの予言書を手放しはじめて、当時は100円コーナーには、なかなか面白いラインナップを豊富に見つけることが出来た。
これが、第一次の予言本の放出時期だと思う。
しかし、マヤ歴の予言もあるので、手放さない人たちも沢山いたことが、後の2012年以降の100円コーナーで私は実感することになる。
私は、100円の古本のコーナーが好きだ。
ここには、時代がつまっている。
誰かが作り出した、幻想の流行りではなく、
ここに並んだ本は、誰かが本屋に行って定価で買い求めた本達なのだ。
表紙の痛み具合や、折れぐせに、その本が確かに誰かに読まれたことを実感し、巻末の発行年月日にその人がこの本と共有した時間を感じるのだ。
で、問題のこの本だ。
題が長いので、諸世紀と短く標記させてもらうけれど、この本を100円コーナーで見つけたとき、ノストラダムス関係の本は、あらかた読んだつもりの私も、驚いた。
こんな本があるなんて、知らなかったのだ。
全予言集、多分、網羅されているだろうしかも、全予言の原文つき!があるのが驚きだった。
本当にビックリマークを炸裂するほど、これには驚いた。
当時のオカルト好きなら、きっと苦笑いしているはずだ。
そして、新世紀に入り、夏の夜の古本書店に涼みがてら本を物色する、物静かな連中に紛れながら、額にたて線を何本も浮かべて、恐怖新聞を見つけた少年のように驚愕する私の動悸と、混乱の原因を共感してくれるに違いない。
なぜなら、私は、ある有名なノストラダムス研究家の先生の本で、こう知らされていたからだ。
ノストラダムスの予言書には、決して訳しては行けない詩が存在し、
それは、どうしても訳さなければ行けない場合、お茶を濁さなければいけない。
と、言う、謎のタブーが存在すると。
(;´д`)ちゃぁ…。書いてみると恥ずかしいわ。
なんで、そんなアホなことを考えていられたんだか。
真面目に働き、わりと分別もあると、自分では思っていたが、こうして、黒歴史を文章化すると、いたたまれない気持ちになる。
そんな、混乱する当時の純情な私は、その目次をみて驚いた。な、なんと、12章まで載っているではないか!!!
私は、混乱する頭をなだめながら、巻末の発行年月日を見たよ。
初版の発行は昭和50年だって?
ち、ちょっと待ってくれ?
な、何かが違う。
なんだ、こりゃ。
出版年月日に胸が震えたのは、これが初めてかもしれない。
普通、本を買うときには、内容は気にしても、出版年月日なんて気にしない。
本マニアの友人は、初版本を集めるのを趣味としていたが、そんな人間でもなければ、出版年月日なんて、殆ど気にしないのでは無いだろうか?
しかし、この本の出版年月日には、大きな意味がある。
なぜなら、私は、さっきも書いたが、
研究タブーの詩があると信じていたんだ!
普通は10章までて、12章は、秘密結社が守っていたなんて、現在のなろうファンタジーだって、恥ずかしくて書けないような、そんな設定を信じていたんだ。
うっすらと。
ああ、普通に社会人だったし、恐怖の大王より怖いものが、現実には溢れているし、そんなマクロの話よりも、家庭の小さなイザコザでいつだって悩まされていたからね、殆ど、どうでも良いことなんだけれど、しかし。
昔、憧れたヒーローに10円ハゲがあったと聞かされるくらいの衝撃がわいてきたよ。
勿論、買い求めたよ。
で、調べるように読んだよ。
アダムスキー型のUFOの写真がついたその本を。