時影、近代魔術を語る番外 16
お茶を飲み終わると、作者は、川の流れを見つめていました。
しばらくの沈黙の後で、作者は、早咲きの百合の一輪挿しを蓄音機に変えて『シング・シング・シング』をかけました。
『シング・シング・シング』は、ルイ・プリマさんの曲で、1936年リリースされました。
が、やはり、この曲と言えば、ベニー・グットマンを思い出す方が多いかもしれません。
ベニー・グットマンは、1909年生まれのクラリネット奏者。
そして、スウィングジャズを代表する方でもあります。
前に少し、ジャズを取り上げたことがありましたが、スウィングジャズは、1930年頃から流行するので、その時は深くとりあげませんでした。
さて…作者は、何を始めるつもりなのでしょうか?
軽快なドラムと管弦楽に誘われて……私も、少し、はめを外したくなってきました。
夕暮れの切なさを払うように、この曲は誘うのです。
夜の享楽に…
ブラックタイにタキシード。
作者には、派手な真珠のネックレスの30年代ファッションに着替えてもらいましょう。
「お嬢さん、一曲、お願いできますか?」
私の台詞で、『お嬢さん』に変身した作者が、少し不服そうに左手を差し出しました。
「ええ、『A列車で行こう!』」
作者が、ウインクすると、そこは一気にニューヨークの地下街に。
どこからか、流れる曲は、もちろん『A列車で行こう』1941年リリースの、ジャズのスタンダードナンバーです。
この曲は、ニューヨークの地下鉄をイメージして作られたのだそうです。
とは言え、地下鉄のホームは…少し場違いなので、ダンスホールへ移動しましょう。
作者の左手を軽く引いて抱き寄せると、くるりと一回転。
あっという間に、ニューヨークのダンスホールに到着です。
「もうっ。」
作者は、少しふてくされていますが、気にしません。
軽快なリズムに乗って踊り出さないと、周りの人に衝突してしまいます。
「あなたが、仕掛けたのでしょ?さあ、踊りましょう。」
私は、作者の両手を握ってジャンプするようにステップを踏みます。
「も……っ。こんな、激しい曲…い、息が持たないわよっ(>_<。)
でもっ、さすがに話を始めるわよっ。」
作者は、ダンスをしながら頭を整理し始めました。
そう…色々あっても…物語の続きを作らないわけには行かないのです。
「ベニー・グットマン、言わずと知れたスウィングジャズの王様なんだけど、彼もはじめから、王様だった訳じゃないわ。
クリエーターの王座は、下克上で奪うもの。
今から、100年前、我らが乱歩先生が、大衆小説の道を選んだ頃、
ベニーも、音楽の世界へと足を踏み入れることになるのよ。
この頃は、お互い無名で…100年後に、なろう作家に取り上げられて記事になるなんて…考えられなかったでしょうね(^-^)」
作者は、そう言って、肩で息をしながら、楽しそうに笑った。
「そうですよ。貴女だって、100年後に、誰かに物語られる人物になる可能性もありますよ。」
と、私はからかった。
「ふふ…(T-T)そうね、5000年前のピラミッドのオッサンの落書きだって見つけてもらえれば、スペシャルドラマを作って貰えるもんね…。ネットに書いたんだから、時が過ぎれば、貴重な大衆史の資料ってもんね…」
作者は、苦笑して、それから、ハッとしたように私をにらむ。
「もうっ、そんな事より100年前よ、乱歩先生は、ニートで創作活動をしたわ。
でも、一流だから、3ヶ月で書籍化決定しちゃうんだけどね。」
作者は自虐的に笑う。
「時は21世紀!書籍化だけが作家活動ではありませんよ。」
私は明るく笑って、ステップを踏む。
作者は、慌てながらそれについてくる。
そして、音楽が穏やかになった頃合いで、不機嫌そうに私をにらんだ。
「もう、話が進まないわ。今日こそ、乱歩先生の『一寸法師』の話をしなきゃ…
あれはね、1926年、まだ、新米作家の江戸川乱歩が新聞に連載したお話で、
ついでに、エドガー・アラン・ポーの作品を参考に作られたものなの。
なろうとバカにされ、テンプレ小説と揶揄される私達からみると、
なかなか、参考になる一作よ。」
作者は、そう言って笑った。




