時影、近代魔術を語る番外9
夢と現実は違います。
やって来た作者は、普段着で、ぼろぼろに愛用してるTシャツにジーパン。
思わず、私が、場所に合わせて姿を変えたものだから、あの貴女は不機嫌なのです。
時間をかけて剥いたグリンピースのスープも無言で飲んでいましたし…
これでは、いない時と変わりません。
側にいるだけで…それで構いませんが、私の側で、そんな、難しい顔をして欲しくはないのです。
何か、考えないと。
私は、ジャコのパスタの小皿を作者の前に置き、小さな魔法をかけました。
さりげなくBGMを映画『シンデレラ』から、『ビビディ・バビディ・ブゥ』を。
これは、1948年、アル・ホフマンが映画『シンデレラ』の為に作曲しました。
軽快で楽しげな曲は、現代でも小さな子供たちを夢の世界へと誘う名曲です。
日本では、1952年に江里チエミさんによってカバーされました。
シンデレラの変身シーンの雰囲気で、作者の気持ちも明るく変わればよいのですが。
海風を竪琴に変えて、風の精霊シルフィが前奏を奏でます。
前菜のサラダの飾りのそら豆のさやが開きました。
まるで宝石箱のようにふかふかの白いさやに包まれた翡翠のような、空豆が魔法をかけてと歌います。
そう、シンデレラの魔法には、野菜が必要です。
隣に立つ、すまし顔のコショウミルを魔法使いに変わります。
ふくらんだ帽子のコショウミルは、アラビアの魔術師のようですが、元をたどるとシンデレラの原点はエジプトにたどり着く…なんて説もあるようですから、まあ、いいでしょう。
この魔術師が帽子を回すと、三つ子のそら豆は、美しいマーメイドになり、空を泳ぎ出しました。
春のシンデレラの馬車は、子房にさいたブロッコリーのようです。
ブロッコリーの馬車をひくのは、アスパラの角を持つ一角獣。
御者に扮するは、黄色い花飾りの帽子を被った菜の花のようです。
作者の顔が、すこし穏やかになり、私も嬉しくなってきました。
「励ましてくれたのね。ありがとう。」
作者が涙目で私を見つめます。
そこまで感激されると…なんだか照れてしまいます。
作者は、穏やかな笑顔で中央の花瓶のひなげしの花で花冠を作ると、空を舞うシルフィに投げました。
それを受け取ったシルフィは、美しいドレスを見にまとい、七色に輝く風のガラスの靴を履いて歌い出しました。
映画『シンデレラ』から、『夢はひそかに』
1950年、同映画の主題歌としてリリースされました。
その風鈴のような、繊細で高い歌声を聴きながら、作者は、私にこう言いました。
「映画『シンデレラ』は、1923年に企画が上がってから、戦争で中断された作品なんですって。
『白雪姫』からヒットが出なかったディズニーが、それこそ社運をかけて作った作品らしいわ。
それを知ってから、この曲を聴くと…ディズニーの夢へのひたむきな気持ちが胸をつくわね(T^T)
あのディズニーだって、鳴かず飛ばすの時代があるような、水商売なんだもん。
私なんて、それ以上、当たらなくても当たり前よね?
この曲…そんな背景を知ると、別の意味で感動的ね。」
作者は、唇を噛み締めながらシルフィを見つめていた。




