時影、近代魔術を語る 164 ベルリンソナタ
名前は、トトメス。
しがない彫刻家の男です。
メフィストのテナーが会場に響いて行きます。
作者はコーヒーを頼み、私は、メフィストが何を始めるのかに注意を向けた。
ドラマチックなイントロに合わせて、メフィストは遥か昔に砂に埋もれた文明に……一人のしがない彫刻家の恋を語り出します。
が、そのBGMのチョイスに作者は驚いて飲みかけのコーヒーをテーブルに置き、目を見開いて舞台に集中しました。
トトメスの恋を飾るその曲は『愛のバラード』映画『犬神家の一族』のテーマソングにもなりました1976年リリースの大野雄二さんの名曲です。
「い、犬神家……(°∇°;)」
作者はそれだけ呟いて絶句しました。
1970年代は、ミステリーが人気で、特に横溝正史さんの金田一幸助シリーズは、名優による主演で何度も人気になったのです。
特に、映画『犬神家の一族』は、このテーマソングの美しい旋律と、美しい怪奇の世界が印象的で、昭和世代の記憶に強く焼き付いた作品なのです。
殺された死体も、湖上に足をつきだして埋められる…など、小さな子供には、恐怖を植え付ける怪作であり、『犬神家の一族』のテーマが流れただけで、独特の怪奇的な雰囲気に恐怖を覚えるものだったのです。
「久しぶりにこの曲を聴いたわ…すごいわね、メフィスト。
すっかり、奴のテンポに踊らされるわ。」
と、作者は言葉少なく舞台を見つめた。
この『愛のバラード』の独特な旋律を奏でる弦楽器は、ダルシマーと呼ばれるものらしいのですが、
今回は、作者の間違った記憶を尊重して大正琴での演奏です。
「全く…参りますね。」
私も、メフィストを見つめながら苦笑する。
サブカルチャーのメフィスト フェレスから生まれた彼は、独特のセンスで物語を動かす、トリックスターのようです。
メフィストは甘い声で曲に合わせて物語ります。
それは、今から約三千年の時を経たエジプト新王朝の物語。
八百万のエジプトの神々を廃し、太陽神アテンを信仰するとテーベより遷都したアクエンアテンの妃…それがネフィルティティ。
美しき来訪者…と言う意味の名をもつ、麗しき女王です。
新しい都に新王と共にやって来た麗しの女王の胸像、それを作成したのがトトメスです。
しかし…この胸像の存在を、王も王妃も知らなかったと思います。
なぜなら、この胸像が発見されたのは、三千年の年月が流れた1912年の冬の事。
ドイツ人の考古学者が、トトメスの工房跡で見つけたからです。
右目のまだ無い、未完成な姿。
それでは到底、王宮へと納めには行けません。
しかし、右目(ダウト!左目)が未完とはいえ、彼女の美しさにドイツ人の考古学者は心を奪われるのです。
そうして、多少無理を通しても、本国に…ベルリンへと彼女を連れ去って行くのでした。
メフィストは、ロマンチックに抑揚をつけ、右手を高々とあげました。