時影、近代魔術を語る 176 時代の新秩序
ベートーベンの交響曲9番が鳴り響くなか、作者は不服そうに黙ってそれを聞いていました。
第9と言うと、合唱を思い浮かべるかと思いますが、第1楽章は、どことなく胸騒ぎを覚えるような雰囲気で始まります。
メフィストは、モヤモヤと不機嫌そうな作者と私を見比べて寛いでいました。
「ベートーベンって、なんか、すごい人だったんだね(~_~;)」
作者は、物悲しげにカルロヴィ・ヴァリの秋の空を見上げました。
「それは、学校の音楽室に飾られているくらいですから、偉いのは間違いないでしょうね。」
私は少し馬鹿馬鹿しくなりながら、コーヒーを口にした。
「そうね…エジソンと同じくらい、凄い人だよ。なのに、私ったら、頭モジャモジャの人ってくらいに考えてたよ。
今、考えると漫画とかでベートーベンってよくディスられてたんだよね…あれ、良くないわよ。」
作者は、悲しげにコーヒーを口にした。
「ディスするって…。」
もう、覚えたてで使いたいのは分かりますが、あまり、上品な物言いではありません。
「うん…。批判とか、笑い者…と、言うのとは違うのよ。だから、ディスる…が近いかな?
確かに、エジソンも色々と面白ネタにされたけれど、発明品を間近で見られたもん。電球とか…。だから、偉い人だって親が教えてくれたけど、クラッシックはうちの家族、皆んなダメだったからな。」
と、ここで作者は何かを思って目を見開きました。
「ねえ…もしかして、今の小学生って、裸電球見たこと無いのっ(゜Д゜)」
作者の悲鳴に、メフィストは楽しそうに笑いました。
「何、似たような電球は見てるんだから、平気ですよ。」
「でも、LEDでしょ。中身が違うじゃない!!…なんか、ちょっと、ショックかも。こうして、身近に品物が無くなると、エジソンもベートーベンみたく、偉い感じがしなくなるのね。」
作者は、ため息をついた。「どうしました?いきなり、偉いとか、偉くないとか…。」
私はブツブツ言い始める作者を問いただした。
少し、言い方にトゲがあったのでしょうか?メフィストが私を見て不敵に笑う。
「まあ、つまり、こう言いたいのだと思いますよ。」
メフィストは指をならして曲を変えました。
途端に、作者がビックリしたように顔をあげました。
「こっ…これはっ(@_@)暴れん坊将軍の暴れる時の曲……。」
作者は、差し替えられた曲、『暴れん坊将軍 殺陣のテーマ』を聞きながら、呟いた。
その驚きように、メフィストは楽しそうに作者をみる。
「ね、なんか、言い感じでしょ?」
「うん…なんか、全然違うのに…なんか、似てるわね。」
作者はメフィストにニヤリと笑いかけた。
「だから、なんだと言うんです?」
少しイライラしながら私は二人を見ました。
「つまり、偉業も知らない世代になったら、どうでもよくなるって事ですよ。
ヒィラメント球とLED電球も
第9と暴れん坊将軍も
人が変われば、意味なんてなくなるんですよ。」
メフィストは上から目線で私に言いきった。
「はっ?100歩譲って、電球はいいでしょう。
でも、第9と暴れん坊将軍はダメでしょ?作者も国も違いますからね。」
私は、メフィストを睨みました。
本当に、このヒトは、話をひっくり返して楽しむのですから、腹が立ちます。
睨み合う私たちを気にすることなく、急に作者は立ち上がりました。
そして、ベランダの向こうに広がるカルロヴィ・ヴァリの美しい街並みに語りかけるように呟きました。
「そうよ…時代が変われば、意味って変わってくるんだわ。
令和の子供たちに暴れん坊将軍の殺陣のテーマを聞かせても、ベートーベンの曲だって言ったら信じちゃうんだわっ(>_<。)
マツケンサンバはギリ分かってもっ!!」
はっ…何を言い出してるんだろう?
私の頭が混乱を始めたところで、作者は私にこう言った。
「そうよ、時影、『よろこびの歌』が、フリーメンソンに捧げられていた詩を使っていても、
ベートーベンがフリーメンソン会員でも、日本の年末の第9の合唱には関係ないんだわっ。」
ああ…
私は、作者のモヤモヤの原因を理解して笑いかけた。
そうです。合唱部分の『歓喜の歌』の歌詞は、フリードリヒ・シラーがフリーメンソンの友人のために作詞したと言われています。
交響曲第9番は、1824年に初演となりますが、
この詞についての歴史は古く、ベートーベンが、作曲をしようと考えたのは、1792年の事らしいのです。
フリーメンソンの陰謀のイメージに囚われて、また、おかしな想像を働かせていたのでしょう。
「そうですよ。他のどんな人の思惑があろうと、貴女には小学校の卒業式の曲で、これからも、母校では卒業生におくる気持ちがこめられ続ける事でしょう。
でも、暴れん坊将軍のテーマは別ですよ。」
私の台詞に作者は、明るい微笑みを返してこう言った。
「そうね、吉宗評判記『暴れん坊将軍』は、永遠なんだわ。」