時影、近代魔術を語る 171 かくれんぼ
穏やかな朝の川風が船室を舞い、窓辺の日差しが輝きを増してきました。
作者はテーブルに落ちたバラの花びらを小さなバイオリン弾きにしてサン・サーンスの『死の舞踏』を演奏させた。
私は、冬に作者とプラハで東欧の妖怪の行進を見た事を懐かしく思い返していた。
「リクエストを下されば、サン・サーンスなど、私が、もっと上手に演奏しますのに。」
メフィストは聞こえよがしに一人言を呟いた。
「じゃあ、次に『炭鉱節』をリクエストして良いかしら?」
作者が無邪気にメフィストにお願いする。
メフィストは、少し驚いてから、余裕の笑顔でそれを受けた。
「炭鉱節…とは、随分と珍しい曲をリクエストしますね。」
私が、呆れながら作者を見る。そんな私を作者が不機嫌そうに見つめ返す。
「あら、どちらも死者の演舞に違いないわよ。
土地が変われば、人も文化も変わるのよ。
まあ…東欧と日本まで変えなくとも…関東と関西ですら、文化は変わってくるんだわ。」
作者がそう言って軽く目を伏せる。
小さな物語が始まる予感が漂います。
曲の終わりを見計らって、メフィストはバイオリンを構えました。
陰鬱で、ロマンテックなイントロで炭鉱節のメロディーが部屋に広がり、作者が話をはじめました。
「そう、日本は東と西では分かが違うと言われているわ。例えば、縄文遺跡…これも東日本に片寄ってるし、面白いところでは、蛍も富士山を境に輝き方が違うのだそうよ。
今回の『ひとりかくれんぼ』も、関西から始まって、関東に、日本全国に流れて行くところで怪異の報告が増えるのよね?」
作者が私を見る。
「さあ、細かい統計は調べてませんし、噂が広まったと言われる『2ちゃんねる』と呼ばれる掲示板は、基本、匿名ですから、投稿された内容の精査も、発言場所もわかりませんしね。」
「確かに。まあ、私も、夏ホラーを書かなきゃ、知らなかったくらいだから、たいして問題にはなってはいないんだろうけど。
ひとりかくれんぼ、あと気になったのが、風呂場での儀式。」
「縫いぐるみを桶にいれて何かする…やつですね。」
「うん。お風呂場って、昔の魔術召還では使われなかったのよ。
不浄の場所だから。
全ての魔術とは言わないけど、クローリーだって、儀式の場所は清潔でなければいけないといってるわ。
お風呂って、思うほどきれいな場所でも無いと思うし、基本、北側に使われるじゃない?
北って、東日本の山岳信仰とかあって、青森に向かってなんか、力がながれるとか言うじゃない?
東日本と西日本では、この意味が違うと思うんだけど、適当にこんな事して大丈夫なんかなぁ?」
作者は眉を寄せた。
「大丈夫じゃないから、都市伝説があるんじゃないんですかね?」
メフィストは、演奏を終えて会話に参加する。
「まあね。」
作者は苦笑した。
「で、貴女はどんな話を考えていたのでしょうか?」
メフィストは、優雅に足を組んで興味深そうに作者を見た。
見られた作者は視線を一度、床にそらしてから、ぶっきらぼうに話はじめた。
「罰ゲームでひとりかくれんぼをやらされた男。でも、何もおこらずに終わるわ。ただ、人形は行方不明になるの。
実はね、ひとりかくれんぼをさせた男と主人公は親友なんだけれど、主人公は男の妻と不倫関係にあったのよ、で、男はこの儀式をさせることで、主人公のDNAを奪おうと考えていたのよ。
ひとりかくれんぼでは、何もおこらなかったけれど…これから、男が親子関係を調べて、本当の惨劇が始まるの。」
作者は、話ながら、内容が気に入らないのかため息をついた。
「それは…残虐な話ですね。」
メフィストは口をへの時に曲げて身震いをする。
「そうかしら?ありきたりじゃない?」
作者は不服そうに口を尖らせた。
「ありきたり…それでも恐ろしいですよ。
DNA判定で、親子判定が認められるんでしょ?
嫌になった妻と、永遠にはなれられない……。
本当に、人間は恐ろしいですよ。」
メフィストの発言を聞きながら、作者は私を見て方をすくめた。